第9話 オーチメ公爵家、全てを失う②
「まさか死刑になったナッツ兄弟がここいるとはな。ちょっと予想外だったよ。」
スザクは体を再び屋敷へと向き直りため息をついた。
「あいつらが門番ならまだ他にも手練れがいるかもしれん。私設騎士団の連中の顔は今のところ正門の1人しか見ていないしな。」
スタスタと歩き玄関前まで辿り着いたが、巨大な玄関扉の前で立っていた。
この巨大な扉は普段は使用しない。
普段は左右にある普通の大きさの扉から出入りしている。
流石にこの巨大さから数人がかりでないと開けられないのもあるし、そもそも、この巨大な玄関扉は見栄に設置してあるようなものだった。
だけど、スザクはその扉に両手を添えた。
「もう派手にやってしまったからな。多分だが、気付かれて中で俺を待ち受けているのは間違いないし、今更コソコソしても面白くない。」
スザクが扉へ少し力を入れ押し始めるとミシミシと音が聞こえてくる。
「はぁあああああああ!」
スザクの気合と共に巨大な扉が室内へと吹き飛んだ。
「あれ?何で?開くには開いたけど、吹き飛ぶってどういう事だ?」
スザクがキョトンとした顔で玄関ホールを見ていた。
吹き飛んだ扉の下に何人もの武装した男達が下敷きになっていた。
中には大勢の兵士が待ち構えていたが、数人は不幸にも吹き飛ばされた扉に押しつぶされたようになっている。
「う、嘘だろぉぉぉ~~~」
1人の兵士が信じられない表情で眼前に起きた現象を見ていた。
「これって、外に引くタイプのドアだよな?」
「あぁ・・・、しかも、片側でも数人がかりでないと動かせない程に重いはずだ。」
「引くじゃなくて押して強引に開けた?」
「いや、あれは開いたのではなくてぶっ壊した?」
「それもたった1人で・・・」
「化け物だ・・・」
「俺、死んだかも?」
(う~ん・・・、やらかしてしまったな。)
スザクも内心少し動揺している。
そんな気持ちは微塵も表には出さずに、ジロリと周囲を見渡した。
顔は布で覆われているので外観から見えるのは目だけだで、そのスザクの視線が鋭く威圧感満載な事もあり、単なる兵士では恐怖で狼狽えるだけしか出来ない。
しかも恐怖というものは伝染する。
1人がジリッと後ずさりを始めると、周りの兵士達も次々と後ずさりを始めた。
兵達が一歩下がると今度はスザクが一歩前に出る。
彼らの間にはいつ恐怖で感情が爆発し逃げ出し始める状況の一歩手前までに空気が張り詰めていた。
そんな緊張感が漂う中・・・
「この腰抜けどもがぁあああああああああああああ!」
野太い声が兵士達の後ろから聞こえる。
全員がその声の出た場所へと視線を向けた。
そこには、銀色のフルプレートを纏った身長は2メートルを超えるだろう、とてつもない覇気を纏った巨漢が立っていた。
「「「ノーキン団長!」」」
「貴様らぁあああああああ!こんなひ弱な奴に何をビビっているんだ!いつも言っているだろう!男は筋肉!筋肉が全て!貴様らの筋肉が軟弱だから気持ちも軟弱になるんだよ!」
「し、しかし・・・、目の前の男はこの扉を1人で吹き飛ばしたのですよ。門番のナッツ兄弟が見当たりませんし、既に奴に葬り去られてしまった可能性が?」
団長と呼ばれた巨漢の男の脇に兵が跪き頭を下げた。
「何を軟弱な事を言ってる!俺はそんな軟弱な奴はいらん!」
ガシッ!
「があ”あ”あ”!」
いきなり団長に頭を鷲掴みにされてしまう。
メキャ!
鈍い音が響き、頭を掴まれていた男がピクンピクンと小刻みに痙攣するとすぐに動かなくなってしまう。
「頭蓋骨周りの筋肉が足りんな。そんなんだからすぐに俺に潰されてしまうんだよ。」
興味が無さそうな表情で動かなくなった男を無造作に放り投げた。
いやいや!そんなところの筋肉はそんなに付けられない!
そもそもどうやって鍛錬するの?
誰もがそう思っていた。
「お前ら!ちゃんと筋肉を鍛えないとコイツのようにしてしまうからな!これからは今まで以上に必死になって鍛えろ!分かったか!」
(おいおい・・・)
スザクは心の中でげんなりしてしまう。
ちょっと怯えただけで部下を殺してしまうとはどんな団長なんだ?と、殺されてしまった部下に同情してしてしまう。
確かに公爵家の私設騎士団とはいえ組織的には王城の近衛騎士団に匹敵するだろう。
いくら落ち目になっている公爵家でもそれくらいの力は持っているのは間違いない。
だけど、その団長が脳筋過ぎるのにスザクが呆れかえってしまう。
外にいたナッツ兄弟もそうだけど、ここにはまともな奴がいないのでは?
そんな風に思ってしまう程だった。
「まぁ、今からここを潰すんだ。クズや変態はまとめて潰すに限るな。1匹でも逃すとどこで繁殖して数が増えるか分からん。」
クズと変態は〇キ〇リと同じ?
スザクの中ではそんな風な認識になっているようだ。
「そんなに筋肉に自信があるなら俺にも教えてくれないか?筋肉バ〇の団長さん。」
顔が隠れているのでスザクの表情は分からないが、いつの間にか剣が消え拳を構え団長と対峙する。
「がはははぁあああああ!何を血迷っている?そんな貧弱な体で俺に対抗出来るとでも言いたいのか?身の程も知らないとは貴様の用だな!」
「なら、先手を打たせてもらうぜ!」
シュン!
スザクの姿が掻き消え、一瞬にして団長の懐に潜り込んだ。
ドガ!
「ぐはっ!」
スザクの左フックが団長の脇腹へと突き刺さる。
団長がうめき声を上げたのは一瞬で、すぐにニヤリと笑う。
スザクの拳は確かに団長の脇腹に当ってはいるが、鎧の上から殴っているので大したダメージを与える事が出来なかったようだ。
「なかなかの威力だな。無謀にも俺に立ち向かうだけある。だがなぁああああああああああ!」
ブン!
両手を組み振り上げ、スザクの頭を叩き潰そうとした。
その攻撃をスザクはバックステップで軽やかに躱す。
「ミスリルの鎧か?」
スザクが自分の左拳を見て呟いた。
「ほぉ~、よく分かったな。」
団長がドン!と自分の胸を叩き誇らしげに胸を反った。
「そうだ!これは世界でも希少なミスリルで出来たフルプレートだ!かつて国王様が勇者として活動していた時に装備してした鎧を忠実に再現したものなんだよ。この鎧の防御力は最高だ!しかもぉおおおおお!唯一重さのおかげで装備してしまうと重すぎて満足に動けなくる弱点があったが、俺はこの筋肉で弱点を克服したのだよ!この鎧を装備しても俺の力が勝り普通に動ける!貴様も素早さに自信はあるようだが、肝心の力が今一歩足りなかったようだな。多少のダメージはあったが耐えられないほどではない。さぁ!どうするんだ?」
「やれやれ・・・」
スザクが呆れたように深いため息をした。
(確かに勇者パーティーとして魔族達と戦っていた時、アイツは似たような鎧を着込んでいたよ。そのおかげで当時は剣士のニヤーク・タータナイにいつも担がれていたんだよな。鎧の頑丈さは認めるけど、完全に壁としての役目だったよ。置物としてのな・・・)
かつての仲間の醜態を思い出してしまう。
「遊びは終わりだ。」
グッと拳を団長へと向ける。
そんなスザクの態度に団長が少し俯きプルプルと震える。
「何を負け惜しみを!筋肉の無いそんなひょろい体で何が出来るぅううううううううううううううううううう!ぐちゃぐちゃに潰れろぉおおおおおおお!」
眼球まで真っ赤な怒りの表情で団長が思いっきり拳を振り上げる。
「遅い!」
スザクは顔面まで迫った拳をスルリと躱し、再び団長の懐に入り込む。
一気に右拳を叩き込んだ。
ゴシャァアアアアアア!
「あ”がぁあああああああああああああ!」
スザクの拳が彼の鎧を砕き、深々と鳩尾に突き刺さっていた。
「ば・・・、バカな・・・、このミスリルの鎧が・・・」
「残念だったな、俺の拳の方が鎧よりも遥かに硬かったんだよ。たかがミスリル、そんなものは俺にとっては関係ない。」
ガハッ!と団長が口から大量の血を吐いたが目はまだ諦めていなかった。
再び右腕を振り上げスザクの顔面へ叩き込もうとしていた。
「まだだぁああああああああああ!俺の筋肉は諦めていない!これなら貴様も逃げられん!俺の全力のパワーで潰れろぉおおおおおおおおおお!」
「無駄だ・・・」
ドキャッ!
「「「これはぁあああああああああああああああ!」」」
兵士達が叫んだ。
「あがががぁぁぁ・・・」
スザクは自分の顔面へと迫る拳を、首を軽く捻る事で躱す。
一気に前に踏み出し団長の突き出した右腕に巻き付けるように左腕を突き出し、拳が団長の右頬にめり込んだ。
「「「クロスカウンター!」」」
またもや兵士達が叫ぶ。
まさかこの目で神業とも言えるカウンター技を見られるとは思わなかったのだろう。
自分達の上司である団長が謎の男に殴られているのに、あまりにも美しい光景に我を失ってしまっている。
「まだ終わらん。」
スザクの呟きが聞こえる。
ベキッィイイイイイイイイイ!
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああ!」
団長の悲鳴がホールに響き渡った。
右腕を押さえながらハァハァと息が荒い。
肘があり得ない方向に曲がっていた。
「き・・・、貴様ぁ・・・」
「団長の腕が折られただと?」
「いつの間に?」
「一瞬だけ見えたけど、あんな方法で腕を折るなんて・・・」
「やっぱり奴は化け物だ・・・」
再び兵士達から動揺が広がる。
スザクがどうやって団長の右腕を折ったのか?
団長の右ストレートを首の捻りだけで躱し、左腕を巻き付けるようにスザクがパンチを放つ。
スザクの左拳は団長の顔面にぶち当たったが、その直後、スザクは巻き付けた左腕を引くのではなくグイッと肘に押し付け、団長の肘を粉砕骨折させた。
ストレートを放った団長の右腕はスザクが躱した時にはスザクの肩の上に乗っている。しかもだ、思いっ切り伸ばしてしまっているので完全に無防備だ。
顔を殴った後に巻き付けた左腕を引くのではなく、グイッと団長の肘を逆方向に押さえつける。
肩で腕を固定しているし、腕が伸び切ってしまい力も瞬間的に力が出ない状態になっていた。
後はてこの原理で簡単に腕が折れてしまった。
タイミングを間違えなければ、どんなに腕力があろうが、どんなに強固な鎧を纏おうが全く意味は無かった。
まぁ、殺人パンチを紙一重で躱す事もそうだし、ほんの一瞬のタイミングで仕掛ける。そんな神業のような事が出来るのは、スザクのような人間でないとまず無理だろう。
「まだだぁああああああああ!俺は引かん!絶対になぁああああああああああああああ!」
グッと折れていない左腕を後ろに引き拳を握る。
「先に進みたければぁあああああああ!俺を倒してみろぉおおおおおおおおおお!」
スザクが右拳を後ろに引きダン!と左足を踏み込む。
「腕を折られても一向に衰える事の無い覇気、筋肉バカの変態だと思っていた事を詫びよう。だが!俺にも引けない意地がある!悪いが通らせてもらう。」
腰を回転させ右腕を真っ直ぐに団長へと突き出した。
お互いの拳が真正面からぶつかる。
グシャァアアアアアア!
「がぁああああああああああああ!」
団長の悲鳴が響き渡る。
「ばかなぁあああああああ!パワーで俺が負けるぅうううううううう!」
スザクの右ストレートを受け止めた団長の腕があちこちと折れ曲がり骨が飛び出している。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
今度はスザクの雄叫びだけが響いた。
ズドドドドドドドドドドドドドドォオオオオオオオオオ!
「あひゃひゃひゃぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」
全く途切れる事の無い打撃音とノーキンの悲鳴が果てしなく続いた。
「そんなバカな・・・」
「あれが人間の動きか?」
「手が・・・、両手が消えている・・・」
「いや、あまりの速さに消えているように見えるだけだ。」
「「「化け物だ・・・(✕数十名)」」」
ノーキンのミスリルの鎧はスザクのラッシュであっという間に粉々に砕け、裸となった上半身と顔面に数百発もの拳が叩き込まれた。
顔面はもうボコボコに歪み元の顔が分からないくらいになっている。
上半身も顔面と同様にボコボコになっていた。
「うぼぁぁぁ・・・」
意味の分からない言葉を発しながらノーキンがゆっくりと仰向けに倒れる。
スザクがグッと拳を前に突き出した。
「成敗完了・・・」
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