第16話 スザク一家、帰宅する①
ピクピク・・・
アリエスに何度も背骨をバキバキに折られてしまったムーチが、真っ白な灰のようになって床に転がっていた。
「成敗完了・・・」
アリエスがパンパンと手を叩き回りを見渡した。
2人の周囲は・・・
スザクが精神崩壊させた兵士が数十人、ボロボロとなったムーチが死屍累々と横たわっている。
「満足したか?」
スザクの言葉にアリエスがとっても嬉しそうに頷いた。
「もちろん!リハビリ完了ね!技を出すタイミングも頭の中のイメージとズレも無かったし、こからは徹底的に暴れても大丈夫よ。ふふふ・・・、『暴風竜』と呼ばれた私の2つ名も復活ね。」
ルンルンと機嫌の良いアリエスだったけど、スザクは知っている。アリエスの本当の2つ名を・・・
その名も『
かつてマスクをしていた某氏(分かる人いるかな?)とは違います。
この2つ名の由来は、彼女と敵対し戦った者全てが悲惨な末路を迎えていた事からだ。
全身の骨がバラバラに砕かれていたり外されていたりと、対戦相手全てが無事に五体満足の姿で終わらせてくれなかった。
例え外傷が無くても精神的に追い詰められ、精神が病んでしまった者も数知れず。
スザクが久しぶりに名前の由来、その一端を垣間見た。
「後始末はガブリエルに任せるとするか。」
「え!ガブリエルって、あのガブちゃんの事?あんな天使のような子がねぇ~、ヨタヨタと私の後に可愛らしく付いて歩いている子が?」
「あれから16年も経っているんだぞ。4歳の頃までのアイツの記憶しかないお前にとっては感激ものだからな。」
「そう言われると世代のギャップを感じるわ。この16年間でかなり変わったのね。」
「そうだ。」
スザクにアリエスがギュッと抱きつく。
「でも・・・、あなたは変わっていなかった。やっぱり私の居場所はあなたの隣しかないわ。もうずっと離れないし離さない。好きよ・・・、スザク・・・」
「俺もだ・・・、もう2度とアリエス、君を離さない。」
・・・
・・・
死体ではないが、瀕死の連中がゴロゴロと転がっている中でこうやってイチャイチャしているのも、ちょっと場所を考えて欲しいと思うのは気のせい?
じっと2人が見つめ合っている。
ゆっくりとお互いの顔近づいていき、アリエスが目を閉じた。
あと数cmでお互いの唇が重なろうとした時・・・
「ほらほら、さっさと帰りなさいよ。依頼主が待っているんだからね。」
なぜかリリスが2人のすぐ傍に立っていて、不機嫌そうに腕を組んでいた。
2人の動きが完全に止まり、時間だけが過ぎていく。
隣ではリリスがニヤニヤと笑っていた。
ギギギ・・・
ぎこちなくアリエスが首をゆっくりと動かし、リリスへと顔を向ける。
「リリス・・・、何であんたがここにいるのよ・・・」
「決まっているだろうが、あの時から妾は諦めていないのだからな。貴様が死んでいた16年間、妾は・・・」
スッ!
いきなりスザクとアリエスの姿が消えてしまう。
「ちょっ!ちょっと!ちょっとぉおおおおおおおお!スザクゥウウウウウウウウウウ!これはあまりにも酷いんでないの?もう少し妾に優しくしてくれても良いのでは・・・」
リリスは何もない空中に手を伸ばしていたが、ゆっくりと手を戻し自分の頬に手を当てると頬が赤くなる。
「貴様のそんな塩対応の態度も妾の心がキュンキュンとしてくるぞ。妾は欲しいものは全て手に入れてきた。だからな、スザクよ・・・、妾は貴様を絶対に手に入れる。」
「た、助けてくれぇぇぇ・・・」
ムーチが弱々しく手を伸ばし、リリスへと助けを求める。
リリスだから助けて欲しいといった感じではなく、ただ目の前にいる人間に助けを求めたのだろう。
しかし、そんなムーチをリリスはとても冷めた視線で見ていた。
「地獄も最近は人手不足だからな、ガルシアの手足としてここにいる全員を送り込むか?まぁ、殺すことじゃないからスザクも許してくれるかな?」
カッ!
床全体が紫色にぼんやりと輝いた。
ズズズ・・・
床の上で頭を抱えていた兵士達、抜け殻のようになっているムーチも徐々に輝く床の中に沈んでいく。
しばらくすると・・・
床の輝きが消え、部屋には誰も残っていなかった。
いや、リリスだけがポツンと部屋に残っていた。
「さて、妾も帰るかね。」
クルッとリリスが振り返ると、リリスの目の前にメイド服を着た12、3歳くらいの真っ赤な髪の女の子が立っていた。
リリスが彼女の前に立つと、その子は深々と頭を下げた。
「ふふふ・・・、あっちで鍛えられて少しはマシになったようね、ガメ・・・、いいえ、今は『リコン・ロー』って名前に変えたんだわね。」
ジロジロとリリスが少女を見つめる。
「まさか貴様もねぇ~~~、精々妾の為に頑張ってもらうからな。それはお互いの利害と一致するからな。」
「かつての私の叶わぬ想いの為、そして全てはリリス様の為に・・・」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ただいま!」
アリエスが嬉しそうに挨拶をする。
彼女の前には教皇が立っていて、スザクをニコニコと微笑みながら出迎えていた。
「お帰りなさいませ。」
教皇が深々と頭を下げる。
その教皇の横にはアイも一緒に立っていた。
「お母さん、お帰り!」
嬉しそうにアイがアリエスにギュッと抱きつく。
「アイ、ありがとう・・・、お母さん、嬉しいわ。」
アイが生まれてから16年間、お互いにずっと抱き合う事が出来なかったのだ。こうして普通に抱き合える幸せを2人は噛みしめている。
そんな様子をスザクは嬉しそうに見ていた。
しかし、教皇は涙を流しながら時折俯いてからも涙を流していた。
「これが普通の母娘なのですね。アリエス様には聖女としてとても辛い運命を背負わせてしまったと、激しく後悔しています。我々教会は聖女様をあまりにも神格化し過ぎて、このような人としての幸せというものを考えていませんでした。聖女とはこうあるべきとの理想像ばかりを押しつけて・・・、聖女様でも一人の人間には変わらないはずなのに・・・」
その教皇の肩をスザクが優しく叩く。
「教皇は十分にアリエスを人間として扱ってくれたよ。あの時、アリエスが聖女の仕事を放棄し俺と一緒になる事を唯一賛成してくれたからな。そのおかげで、あいつは2年間、普通の人間として俺と一緒に暮らせた。そして、俺とアリエスの絆の証・・・、アイが生まれたんだよ。あなたのおかげでな。」
「スザク様・・・」
しばらくしてアリエスとアイが離れ、スザクのところにやって来た。
「ねぇねぇ、そういえばさっき、アイがリリスの事を言っていたじゃない?アイもリリスの事を知っているのよね?どういう関係なの?」
「あぁ、それはな・・・、魔王を倒した後、俺とお前が一緒になってから、俺は力を隠して冒険者ギルドの職員に、リリスは受付嬢になったじゃないか。」
「そうね、私はこの髪と瞳が目立つから専業主婦になっていたわ。アイが生まれるまではね。そこまでは分かるけど、その後よ、ずっとリリスがあなたを追いかけていたの?」
「だからなんだ。」
アイがポン!と手を叩いた。
「私って生まれてからお母さんがいなかったでしょう。」
「そ、それは・・・」
アイの言葉でガックリと項垂れてしまったアリエスだった。
「お母さん!それって嫌味で言った訳じゃないから!聖女の立場として仕方なかったからね!私もちゃんと理解しているよ!」
落ち込んだアリエスを必死に励ましているアイだった。
そんな様子をスザクと教皇が微笑ましく見ていた。
「ほらほら話を戻すぞ。」
「そうね、小さい頃の私って近所のお母さん達に育ててもらったのよ。お父さんがギルドで働いている間はね。それで私が大きくなってくると、日中はギルドにいる事が多くなってきたんだ。そのギルドでいつも遊んでもらっていたのがリリスお姉ちゃんだったんだよ。」
「はぁ?あのリリスが?」
アイの言葉にアリエスがとっても怪訝な表情になってしまった。
「そうなんだよ。あのリリスがだぞ。」
2人の会話に優しいお姉さんとしか記憶していないアイだったけど、聖女に目覚めた時、歴代聖女の意識が警戒していたのを思い出し、実はヤバい人なのかも?と思い始めてしまった。
「何か信じられないけど、それは置いておいて・・・、私が死んでから今までの16年間アレはどうしていたの?あなたにキスをする仲にもなっているようだけど、そこは正直に吐きなさい。事の次第によっては・・・」
ザワッ!
アリエスから殺気が大量に溢れ、長い銀髪も全身から吹き出す殺気で舞い上がっている。
「落ち着け!俺とリリスは何の関係も無いぞ。それどころか、アイツは年々ヤバくなってな、しまいには・・・」
「しまいには・・・、って?」
ジロリとアリエスがスザクを睨んだ。
「とうとうあいつはストーカーになったよ。それも質の悪いタイプのな。」
「はぁあああああああああああ?」
アリエスが信じられないような顔でスザクを見ていた。
「俺は仕事以外には必要最低限の付き合いしかしていない。それは間違いない。だけどな、いついかなる時でもアイツがすぐそばに出没してくるようになってな。それも絶妙な視界の片隅に現れるといった高度な技術を駆使してだぞ。しかもだ、アイツは最初は受付嬢をしていたけど、あの美貌だ、他の冒険者どもがアイツに殺到してな。仕事が忙しくて俺に構えなくなるって、いきなりギルド本部の役員を洗脳してギルド最高権力者の理事長になって、この王都のギルマスになったんだぞ。ギルマスになればある程度は仕事は選り好みが出来ると言ってな。いよいよとなったら、男も女も問わず魅了する魔眼で言う事を聞かせてな。有り余る能力をとことん無駄に使っているんだぞ。しかしなぁ、アイツがアイの面倒を一番見てくれているし、無下にも出来ん。そんな事でズルズルと16年が経ってしまった訳だ。」
「そうなの・・・」
アリエスが腕を組んでジッとスザクを見つめている。
「分かったわ。私が勝手に誤解していたようね。でもね、リリスの気持ちも分からなくわないわ。私も最初はリリスと同じような出会いだったしね。あなたに完全敗北して・・・、私が唯一認めた人があなただった。リリスもそんなところでしょうね。だからといってリリスを認める事はしないけどね。」
「そういえば・・・」
何かを思い出したかのようにスザクが教皇を見る。
「さっき送ったおっさんはどうした?ここにはいないけど、まさか死んでしまったのか?」
「いえいえ、それは大丈夫ですよ。ですが・・・」
教皇がなぜか言い淀んでいる。
「何かあったのか?」
「い、いえ!何も問題はありません!それどころか、積極的に我々に協力してくれているのです。」
ガラッ!
通路に繋がる扉が開くと、騎士に両脇を抱えられながら部屋に入ってくるシタッパーの姿が目に入った。
しかし、彼がアイの姿を見つけると、とても嬉しそうに駆け出す。
「聖女様!私!シタッパーは一生!聖女様のすばらしさをこの世界に伝えていく事を使命として励んでいきます。それでは今から私が知っているグロハーラの悪事を自白しに行きますので!」
とってもはきはきしたシタッパーが意気揚々と部屋を出ていった。
スザクとアリエスがグリン!と首を回しアイへ顔を向ける。
しかし、アイの視線はとっても冷ややかだった。
「お父さんとお母さん・・・、ここに来た時はこの世の全ての不幸を背負ったような状態だったのよ。さすがに見かねて回復魔法をかけたけど、途端にハイ状態になって私に土下座までして感謝していたのよ。どれだけあの人に恐怖を植え付けたの?」
アイのジト~~~~~~~~とした視線が2人に突き刺さる。
「いや・・・、普通にお仕置きをだな・・・」
「そうよ、私としては至って普通にしたのにねぇ?」
2人の目が泳ぎながら決してアイと目を合わせないようにしている。
この態度でアイは確信した。
アイは絶対にこの2人の『普通』は『普通』ではないと。
グ~~~~~~~~~
いきなり場違いな音が部屋の中に響く。
視線が一斉にアイへと注がれた。
そんなアイは顔を真っ赤にしてモジモジとしている。
「だってぇぇぇ~~~、お昼から何も食べていないのよ。食べ盛りなんだから仕方ないよ。」
「そうですね。アイ様はまだまだ学生の身でした事を失念していました。」
教皇がウンウンと頷いている。
「明日はかなり忙しい日になりそうですし、皆様、後の事は私達に任せて、一度戻られてはどうです?とうとう家族が揃ったのです。今夜は水入らずで過ごされては?」
「教皇、感謝する。」
「おじいちゃん!大好き!」
スザクが頭を下げ、アイが教皇へ抱きつく。
「アリエス、帰るか?」
スザクがアリエスへ声をかけると、アリエスが涙ぐみ頷いた。
アリエスとアイがスザクの手を握るとフッと姿が消える。
「皆様、家族全員が初めて揃った記念すべき夜を楽しんで下さい・・・」
教皇が深々と頭を下げていた。
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