第11話 母、復活する

「これでオーチメ公爵家は終わりですね。」


ガブリエルが天井から降り、スザクの前に立ち敬礼をする。


「そうか?」


「そうです。違法取引を行っていた奴隷の帳簿も押収出来ましたし、それ以上に例の魔物を操る隷属の首輪は国同士が定めた国際法に違反していますから、もう国王がどんな手を使おうがもみ消せません。我ら教会が公正に裁きを下します。」


「公爵自身はそうだけど、家族はどうなる?これだけ大きな犯罪を犯してきたんだ。一族どころか分家筋も懲罰の対象になるのだろう?本家公爵家は一族全員の死罪は免れないだろうし、運が良くても犯罪奴隷落ちだろうな。アイを階段から突き落とした娘の方も連座で死罪か?」



「それなんですが・・・」



ガブリエルが少し気まずい表情になる。


「どうした?何か問題でもあったのか?」


「どうやら彼女はこの件に関しましては全く関与していないみたいなのです。父親もさすがに彼女には公爵家の闇を見せないようにしていたようですね。息子2人は率先して悪事に荷担していました。我々はこの屋敷にいる使用人も含めた家族全員を捕縛しましたが、彼女だけは全く知らないようで、アイ様の事は気を失うほどに動揺していました。」




「どんなにクズでも娘は可愛いか・・・、だけどな、隠してもいつかは分かってしまう。ずっと隠し通せると思う事自体が間違いなんだけどな・・・、そしてその後にどうなってしまうのか?親として娘に誇れるような事をしたか?まぁ、俺もあんまり人の事は言えないな。」



「いえ!スザク様はあの連中とは全く違います。あなた様は世界を救いましたのに、全く傲らない高潔なお方です!」」


「ありがとうな。」


ガブリエルの言葉に少し照れ臭そうに笑うスザクだった。


「それと、気になったんだが、気を失うくらいにアイの事を気にしていたと?」


「そうです、やった事は許されませんが、アイ様にはとても申し訳ないとお話していました。この騒動で公爵家の犯罪は認知してしまいましたし、自分も家族同様死罪は覚悟しているみたいです。ですが、許されるなら断罪される前にアイ様へ謝罪の機会をいただきたいと懇願されましたが、この件に関しては我々では判断がつきません。スザク様とアイ様に最終的な判断を仰ぎたいと思っています。」


「それならアイに任せる。アイが一番の被害者だし、アイツなら間違えた判断はしないだろう。おそらく・・・」


スザクとガブリエルが目を合わせる。


「そうですね。我々教会はアイ様の判断には従います。どのような判断をされても・・・」




「それじゃ教会に戻るぞ。」


「分かりました。後の事はお任せ下さい。」


ガブリエルが深々と頭を下げるとスザクの姿が消えてしまった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「スザク様、お待ちしておりました。」


教会の礼拝室にいきなりスザクが現われたが、スザクを待っていたのか教皇とアイが一緒に部屋で待っていた。


「よく俺が来るタイミングが分かったな?」


「ふふふ・・・、これは私のおかげよ。」


アイが腰に手を当てドヤ顔でふんぞり返っていた。


「公爵家の方で巨大な魔力を感じてからしばらくして急に感じなくなったのよ。その魔力はお父さんの魔力だよね?これって終わったんだなと思ってね。しばらくしたらお父さんが帰って来ると思ったから、こうしてここで待っていたの。」


「さすがにアイだな。もう聖女の力をかなり使いこなし始めているとは、父さんも嬉しいぞ。」


「ふふふ・・・、褒めて、褒めて!」


嬉しそうなアイが頭をスザクの方へ突き出した。



グリグリ!



「痛い!痛いよぉおおおおおおおおおお!」


頭を撫でられると思っていたのに、こめかみをグリグリされアイが悲鳴を上げた。


しばらくしてから解放されたが、涙目でスザクを睨んでいた。


「すぐに調子に乗るのが悪い癖だよ。そんなところもアリエスと変わらないな。」


ニタリとスザクが笑っているけど、アイは口を尖らせとっても不満そうな顔でスザクを睨んでいた。


「本当に仲が良い親子ですね。その中にアリエス様が入ると思うと・・・」


教皇が目頭を押さえウルウルと泣いている。


「おじいちゃん!本当に気が早いんだから。ところで、お母さんがいるところってどこから行くの?まさか、この部屋に隠し階段が現れて秘密の地下空間というテンプレって訳じゃないよね?」



ギクッ!



教皇の額から大量の汗が流れだす。


スザクとアイが思わず目を合わせてしまった。


((マジで?))


何だかしょんぼりしてしまった教皇がゆっくりと祭壇の前まで歩いていく。

その前で手に持っていた杖を高々と掲げた。

杖が輝き一筋の光が祭壇に飾られている巨大な女神像の額に吸い込まれていく。



ゴゴゴゴゴゴォォォォォ



何と!祭壇が後ろへゆっくりと動き始めた。


しばらく動いてから止まったが、そこには地下へと続く階段が現れた。


本当にアイが言った通りになってしまう。


多分だけど、教皇はこのギミックを見せてスザク達を驚かそうとしていた違いない。

そんな目論見をアイが粉々に砕いてしまった事に2人は少し罪悪感を感じていた。


そんな2人がとった行動は・・・



「「わぁぁぁぁぁ~~~!凄い!凄い!」」(棒読み)



辛うじて驚くふりをして手を叩いていた。



そんな行動が教皇の心を更に抉ってしまったけど・・・




しばらく落ち込んでいた教皇が復活し地下へと続く階段の前に立つ。



ポゥ



入口から奥へと階段の両側の壁から炎が灯り一気に中が明るくなった。


「これは凄いな。入口が開くのと連動して魔法の明かりが灯る仕組みか。普通のダンジョンと違って、中に入るのに明かりの魔法や道具の準備が必要ないのは助かる。」


素直にスザクが感心している姿に機嫌が良くなりドヤ顔をしている教皇がいた。




かなりの段数の階段を降りると、一気に広いホールへと出てくる。

ここも部屋に入った瞬間、周りの壁に明かりが灯り明るくなった。



「これは?」

「お父さん、アレって?」



ホールの中央には人の背の倍ほどの女神像が置かれ、その足元には祭壇が置かれている。


その祭壇には・・・











「アリエス・・・」

「お母さん・・・」











透明なガラスケースのような棺に入っているアリエスが横になっていた。


2人が急いで祭壇まで走っていく。



「信じられん・・・、あの時の姿のままなんて・・・」

「この人が私のお母さん・・・、実際にこの目で見ると、とっても綺麗な人・・・」



両手を胸の前に組み、まるで眠っているような姿のアリエスがそこにいた。

確かにアイに似ているが、その美しさはアイよりも大人びており、まさに傾国の美女と呼んでも差し支えない程に美しい女性だ。

髪もアイと同じ薄く青みがかかった腰まである銀髪だった。


遅れて教皇がスザク達へと追いついた。


「この封印の棺が女神様から授かった力です。その名も『クリスタル・コフィン』と言う魔法です。この魔法で作られた棺はどのような攻撃も完全に無効化し、アリエス様も当時のままのお姿で、この地下神殿で眠らせていただきました。」


「眠っている?」


「そうです。この棺の中は時間が止まっています。アイ様のお力を注げばアリエス様は完全に復活されるとの神託を受けました。ですから、アリエス様は亡くなってはおりません。アイ様が成長されるまでのお眠りになられただけの事なのだと私はそう思っています。」


「そうなんだ・・・」


スザクが棺に手を添えた。



カッ!



棺が白く輝く。


あまりの眩しさに全員が目を開けられずに目を閉じてしまった。




そこには・・・



既に透明な棺が消え、石の寝台の上にアリエスが横たわっていた。




「アリエス・・・」




スザクの目から涙が零れる。



「お父さん、私の準備は終わったよ。」


アイの姿がまたもや黒髪に黒い瞳へと戻っていた。


「お前、何でまた元に戻っているんだ?」


スザクの言葉にアイがニコッと微笑む。


「私ってお父さんとお母さんの子供じゃない。聖女はお母さんから歴代の力を受け継いだけど、実はね、お父さんの力も受け継いでいたんだ。その力は今までお父さんが聖女の封印を解いてくれた時に、一緒に解放されたの。お父さんの力って女神様から直接貰ったチート能力だよね?」


スザクがゆっくりと頷く。


「あぁ・・・、それがアリエスを生き返らせるのにどんな関係があるんだ?」


「正直、お父さんの力だけでも歴代聖女全ての力を超えているの。チートを超えたチートよ!本気のお父さんなら神様でも勝てないかもね。そんな力の一部だけど、私はお父さんの力を使えるようになったから、お母さんから受け継いだ力をお母さんへ帰す事も出来るようになったの。さすがに全部は無理だけどね。」


スザクは腕を組んで難しそうな顔をして呟く。


「良く分からん・・・」


その言葉にアイが少し引きつった笑いを浮かべてしまった。


「まぁまぁ、細かい説明はしても理解は無理そうだし、それは省いておくから見てて!」


アイがアリエスの横に立ち両手をかざした。


「「おおぉおおおおおおおおおおおおおお!」」


スザクと教皇が感嘆の声を上げてしまう。


アイの全身が真っ白に輝く。


そして・・・




バサッ!




背中から大きな真っ白な翼が生えた。



「こ!これは!このお姿は・・・」



教皇が両膝を床につけ、手を組んで祈るような姿勢でアイの後ろで跪いていた。

両目からは止めどなく涙が流れている。




「女神様が!女神アイリス様がアイ様のお体を通じて降臨なされた!」




アイの全身が白く激しく輝く。

その輝きが徐々に横たわっているアリエスへと繋がり、アリエスも白く輝き始めた。




「女神の息吹」




アイがそう呟くと徐々に輝きが収まり始め、しばらくすると完全に光が消えた。


ゆっくりとアイがスザクへと振り向く。


「あ、あなたは・・・、俺をこの世界へ・・・」


アイの顔は全く違う女性の顔になっていた。

黒い髪と瞳は全く同じだけど、その表情は人間の美しさを完全に超えている。

美の女神という存在がいたのなら、まさにそのような存在が降臨したのに間違いないだろう。


『スザク・・・、この世界を救ってくれてありがとう。私からのささやかなお礼です。家族と一緒に末永く幸せに・・・』


その言葉と共にアイの髪も瞳も聖女の証である銀髪と金色の瞳に戻り、背中の翼も消えてしまった。




「アイリス様・・・、どこがささやかなお礼ですか・・・、俺にとっては最高のお礼です・・・」




スザクが涙を流しながらアイを見つめていた。







「あれ?」






いつもの表情に戻ったアイが目の前にいるスザクと教皇の姿に気が付いた。


(ちょっと意識が飛んじゃったけど、何で2人揃って泣いているの?しかもドバドバと恥ずかしくもなくねぇ・・・)


自分の体に女神が憑依していたとは全く身に覚えが無いアイだった。




「うっ!」



アイ以外の女性の声が聞こえた。


「「「!!!」」」


全員がその声の方へ顔を向ける。




そこには・・・






「アリエス!」

「お母さん!」

「聖女様!」






アリエスが寝台の上で身を起こしていた。



「お母ぁああああああああああああああああああさん!」



アイがアリエスへ飛びつき胸に顔を埋め号泣している。

そんなアイをアリエスも優しく抱き涙を流していた。


「もう、子供じゃないんだから・・・、そんなに泣かなくてもね・・・」



「か、感激じゃぁぁぁぁぁ~~~、わしゃぁ、もう死んでも心残りが無いぞぉぉぉ・・・」



教皇も目の前の光景に涙を流していた。

さきからずっと泣きっぱなしの涙もろい教皇だった。



しばらく2人が抱き合っていたが、ゆっくりと離れアリエスがスザクへと顔を向けた。


スザクがゆっくりと頷く。


その仕草を確認したのかアリエスが寝台から降り立ち上がった。






「お帰り・・・」






「ただいま・・・」






しばらく2人が見つめ合った。


その言葉を合図に2人がゆっくりと歩き始め抱き合った。


お互いを確かめるように強く抱き合う。






「むっ!」







スザクに抱きついていたアリエスの目が一気に鋭くなる。


「ねぇ~あなた、どこで雌の匂いを付けてきたのかな?私という妻がいるのにねぇ~~~~~~~~」


「待て待て!これはな!さっき助けた女の子だよ!10歳くらいの女の子!」


スザクが慌てて両手を振って言い訳をしている。


しかし!

アリエスの鋭い視線は変わっていなかった。



それ以前にだ!

確かに地下牢で囚われていた子供達に抱きつかれていたけど、女の子の匂いだけピンポイントで分かるって・・・

アリエスの嗅覚って犬以上じゃない?

そう思うスザクだった。



「まさか?私が死んでいる間にロリコンに目覚めたの?信じられない!」


(おいおい・・・、何でそんな発想になる?)


話が通じなくて精神的に最高に疲れてしまうスザクだった。


そんな状態のスザクだったが、アリエスがそっとスザクの頬に手を伸ばした。


「だけどねぇ~、子供といってもあなたに気がある雌がいるのは気に入らないわ。それによ、何で頬っぺたに口紅がついているのかしら?よく見ないと分からないけど、薄っすらとね・・・、コレってどういう事?」


「お母さん、これはねぇ・・・」


アイがアリエスの耳に何かボソボソと呟いている。


「へぇ~~~~~~、そうなんだ。リリスがねぇ~~~~~」


ユラリとアリエスがスザクへと向き直った。


「お父さん、さっきのグリグリの仕返しよ。」


ニヤリとアイが口角を上げた。


「私が死んでいる間にリリスとそんな関係になったんだ・・・、あのリリスとねぇ~~~~~、キスをするまでの仲になっていたなんてね。ふふふ・・・」


アリエスがジッとスザクの顔を見つめている。

彼女のスザクを見つめる目からはハイライトが消え去っていた。

まるで深淵からこちらを覗いているかのように、金色の瞳がスザクの顔を映していた。


「いや、これは本当に誤解・・・」


スザクが言葉を話し始めているのにも関わらず



「問答無用ぉおおおおおおおおおおおお!」



ばっさりと言葉を断ち切られてしまう。



スパァアアアアアン!


「ぐあっ!」


アリエスがサッとしゃがみ、左足を軸に回転し、右足を伸ばしスザクへと足払いをかけた。

咄嗟の行動とスザクも気が緩んでいた事もあり、アリエスの右足はスザクの足を簡単に刈り取り転ばせてしまう。



「浮気男はお仕置きよぉおおおおおおおおおおおお!」



「だから誤解だってぇええええええええ!」



「だったら!何であなたの頬に口紅が付いているのよぉおおおおおおおおおおおおお!そんなのリリスとイチャコラしたからでしょうが!」


そんなやり取りをしている間に、アリエスがスザクの両足をがっしりと掴んでいた。


「ちょ!ちょ!これはマジでシャレにならんぞ!」


アリエスがスザクの両足の間に自分の右足を入れて、スザクの左脇腹の横へ踏み込んだ。そのままスザクの両足を膝でクロスさせて相手の右足を自分の右腕でロックし、右足を軸にして反転し相手をひっくり返してから腰をグッと落とす。



「もう2度と見られないと思っていましたが、再びこの目で見る事が出来るとは・・・、このヨハン、思い残す事はありません。アリエス様の必殺技シリーズその①『サソリ固め』を見られるとは・・・」



教皇が2人のやり取りを微笑んで見ている。

その微笑んでいる瞳には涙がうっすらと滲んでいた。

どんだけ、アリエスの必殺技を熱望していたのか?


この技は完全に極まれば相手の足首、膝、腰が締め上げられてしまい、痛い上に呼吸困難になってしまう。本気でアリエスが極めるとマジで窒息死してしまう程に恐ろしい技だった。


苦悶の表情を浮かべたスザクが床を激しくタップする。


「ギブ!ギブゥウウウウウウウウウウウウウウ!」



「16年ぶりにお二人が再びお会い出来たのです。とても楽しそうですね。」


教皇がポロポロと涙を流しながら感激してしていた。



「いやいや!おじいちゃんの目もどうかしているわ。これってどう見ても修羅場じゃない?『必ず殺す』と書いて必殺技なのよ。それを躊躇なくお父さんに仕掛けるお母さんってどんだけヤキモチ焼きなの?ちょっとお父さんが可哀想に見えてきたわ・・・」

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