第10話 オーチメ公爵家、全てを失う③

「成敗完了・・・」


スザクが「ふぅ~」と息を吐く。



「まだやるのか?」



鋭い視線が屋敷の奥へと注がれた。


そこにはまだ兵士が数十人、剣を構え立っている。


だが、その全員の顔が青ざめていて、戦意が全く感じられなかった。

あまりのスザクの力に全員が束になって戦っても絶対!に勝てないと確信したのだろう。


スッとスザクが歩き始めると、ホールにいた兵士達が次々と壁際へと移動し、誰もスザクの歩みを止めようとしなかった。


ホールの奥にある屋敷の中へと続く扉の前まで歩くと兵達の方へ振り向く。


「そうそう、早くここから逃げるんだな。もう少ししたら怖いお兄さん達がやって来るから、ここにいれば問答無用で捕まるぞ。」


再びドアへ振り返ると手をヒラヒラさせながらドアの向こう側へと行ってしまった。



・・・



・・・



・・・



「「「うわぁあああああああああああああああ!」」」




兵士達が武器を捨て慌てて壊れた玄関扉から外へ駆け出し逃げていってしまった。




ホールには誰もいなくなってしまった。









「無駄に広い屋敷だな。歩くだけでも疲れるわ。でもな、これだけ広くないと悪さも出来ないって事かな?」


通路の一角にある扉の前で足を止め、おもむろにドアノブを握った。


しかし、ガチャガチャと音を立てるだけで扉が開く気配は無い。


「まぁ、無施錠にするほど馬鹿じゃないようだな。」



バキ!



扉から聞こえてはいけない音がして、スザクは何事もない感じでドアを開け中へと入っていく。


「人に見つかると大変な場所なんだし、セキュリティはちゃんとしなければならないんだけどな。こうも簡単に壊される鍵って鍵の意味はないだろうが・・・」


スザクにかかってしまえば、世界で最高のセキュリティだろうが無駄だというのをスザクは全く分かっていなかった。


部屋に入って周りを見渡す。

かなり広い部屋だったが、中には数個の木箱以外には何もなく、ガランとした雰囲気が漂っている。


「家具も全くないシンプル過ぎる部屋だな。そして、明り取りの窓と、外からこの部屋へ直接搬入可能な大きな扉が1つだけ。サーチの反応ではこの部屋で間違いないし、どこかに隠し扉がある訳だ。でもなぁ、少し肉体労働もしたから探すのも面倒だな。」


床にしゃがみ手を当てる。


「ふむふむ・・・、ここか?」


グッと右拳を振り上げる。


「この真下に空洞を見つけた。ここだな。」



ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」



拳を勢いよく床に叩きつけた。


ピシッ!


拳を中心に放射線状に床にヒビが走る。


「おっと!」


軽やかにジャンプをし、部屋の隅へと降り立った。


ガラガラと床が崩れ地下の空洞が現れる。


そこは・・・


「地下牢・・・、酷い事をする・・・」


ジッと見つめている視線がとても鋭くなった。


スザクが壊したのは地下牢がある通路の天井だった。

空洞の両端にはいくつもの鉄格子のある牢屋がスザクの目に飛び込んだ。

その牢屋の中には小さな子供達が何人も囚われていた。


「この子達がスラムで行方不明になっていた子供達か?」


5歳から10歳くらいの十数人の子供達が牢の中でブルブルと震えている。

いきなり地下通路の天井が崩れてしまったのだ。

子供達は恐怖で震えるだけしか出来ない。


「やってしまったな・・・」


軽やかに子供達のいる牢へとジャンプをし降りる。


だが、子供達にとってはいきなり現れた黒づくめの男なんて怖いの感想しか持てない。

牢の隅に縮こまりブルブルと震えている子供達の前に立ち、鉄格子をグッと両手で掴んだ。


バキィイイイイイイイイイ!


「「「えっ!」」」


まさか、目の前で素手で鉄格子をぶっ壊す人間がいるなんて信じられず、更に恐怖で泣き出す子供まで出てきてしまった。

これにはさすがにスザクでもどうしようもなかった。


「心配するな、助けにきた。」


その言葉で子供達がピクンと動く。


「ほ、本当に?」


子供達の中で1番年上の子だろう、それでも10歳くらいの女の子がおずおずとスザクに尋ねた。


「あぁ、本当だよ。」


このままでは子供達が怯えてしまうのは間違いとスザクが判断し、顔を隠している布を取って子供達へと微笑む。

その笑顔で女の子の警戒が解けたのだろう。

しかも顔が少し赤くなっている。

イケメン様々である。

目に涙を溜めながらダッとスザクへ駆け寄り泣き出してしまった。


「うわぁあああああああああん!怖かったよぉおおおおおおおお!」


泣き出してしまった子をかつてのアイの姿と重ねてしまい、とても優しい微笑みを浮かべながらゆっくりと頭を撫でていた。


「よく頑張ったな。もう大丈夫だ。」


2人の姿を見て完全に安心してしまったのか、残っていた子供達も次々とスザクへ抱きつき泣き始めた。









しばらくは子供達の好きにさせていたから落ちついてきたのだろう、全員が泣き止んでいた。


「もう大丈夫か?」


その言葉に子供達が全員頷いた。


「さっさとここを脱出するぞ。」




「そうはいきませんねぇ~」




地下牢の通路の奥にある大きな扉の前に灰色のフードの付いたローブを着た人間が立っていた。

フードを目深に被っているので顔は見えないが、声の感じからして男性に間違いない。


「ずっと見ていたのか?覗き見とは趣味が悪いな。」


スザクがそう話すと、僅かに見える男の口元がニヤリと笑ったのが見える。


「私の存在に気付いていたのには少し驚きですよ。ですがねぇ~、絶望というものは希望が大きければ大きいほどにそれが叶わなくなった時、更に最高に大きくなるのですよ。私はねぇ~、そんな絶望に染まった顔を見るのが大好きなんです。特に子供はリアクションが大きいから堪りませんよ。」



「・・・」



黙っているスザクに落ち着いたはずの子供達が、またもや泣きそうになりギュッとスザクへと抱きつく。


「この天井を壊すあなたの馬鹿力は信じらないですね。ですがぁ~、単なる馬鹿力だけでは私には勝てませんよ!私はかの英雄であるローイエ・ガメツ様の一番弟子ですからねぇえええええええええ!魔法というものは肉体を陵駕するのですよ。あの筋肉バカの兄のノーキンでさえ私の前では無様な姿を晒していましたからね!」


「あのガメツの弟子・・・、やっぱりクズはクズしか生まないようだな。」


スザクは抱きついている子供達へ優しく微笑んだ。


「あそこの隅に避難してくれないか。少し暴れるからな。」


「おじさん・・・」



ズ~~~~~ン



心なしか、いや!かなりスザクが落ち込んでいる。


「確かに歳からすればそうかもしれんが、見た目はまだまだ・・・、いや、かなり若いと思っていたんだが・・・」


少女には聞こえない位の小さな声で呟いた。


「おじさん、大丈夫?」


少女の容赦無い言葉のナイフがスザクの心を更に抉っていた。


「あぁ・・・、大丈夫だ。分かったなら早く移動しくれ。巻き込まれるぞ。」


「うん!頑張ってね!お・じ・さ・ん!」



「はう!」



必死に耐えていたが、スザクの心には特大のダメージを負っていた。


恐るべし!子供の無邪気な容赦無い言葉の暴力!


子供達がスザクの指定した場所へと走って行く。



「ほぉ~~~~~、子供に被害を受けないように離すとは素晴らしいですね。ですがぁあああ!そんなスラムの孤児なんかに温情を与える必要などないのですよ!このゴミは我々が奴隷として有効活用してあげているんですよ、ゴミはゴミらしく地べたに這いつくばっているのが当たり前!我々貴族のオモチャ!それ以外に何があるのですか?」


男がニタァ~と笑う。


「気が変わりました。このゴミどもは他の貴族に奴隷として売るつもりでしたけど、実験中のモルモットの餌にしましょう!普通に餌を買っては損なだけですし、ゴミはスラムに行けばゴロゴロと転がっていますからね。ゴミらしくねぇえええええええええ!」




ガコン!




男の背にあった地下室の壁にあった大きな扉がゆっくりと開いた。


そこから巨大な生物が通路へと出てくる。


「これは?」


スザクの目が鋭くなった。


「あはははぁああああああああ!」


男が両手を広げ大声で笑い始めた。


「どうだ!これが我が公爵家の新しいビジネスだぁあああああああああ!今までのスラムのゴミを攫っての奴隷売買とは比べものにならないくらいになぁあああ!これは莫大な利益を生み出すんだよ!これによって公爵家は国内一番の貴族に返り咲けるんだ!戦争は世界中のあちこちで起こっているからな。」


急に黙り込み、眼鏡をクイッと人差し指で上げ位置を直した。


「いけませんね。少し熱くなってしまいましたよ。私は常にクールが信条ですからね。君のように馬鹿力だけしかない者には難しい話でしょうが、私はついに魔物を操る装置を開発したのです。」


グルルル・・・


5メートルは軽く超えるだろう巨大な熊が男の横に立っている。

しかし、男に対しては何もせずただ立っているだけだった。


「どうですか!このAランク認定されているグレートベアーでさえ私の命令は絶対なのです。こいつの首にある私が開発した隷属の首輪さえあれば意のままに操る事も可能!兵士より遙かに強力な魔物軍隊が出来るのですよ。これがどれだけの利益を生むのか・・・、想像するだけで笑いが止りませんよ!」



「やっぱり金か・・・、ガメツの弟子だけあるな・・・」



スザクが盛大なため息をしていた。





「ビョージャク!よくやった!」



地下牢の壊れた天井から大声が聞こえる。


そこには推定体重150キロは軽く越えるだろう、丸々と太っている金ぴかの貴族服を着た男が立っていた。


「父上!これから例の起動実験を行います。理論上は完璧ですから、侵入者の殺戮ショーをお見せ出来るでしょう。ではご覧下さい!」


男がブルブルとはみ出た腹を振るわせながら下品に笑う。


「ぶひょひょひょひょひょぉおおおおおおお!誰か分からんが、貴様はこのカンシーボ・オーチメに喧嘩を売った!どこのスパイか知らんが、ビョージャクよ!この男もガキ共も全員殺せ!この秘密を絶対に洩らす訳にいかんからな!」


「父上、分かってますよ。グレートベアーよ!こいつらを殺せ!」


ビョージャクの指示でグレートベアーがゆっくりとスザクの方へと歩き始める。


そのスザクはゆっくりと右手を上げ、掌をグレートベアーへ向けた。



「ブラック・ホール!」



メキャ!



グレートベアーの背中に小さな黒い玉が浮かび上がると、グレートベアーの背中が海老反りのように折れ曲がり、そのままり折りたたまれるように黒い玉の中へと吸い込まれてしまった。






「おひょ!」






ビョージャクの間抜けな声が響いた。


「わ、わ、わ、私の目が確かなら・・・、アレはロストマジックの1つ?信じられな~~~~~~~い!」


「スタンボルト!」



バチィ!



ビョージャクの体が一瞬光り、ヘナヘナと力無く崩れ落ちピクピクと床で痙攣を起こしていた。


「こ、これもロストマジックのぉぉぉ~~~、貴様ぁぁぁ~~~~~~~、何者だぁぁぁ~~~~~」


「黙れ!」


ガン!


「全身が麻痺しているのにこれだけ話せるなんて凄まじい執念だよ。これだけの執念をもっと役に立つ事に使えば良かったのにな。」


目が血走り凄まじい形相でビョージャクがスザクを睨んでいたので、思わず頭を蹴飛ばし黙らせてしまった。



「ビョージャク!」



上にいる脂肪肝、もとい、カンシーボが騒いでいる。

絶対の自信があった息子と秘密兵器の魔物が瞬殺されてしまったから慌てるのも仕方ない。

しかし、ここにいてはヤバいと感じたのだろう。すぐに回れ右をして逃げ出そうとしていたが、相当の肥満なのもあり、動きはスザクの目から見てとっても緩慢だった。


「逃がすかよ!」


スザクの周囲に白い魔方陣がいくつも浮かび上がる。


「レイ!」


魔方陣の中心よりいくつもの白い光線が天井へと発射され、ガラガラと天井が崩れ始めた。


「ぶひょひょひょぉおおおおおおおおお!足場がぁあああああ!お!落ちるぅううううううう!」


カンシーボが崩れた天井から落ちてくる。


「し、死ぬ~~~~~!ぶひょぉおおおおおおお!」


「見た目だけじゃなくて喋り方も豚になったな・・・」


スザクは隣で麻痺で動けないビョージャクの足を無造作に掴んで、落ちているカンシーボのところへと放り投げた。


「ぶひぃいいいいいいいいいい!」

「べしゃぁあああああああああ!」


憐れ、ビョージャクは落ちてきた巨大な脂肪の塊、いや!カンシーボと床の間に挟まれペチャンコに潰れる。

あれだけの質量が上から落ちてきたのだ、ただでさえ病的にガリガリの体のビョージャクだから、全身の骨がバラバラになったかもしれない。

これでスタンの効果が切れても動くことは出来ないだろう。


バチィ!


今度はカンシーボにスタンを放ち動きを封じた。






しばらくすると上からいくつもの足音が聞こえる。



「スザク様!」



輝く銀色の鎧を纏ったガブリエルが大量の騎士を連れて、崩れた天井から顔を覗かせていた。


「ガブリエルか?」


「はい!抵抗を考慮して完全武装で来たのですが、全く抵抗も無く制圧出来ました。ご協力感謝します!」


「後は任せたぞ。それと、子供達も捕らえられていたから保護を頼む。」


そう言って子供達の方へ視線を移すと、先ほどの少女がスザクの方へ駆け寄ってきた。

目の前に立ってモジモジしている。

スザクは腰を屈め少女の頭を優しく撫でた。


「これでもう安心だ。後は教会が上手くやってくれる。」


「うん!ありがとう!!」


お兄さんと言われ、スザクの表情はかなり嬉しそうだ。


そんなスザクの首に少女が腕を回し抱きつく。


「それとね・・・、私ね・・・」


少女の顔が今にも火が出そうなくらいに真っ赤になっていた。



チュッ!



スザクの頬に少女が軽くキスをした。


「私・・・、大きくなったらお兄さんのお嫁さんになるね。だから、それまで待っててね。」


そう言って、少女はスザクから素早く離れ子供達のところへ戻って行った。



(はぁぁぁ~~~~~~~?)



1人困惑していたスザクだった。


そんなスザクの様子をガブリエルがニヤニヤしながら見ている。


「スザク様、モテモテですね。これはアイ様へ報告しないといけない事案ですよ。アイ様がどんな反応をするか?」


スザクが疲れたように首を振る。


「ただでさえリリスの事で困っているんだぞ。これ以上、余計な事を言わんでくれ・・・」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る