第18話 教皇、枢機卿を物理的に分からせる①
「本当に死ぬかと思った・・・」
スザクが盛大な溜息をする。
「だけどな、リリス・・・、いくら何でもやり過ぎだぞ。」
ロープで全身をグルグルと厳重に巻かれ、天井から逆さ吊りにされているリリスへスザクが顔を向ける。
「だってぇぇぇ~~~、アリエスがいたら妾なんてすぐに忘れられてしまうに決まっている。2人でイチャイチャするのに忙しくて、妾は構ってもらえなくなるのが確定しているのよ。しくしく・・・」
「はぁ~~~~~」
アリエスがスザク以上に大きな溜息をする。
「ここまで拗らせているなんてね・・・、病気を越えて狂気よ・・・」
「ふふふ・・・、その言葉、妾にとっては褒め言葉よ。妾の考えは人ごときが理解出来るはずもないからな。」
「確かにあんたはそうだよね。私も理解出来ないわ。」
再びアリエスが溜息をしてしまう。
「ねぇねぇ、お母さん・・・」
「アイ、どうしたの?」
「リリスお姉ちゃんってさ、障害があると逆に燃え上がるタイプじゃないかな?どう見てもお母さんを勝手にライバル認定しているしね。だったらさ、ある程度はお父さんと一緒にいるのを認めないといけないかもしれないと思うの。」
アイの言葉にアリエスの眉がピクリと動く。
「アイ・・・、それは本気?」
「お母さんが帰ってきて、私はとっても嬉しいよ。でもね、毎日こんなにドタバタする訳にいかないと思うの。近所迷惑だしね。それとね、お姉ちゃんなら私が小さい頃から知っているし・・・、まぁ、ここまで吹っ飛んでいるとは思わなかったけどね。」
昨日からのリリスの行動を思い出し、アイの顔が少し引き攣ってしまう。
「さっきみたいな痴女まがいな事は流石に認められないけど、私のおばさん枠として一緒に暮らしても大丈夫じゃないかな?仕事時間のお姉ちゃんはこれでも真面目なんだからね。」
(おばさん・・・、お・ば・さ・ん・・・、お!ば!さ!ん!)
アイの言葉に深く落ち込んでしまったリリスだった。
しかし、そこは人智を越えた存在、あっという間に心の傷を修復し努めて嬉しそうな表情になるよう頑張っている。
今のリリスにとってアイが味方になってくれている間に、何とか良い条件をアイが出してくれるようにしてもらわなくてはならない。
全力でアイに媚びを売っていた。
「アイちゃん・・・」
ウルウルとした視線をアイに送った。
「お母さんも変に刺激しているから余計にお姉ちゃんもハッスルしているかもね。どう見てもお母さんにイジられて喜んでいるみたいだし、更にちょっかいを出すと余計に喜んでいるみたいなんだ。」
ジロッとアリエスがリリスを見ると、横を向いて口笛を吹いている。
(何て分かりやすいのよ!)
アイの言葉を確信したアリエスだった。
「どうせ突貫してくるでしょうし、変に邪険に扱っても喜んでいるようだから、お母さんさえ良ければ、一緒に暮らしても良いかもね。」
う~ん、と眉間に指を当てアリエスが思案している。
(よし!アイちゃん!もう一押し!)
ひたすらアイに念を送っているリリスだった。
「それにね、お母さんとお姉ちゃんってとっても仲が良さそうな気がするんだ。ライバルを越えた先にある親友って感じかな?」
「「それは無い!」」
きれいにハモる2人だった。
「ふふふ、やっぱり仲が良いね。」
アイが嬉しそうに笑っている。
アイの言葉にアリエスは今度は腕を組み思案を始めていた。
「ねぇねぇお母さん、そうなるとね、この家じゃ4人で住むには狭いね。どうしようか?」
(よし!アイちゃん!このまま強引に推し進めるのよ!)
これでもか!と、ひたすら念を送るリリスであった。
「でもねぇ、この話は別に急がないから、やっぱり後回しにしておくわ。お母さんもその前に色々と考えないといけないからね。それに今日は教会に行くんだよね。」
(折角前向きに進んでいたのにぃぃぃぃぃ~~~~~~、保留なの?)
今の言葉で絶望のどん底に落ちてしまったリリスだった。
「そうよ、私とあなたのお披露目ね。歴史上初の2人の聖女が誕生したとね。それと、お父さんが真の勇者だと発表するのよ。」
その言葉にスザクがゆっくりと頷いた。
「さて。アイツらはどんな顔をするかな?18年間ずっと世界を騙していたんだ。それ相応の報いを受けるだろうな。」
「お父さん!ちょっと顔が怖いよ!」
ミエッパリー王国が破滅するカウントダウンが始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「みなさん、おはよう。」
教会の礼拝堂に爽やかな声が響く。
「「「おはようございます!」」」
その声に応えるように礼拝堂のいたるところから声が響いた。
「今日も1日良い日を送れますよう、女神様にお祈りを・・・」
祭壇の前に立った男が祈り始めると、礼拝堂にいる全員が祈りを捧げた。
「ふぅ・・・、聖人君子の真似事も疲れるな。」
50代前半くらいに見える金髪の男が服の首元を緩め、どっかりとソファーへ深々と座る。
「これも、この私が教会でトップに君臨する為・・・」
とても優しそうな微笑みを浮かべていたが、突然、表情が変わり鋭い視線を部屋のドアへと向ける。
「カン・リーショク枢機卿補佐官よ、貴様の部下であるシタッパー司祭長からの報告はどうなっている?昨日はあのオーチメの豚が教皇派の連中に捕まり、宰相のところは宰相と私設騎士団の連中全てが忽然と消えてしまったと報告があったぞ。まさか・・・、我々の計画が漏れていたのか?」
ドアの脇には豪華な司祭服を着た男が立っていて深々と頭を下げた。
「グロハーラ枢機卿様、その点はご安心下さい。オーチメ公爵家に関しては、全て宰相経由でしか話はしていません。その宰相が行方不明でしたら、まず我々のところまで捜査の手がが届く事は無いでしょう。裏に隠れて痕跡も残さない、そのような裏工作はシタッパー司祭長が一番得意とする事です。」
「そうか・・・、この件に関しては心配は無くなったのだな。」
「はい、シタッパー司祭長は、この教会内でもグロハーラ枢機卿様への忠誠心は最も高い上に、私が一番信頼している部下です。彼は宰相のところへと行っていましたが、運良く宰相邸の行方不明事件が起きる前に帰って巻き込まれなかったようです。」
「それは助かったな。ところで、例のモノはちゃんと受け取れたのか?」
カン・リーショク枢機卿補佐官がニヤリと笑う。
「もちろんです!しかも!あの最新式隷属の首輪を、アリエスとその娘の首に装着させる事も成功したと!その報告も届いています。」
グロハーラが先ほど礼拝堂で見せた優しい笑みとは正反対のとても邪悪な笑みを浮かべた。
「そうか!よくやった!」
「そうです、あの首輪はぱっと見ではオシャレなチョーカーにしか見えません。枢機卿様からのプレゼントと言う事で、あやつらも素直に信用したようで、その場で首に付けていたと報告がありました。アレは無意識に働きかける代物ですからね。外すといった意識を封じ込め常に装着していますし、我々が命令を出せば即座に操り人形の出来上がりです。どんな手を使おうが、アレの命令に逆らえません。例え聖女であろうがです!」
「くくく・・・、そうか・・・、そうか!とうとうアレを!これで私に怖いものは無くなったぞ!昨日は教皇から驚くべき話があったからな。聖女アリエスが甦った上に、アイツに娘がいたと・・・、しかもだ、その娘も聖女だとな!あの勇者スザクなんぞ目じゃない聖女2人が私のものになるんだ!今日は最高の日だ!これで私の計画は完璧になった!私が教皇となり!この世界を裏で支配する!ふはははははぁあああああああああああああああ!愉快だ!最高に愉快だよ!」
グロハーラは高らかに笑い声を上げていた。
しかし・・・
既にシタッパーは裏切り教皇派に鞍替えしてしまっていた。
デタラメな情報をリーショク枢機卿補佐官に報告しており、その情報を信じて完全に自分達がこの教会を支配出来ると思っていた。
数時間後に自分達がどうなるか?
南無・・・
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
教会の大聖堂の中にある巨大な女神像の前に教皇が立っている。
彼の両隣に枢機卿達が並んでいた。
そして、彼らの眼下には司祭を始め、女神教の信者達が数百人規模で集まっていた。
「皆の者・・・」
教皇の言葉でザワザワとしていた聖堂内が一斉に静かになった。
「本日、急に集まってもらったのには訳がある。これまで聖女様を皆の前に出さなかった事も含め、今から重大な発表を行う。」
落ち着いた声で教皇が周りを見渡しながら話す。
「本日は!歴史上初めてとなる2人の聖女様のお披露目である!」
この言葉に聖堂内がざわざわと騒ぎ始めた。
聖女とは・・・
この世界においてただ1人しか存在出来ない。
それがこの世界の絶対的なルールであった。
それなのに、聖女が2人?
本当にこの話は正しいのか誰もが信じられずにいる。
ポゥ
教皇の隣の床に白い魔方陣が浮かんだ。
「「おぉおおおおおおおおおおおおおおお!」」
聖堂内に驚きの声が響いた。
魔方陣の輝きが収まると、そこには・・・
アリエスとアイが並んで立っていた。
教皇と同じく壇上にいた枢機卿達は涙を流している者や手を組み祈りを捧げている者もいる。
司祭達や信者達は床に膝をつき祈りを捧げていた。
「お父さんも粋な演出するね。」
アイがニコッと微笑む。
「そうね、まさか転移でここに現れる演出なんて想像もしていなかったわ。これじゃまるで私達が女神様のようじゃない?」
「いいんじゃないの。あの枢機卿もいきなりの事でちょっと慌ててるようだしね。おじいちゃんの作戦その1が成功したみたい。ふふふ・・・」
SIDE グロハーラ
(えぇえええい!このクソ爺ぃいいい!いきなり聖女を出しおって!)
少し慌てたグロハーラだったが、アリエスとアイの首に隷属の首輪が装着されているのを見て、心の中で盛大に歓喜していた。
(ふはははははぁあああああ!シタッパーよ!よくやった!これで教会の最大戦力は我が手に落ちた。テンプル・ナイツの5名も我らの手にある。ぐふふふ・・・、教皇よ・・・、最後に笑うのは私だ。)
本当に最後に笑うのは?
束の間の勝者の気分に浸っているグロハーラであった。
「皆の者!ここにおられる聖女アリエス様は、かつて18年前の魔王との戦いで多大な傷を負い一線から退き、女神様の加護の元、長い眠りに入られていたのだ。そして眠りに入られる前、聖女様はある者と恋に落ち子を成したのだ。」
その言葉にアイへと視線が集中する。
(うわぁ~~~、緊張するよ!)
そう思いながらも営業スマイルを忘れないしっかり者のアイだったりする。
「聖女様のお相手は!女神アイリス様の加護を受けた真の勇者スザク、そのお方だ!この国の王であるドーリーヨコ・ミエッパーリーが魔王を倒した勇者だと自ら名乗っているが!そのような話は嘘だ!あの戦いの証人でもある聖女アリエス様がお眠りしていた為に我々教会は何も言えなかった。だが!こうして聖女様が戻られたのだ!我ら教会は国王の不正を告発し、真の勇者であるスザク様と聖女アリエス様を魔王討伐の勇者と認め!そしてそのお2人の愛の結晶であるアイ様を2人目の聖女だと認める事を宣言する!」
し~~~~~~~~~~~~ん
聖堂内にいる誰もが声を出せないでいた。
教皇が発表した話が18年前に国王が発表した事とはあまりにも違っていたし、あの聖女アリエスに子供がいたという事も信じられないのもある。
その静寂の中、コツコツと足音が響く。
「教皇様・・・」
グロハーラの低い声が教皇へと発せられる。
ゆっくりとグロハーラが教皇の前まで歩き立っていた。
「このような大切な事をなぜお隠しにされていたのですか?しかもです、聖女様はここにいらっしゃいますが、肝心の勇者スザクがいないではないですか。そんな状況でどうして我々が教皇様のお話しを信じられるのでしょうか?」
ニタリとグロハーラが黒い笑みを浮かべる。
「どうやら教皇様は
「いきなり交代を迫るなんて、えらく強気だな。それだけ強力なカードを持っている自信の表れか?」
どこからか声が響く。
カッ!
いきなり空中に光の玉が出現し、その光の玉が細長く変化し黄金の剣が出現する。
「「「あれは!」」」
グロハーラだけでなく、壇上にいる枢機卿達が叫んだ。
「あの剣はまさしく聖剣エクスカリバー・・・、本当にあのスザクがここにいるのか?」
忌々しそうな視線を上空にある剣に向け、グロハーラが呟く。
バリバリィイイイイイイイイイ!
突然、壇上に青白い1本の稲妻が降り注ぐ。
室内なのになぜ雷が落ちるのだ?と、全員が呆気に取られてしまった。
そして、全員が信じられない光景を見てしまう。
人が!
漆黒の髪の男が!
空中に浮かんでいる!
人間が空を飛ぶ!
そんなのはあり得ない!
その背中には女神アイリスと同じ白く大きな翼を生やして・・・
目の前に浮いている聖剣を右手で握ると、聖剣が激しく輝く。
「グロハーラ、こうして直接会うのは16年振りだな。薄っぺらい笑顔は相変わらずだよ。そうそう、俺がいないからどうなんだって?お前の要望通り来てやったぞ。さて・・・、次は何をするんだ?」
ニタリとスザクが笑った。
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