第19話 教皇、枢機卿を物理的に分からせる②

「グロハーラ、こうして直接会うのは16年振りだな。薄っぺらい笑顔は相変わらずだよ。そうそう、俺がいないからどうなんだって?お前の要望通り来てやったぞ。さて・・・、次は何をするんだ?」


ニタリとスザクが笑った。


「スザクゥウウウウウウウウ!貴様はぁああああああああああ!」


ギリギリと奥歯を噛みしめながら憤怒の表情でグロハーラがスザクを睨む。


「ふっ・・・、その顔がお前の本当の顔みたいだな。変に取り繕うよりもこっちの方がしっくりくるよ。」


グロハーラがチラッと信者達を見ると、彼らのほとんどが膝をつき手を組んで空中に浮かんでいるスザクへ祈りを捧げている光景が目に入る。


(これはマズい!いくら勇者だろうがアイツは人間のはずだ!それなのに神のごとく翼を生やし空を飛んでいるだと・・・、このままではスザクは勇者どころか『神』として扱われてしまう。神のごとくの存在であるスザク、そして2人の聖女・・・、くそぉおおおおおおお!今の状態では私の行動が裏目に出ている、何とか誤魔化さないと・・・)


グロハーラの背中に冷たい汗がタラリと流れ、沈黙が辺りに漂う。


しかし、その沈黙を破るものがいた。


「人が空を飛ぶだとぉおおお!貴様はどんなトリックを使っているんだ!私がそのトリックを暴いてやる!」


カン・リーショク枢機卿補佐官が大声を上げ、両手の掌をスザクに向ける。


「かつては氷炎の魔道士と呼ばれた私だ!そんなもの!天井からぶら下がっているだけの貴様なんぞ、私の魔法を避けられるはずが無い!氷と炎!属性の違う魔法を喰らえぇえええええええええええ!」


ボボボォオオオ!


ピキィイイイ!


右手の掌からいくつもの炎の玉が、左手の掌から十数本もの氷の槍が発射された。


しかし!


スザクは自分へと向かっている魔法をジグザクに飛び、全く掠りもせず華麗に躱す。


「バカな!何でそんな動きが出来る?まさか・・・、本当に空を飛んでいるだと・・・、ならば!貴様は本当に・・・」



「ライトニング!」



人差し指を真っ直ぐに伸ばしリーショクへと向ける。

その指先から青白い稲妻が飛び出し、一直線にリーショクへと飛んでいった。




バリバリィイイイイイイイ!




「ぴぎゃぁあああああああああああああああ!」


電撃を浴びたリーショクがブルブルと震え動きが止った。



「バフ!」



髪の毛はパンチパーマのようにチリチリになり、口から黒い煙を吐き出した。


バタン!


ゆっくりと仰向けに倒れ、ピクピクと痙攣をしながら床へと転がってしまった。



「これが勇者の本当の力・・・」



グロハーラがワナワナと震えながら一撃で倒されてしまったリーショクを睨んでいる。



フワリ・・・



ゆっくりとスザクが床へと降りると背中の翼が消えた。

そして聖剣の切っ先をグロハーラへと向ける。


「トリックと喚くならトリックだと証明してくれないかな?出来るものならな。」


ニヤリとスザクが笑う。


(あれだけ空中を素早く動くのは、実際に空を飛んでいる以外にあり得ない。しかもだ!雷魔法を奴は放った。世界中のどんなに高レベルの魔道士でも雷魔法を放つ事は出来ない。なぜなら・・・、アレは勇者しか使えない専用魔法・・・、かつて16年前の『教会大粛正』の時は単に腕力だけで暴れていただけ?本気の奴はどれだけ化け物なんだ?)


グロハーラの額から大量の汗が流れる。



ズバババァアアアアアア!



「「「!!!!!!!!!!!」」」



スザクが右手に握っている聖剣を軽く横に薙ぐと衝撃波が発生し、グロハーラの前の床が深く長く抉れてしまう。


ジリジリ・・・


グロハーラもそうだが、彼の後ろにいる他の枢機卿や司祭達も、聖剣のすさまじさにジリジリと後退りを始めた。


「化け物めぇぇぇ・・・」


ギリギリと歯を食いしばっていたグロハーラだったが、アリエス達の首にチョーカーが巻かれていた姿が目に入る。


(そうだ!私も化け物は手に入れているんだ!だが、今は聖女を使うタイミングでない。いくら本物の勇者といえども所詮は人間、強さや体力にも限界があるはずだ!だったら、別の戦力で奴の体力を減らして、聖女で止めを刺す!テンプル・ナイツは教会でも最強の10名、その内の5名は我が手の内にある。しかも!空席の1席はどうでも良いが、第2席は私の娘がその位置にいるんだ!そしてぇえええ!強さは他のテンプル・ナイツの中では別格!勝つ事は敵わなくても、良い勝負をするだろう。その後に聖女をぶつければ勝てる!勝つのは私に決まっている!私の計画に間違いはないのだぁあああああああああ!)


自分が勝ち教皇になる姿を想像し、グロハーラがニヤニヤと笑う。




「ねぇねぇ、お母さん。」


アイが肘でアリエスの脇腹をツンツンと突く。


「アイ、どうしたの?」


「何かあのおじさんがね、とっても気持ち悪い視線を送っているみたいなの。」


「ふ~~~~~~ん、アイ、あの人が今回の黒幕の1人、枢機卿のグロハーラよ。


「そうなんだ。でもね、まだ邪悪で陰湿な気を纏っている人がまだいるね。」


ジロリとアイが枢機卿達を睨む。


「ふふふ・・・、そこまで気配が分かるようになったのね。さすが私の娘、可愛くてキュンキュンしちゃうし、今夜もギュッと抱き枕にしちゃおうかな?」


そう、昨夜のアイはアリエスと一緒のベッドで眠った。

さすがにこの歳で親と一緒に寝るのは恥ずかしいのだけど、ずっと母親の温もりを知らずに育ったのだ。アイはもうそれは嬉しくてずっとアリエスとベッドの中で今までの事を話してから眠ったのだが・・・

途中、息苦しくて目が覚めると・・・

アリエスがかなりの力でアイを抱きながら眠っていた。

しかも、ただ抱きつくようにして眠っているのなら良かったけど、どうしてかベアハッグをしながら眠っているではないか!

息が苦しいし背骨も痛い!

質の悪い事に本気で締め付ける訳でもなく、絶妙に苦しくなるような締め方で技をかけてくる。

無意識に自分の娘に技を極めるなんて、どんだけ人をバキバキにしたいのか?


朝になってスザクの悲鳴が聞こえるまで眠れず、正直、寝不足になっているアイだった。

本人は普通にアイを抱き枕の感じで抱いていたと思ってるようだったが・・・


その事があって、今のアリエスの言葉には全力で拒否しようと決めていた。



話は元に戻る。


「あの腹黒おじさんは分かりやすいけど、もう1人もすぐそばから感じるね。」


「腹黒おじさん・・・」


ブフッとアリエスが思わず吹き出してしまう。


「お母さん、大丈夫?」


「いやいや、アイの的を得た言葉に思わず笑っちゃったわ。本当にアイツの腹の中は真っ黒ね。そして、アイツの隣にいる枢機卿がゴク・ア・クヤークて名前よ。その隣はブモノ・ツーフ枢機卿ね。彼は全てが平均の当たり障りのない人だし、あの人は関係なさそうね。それとね、ゴク・ア・クヤークの父親は当時のお父さんにボコボコにされて引退したけど、まさか息子が後を継いだとはね。多分、アイが感じていたのはコイツで間違いはないでしょうね。」


「もしかして・・・、お父さんに恨みがあるかも?」


「多分、間違いないでしょうね。それならば、私達のすることは決まっているわね。」


アリエスの言葉にアイがニタリと笑う。


「アレは私がもらうわ。お父さんの手を煩わせるほどでもなさそうだしね。」


「ふふふ・・・、聖女しての初仕事、期待しているわよ。」






リーショクが倒れ、スザクの圧倒的なオーラに気後れしていまい、グロハーラ達が少し後ずさりをしてしまう。


スザクと彼らの間に1人の騎士が立った。

身長は軽く2メートルを軽く超え、スザクを見下ろすように立っている。

銀色のハーフプレートを装着し、背中には自分の身長よりも巨大な剣を担いでいる。


「おぉおおおおおおおおおおおおおおお!お前はテンプル・ナイツ8席のアザゼル!お前ならあの偽物勇者であるスザクを確実に倒せるぞ!メッタメッタにやってやれ!」


ゴク・ア・クヤークがスザクを指差しながら叫ぶ。




「お母さん・・・」


「どうしたの?」


「あのバカは絶対に私がシバくわ。お父さんを偽物って呼ぶなんて死刑確定よ!お父さんに代わって私が成敗してあげるわ。バッキバキのギッタギタにね・・・」


「ふふふ・・・、頼もしいわね。でもね、あまりやり過ぎちゃダメよ。聖女に逆らうとどうなるか?本人だけじゃなくて、周りにも知らしめないといけないからね。聖女は最強の存在、誰も聖女には勝てないとみんなに教え込むのも仕事だからね。」


「うん!分かった!」


アリエスのぶっ飛び具合もリリスとそう変わっていないと思うのだが、それは気のせい?




アザゼルが背中の剣を抜きスザクへと向けた。


その剣は・・・


ただひたすらに長くて大きい。


背中にある時はそうも思わなっかたが、実際に構えている姿を見ると異常としか思えない。

自分の身長以上の刀身にその長さにも耐えうる幅広さ。

こんなのは持てる持てないと考えるよりも、物理的に持ち上げる事が可能なのか?

某シーンで1人の男が巨大な旗を持ち上げる場面があったが、そのような感じに近い。

この剣を片手で持ち構えている騎士の異常性が垣間見える。


テンプル・ナイツ


それだけの猛者があと9人、いや、席次が8席だと、彼以上の化け物が7人も存在するとは、教会の力とはどれだけのものか測れるだろう。


「この斬馬刀の染みになるが良い・・・」


アゼザルが抑揚のない声で話す。


「ほぉ~、力には自信がありそうだな。だったら・・・」


ス・・・


スザクが握っていた黄金の聖剣が消えた。

そして右手を上げ人差し指をクイクイと曲げた。


「貴様・・・、舐めているのか?聖剣も無しにこの俺様に立ち向かう気か?」


「これで十分だよ。」


スザクがニヤリと笑う。


「そのご自慢の大剣で俺に斬りかかってきな。出来るならな。」



「ふざけるな・・・、いくら勇者だろうが圧倒的な質量と力の前では何も出来ない。その減らず口を叩いた事を後悔させてやる。」



アゼザルの全身の筋肉がピクピクと動き肥大化を始める。

みるみると手足が太くなり体が倍になったような錯覚さえおこしてしまう。


「俺のこの身体強化魔法の前では全てが等しく叩き潰されるんだよ!」


大剣を頭上へ大きく振りかぶった。


「くたばれぇええええええええ!」


ブォン!


一気にスザクへと剣を振り下ろす。










ビタァアアアアアア!










「な!何だとぉおおおおおおおお!」


アゼザルがいきなり叫んだ。


その顔を驚愕の表情で、目を見開きながらスザクを見つめていた。






「潰されるんだって?」






スザクは頭上から振り下ろされて迫る剣を、まるで頭の上にある棚から物を取るような仕草で掴んでいる。


「ば!バカな!あれだけの質量とスピードの剣をどうして受け止められる?」


「別に、こんな軽い斬撃、わざわざ構える必要も無かったけどな。そこまで驚くって、お前、本当にテンプル・ナイツか?」



ミシミシ・・・



「嘘だ・・・、剣に指が喰い込んでいるって・・・」


スザクが掴んだ部分の刀身が徐々に彼の指が喰い込んでいき・・・




バリィイイイイイイイイイン!




握り潰してしまった。


その部分だけ欠けてしまった状態になっていた。



ピシ・・・、ピシ・・・



「そ、そんな・・・」



バキィイイイイイイイイイ!



欠けた部分からヒビが広がり剣が真っ二つに折れてしまう。



「う~ん、脆い剣だったな。俺からアドバイスをしてやる。剣はちゃんと選べよ。こんな鋳造の安物じゃなくて、しっかりと叩きあげて作った鍛造の業物を使わないとな。だから、俺に簡単に潰されるんだよ。分かったか?」



その場にいる全員が思った。

例え最高の鍛冶師が作った鍛造の剣だろうが、スザクにかかればどれも一緒ではないか?

この勇者には剣が通用するのかと・・・


「こんなの・・・、こんなのは・・・」


アゼザルがブルブルと震えている。




「認められないんだよぉおおおおおおおおおおお!」



一気にアゼザルがスザクへ飛びかかり両手で掴みかかろうとする。



ガシッ!



スザクは迫りくるアゼザルの両手を同じく両手で掴み、いわゆる手四つの状態になった。


「墓穴を掘ったな!」


アゼザルがニヤリと笑う。


「いくら貴様だろうが、この体格差はどうにもならん!俺の筋力と強化魔法のブーストの前ではひ弱な人間に過ぎん!潰れろぉおおおおおおおおおおお!」


グイッとアゼザルがスザクを押しつぶそうとしている。

少しづつだがスザクの腕がアゼザルに押し負けて下がり始めた。


「どうだ!このまま潰れろ!」



ピタッ!



優勢のはずだったアゼザルの動きが止まった。

必死に押しているがビクともしない。


「たったそれだけか?」


スザクがボソッと呟く。


「このレベルだと強化する必要もないな。それと1つ教えてやる。お前は大層力に自信があるようだけど、それくらいの力だったらアリエスの足元にも及ばないぞ。勇者を舐めんなよ!」



グググ・・・



徐々にスザクがアゼザルを押し返し始めた。


「そんな・・・、そんなバカな・・・、俺が力負けする?」


スザクがアゼザルを押さえ込もうとしている。


「残念だけど、これが現実だ。これで俺よりも強いだと?烏滸がましいぞ。」



「く、くそぉおおおおおおお!」



顔を真っ赤にしたアゼザルが力を入れて押し返そうとしている。






バキン!






アゼザルから何かが折れる音が聞こえた。


そのままへなへなと上半身が海老反りになりスザクが押しつぶした。


「無理するからだよ。背骨が折れてしまってはどうしようもないな。こんなので折れるなんてカルシウムが足りないんじゃない?」


きれいに2つに折りたたまれてしまったアゼザルを冷ややかな目で見降ろしていた。



(そ、そんなバカな・・・、いくら8席でもあのテンプル・ナイツをあっさりと返り討ちにしてしまうだと!そんなの・・・)


あまりにもあっさりとアゼザルが負けてしまったので、グロハーラからは余裕が全く無くなってしまう。


(こうなればだ、聖女を早々に使わなくてならないかもしれん。シタッパーよ!準備は大丈夫だろうな?)


グロハーラが信者達の前にいるシタッパーへ視線を送ると、そのシタッパーは彼と目を合わさないようにサッと目を逸らしてしまう。


(どういう事だ?)


シタッパーは我がグロハーラ派の忠実な部下だ。

だが!何で自分と目を合わそうとしない。


言いようがない不安がグロハーラの心の中に染み出してくる。


(私の計画は完璧のはず・・・、どうしてこうなった?)

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