第8話 オーチメ公爵家、全てを失う①
「お嬢様!」
リヴィアが真っ青な顔で屋敷に戻ってくる。
いつもならこの時間はまだ学園にいるはずなのに、リヴィアが慌てて家の中に飛び込んできたので、侍女達はただならぬ気配を察知し、彼女へと駆け寄った。
「どうかされたのですか?」
家に入るなりフラッと倒れそうになったリヴィアを執事が抱きとめる。
しかし、そのリヴィアはガクガクと震え何か呟いている。
「私じゃない・・・、勝手にアイツが落ちて・・・、ハァハァ・・・、私は悪くないの・・・」
「お嬢様をすぐお部屋へ!」
数人の侍女に支えられリヴィアは屋敷の奥へと消えていった。
数時間後・・・
陽が傾き空が夕闇に覆われ始めた。
スザクがオーチメ公爵家の正門近くの塀の前に1人で立っている。
「偶然といえ、依頼とお返しが重なるって、つくづく神様はこの家を終わらせたかったのかもな。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の朝・・・
「スザク、コード【
ギルドの雑用職員であるスザクが他の職員が出社する前に床掃除をしている最中に、リリスが1人で現われソッと呟いた。
「最近は無かったのにまた突然だな。」
「今回の依頼は教会からよ。この国の貴族は腐っているから、適当な証拠だと逃げられるし、決定的な証拠を掴んで欲しいってね。」
リリスの言葉にスザクがゲンナリした表情になった。
「いくら貴族だろうが、大概の相手なら教会の強制捜査でいくらでも取り締まれるだろう?何で俺に依頼する。」
「今回は相手が相手だから、教会の神殿騎士団でもおいそれと手が出せないのよ。」
「そういう事は・・・、王族かそれに連なる貴族ってことか?」
「そうよ。」
リリスがパチンとウインクをする。
「相手はオーチメ公爵家、貴族の中では王家の次に力がある家ね。下手に手を出そうものなら、教会の国に対する内政干渉と批判されるわ。だから内密に頼みたいって事よ。」
「面倒臭い仕事だな。まぁ、教皇にはアイが小さい頃から世話になっているからな。しかも、教会がここまで絡んでいるって事は相当にヤバい案件なんだろうな。」
「そういう事よ。やり方はスザク、貴様に任せるわ。言い逃れが出来ない証拠を確実に押さえたら、その場で公爵家も潰して構わない。貴様の本当の姿を知っている者は妾と教皇を含めた教会のごく一部だけだしな。貴様の情報が漏れる事は無いだろうし、ちゃんとミッションを完遂してくれると信じているからな。最強の冒険者『ブラック』・・・」
スザクがヤレヤレと首を振った。
「それで依頼内容は?」
「やる気になってくれたようね。貴様がやらなかった時は妾が渋々やる羽目になるところだったから助かったわ。」
リリスがニコッと微笑む。
「お前が出るのだけは勘弁してくれ。それこそ最低でもこの国が滅んでしまう。潰すのではなく滅ぼすからな。何一つ存在しない不毛の地にさせる訳にいかん。」
「そう?別に妾は貴様さえいれば世界なんてどうでもいいのにねぇ~」
「勘弁してくれ・・・」
盛大なため息しか出ないスザクだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて・・・、こういのは大体は地下室というものがあって、そこに隠されているんだよな。」
スザクが人差し指を眉間に当て目を閉じた。
しばらくすると、ゆっくり目を開ける。
「ビンゴだな。リリスの言った通りこの公爵家は真っ黒だったな。」
塀の外から公爵家の屋敷を見上げた。
「普通だったらコッソリと中に忍び込んで証拠集めをするんだけど、今回は即潰す。もたもたしているうちに助かる命も助からなくなってしまうからな。」
ゆっくりと正門前へと歩き出す。
ザッ!
スザクが正門前に立つと、門の脇にいる衛兵が槍を構えてスザクの前に立ちはだかる。
「貴様!何者だ?この時間の訪問の約束は聞いていない。痛い目に遭いたくなければさっさと立ち去る事だな。」
しかし、スザクはそんな警告もお構いなしに再び歩き始めた。
「おい!聞こえないのか!これ以上進めば命の保証はしないからな!警告はしたぞ!死にたくなければさっさと立ち去れ!」
衛兵の言葉に全く反応せず、スザクは黙々と門の前まで歩いて行く。
「くっ!警告はしたからな!死んでも文句は言うなよ!」
スザクに向けていた槍を勢いよく突き出した。
槍がスザクに刺さったと思った瞬間、スザクの姿が掻き消えた。
「何?どうなっている?」
衛兵が驚いた瞬間、今度はスザクが槍の穂先の上に立っていた。
衛兵は目の前に起きた事が信じられず、槍を突き出した姿勢のまま硬直してしまっている。
「ど、どうなっている?槍の上に人が乗っているのに重さを感じない。俺は夢でも見ているのか・・・」
驚愕の表情でスザクの顔を見ているが、そのスザクは衛兵と目が遭うとニコッと笑った。
まるで滑るような動きでスザクが槍の上を移動する。
衛兵のすぐ目の前まで来ると、スッと腕を伸ばし、人差し指を衛兵の額に当てた。
「あが!」
短く声を発した瞬間、目がグルンと回り白目になった。
「お仕事ご苦労さん。良い夢見ろよ。」
衛兵は音も無く崩れ落ち、気を失った男の足を持ってズルズルと詰め所の中へと引きずっていった。
詰め所の中を通ってスザクが公爵家の敷地の中に入った。
「これで交代の時間までここの状態は分からないな。後で来る連中が来る前に終わらせるぞ。」
詰所から一瞬だけ黒い影が屋敷の方へ動いたような気がした。
大きな玄関扉から離れた場所の茂みの中にスザクがいた。
この場所からは玄関扉の両脇にいる衛兵達から見えていない。
「さて・・・、ミッション開始だな。」
顔と頭に真っ黒な布を巻き、目以外は見えないようにする。
黒い服と相まって全身黒づくめの出で立ちだ。
ザッと茂みの中から飛び出し、玄関前に堂々と立った。
「何者だ!」
扉の両脇にいた衛士が素早い動きで腰の剣を抜き、スザクの前に立ちはだかる。
全く同じ顔の衛士で、多分この2人は双子だろう。
「別に名乗るほどの者でもないですよ。ちょっとお宅の家の中を確認したいと思って来ただけですよ。確認したらすぐに帰りますよ。だから見逃して通してくれません?」
「ふざけた真似を・・・、ここはどなたの邸宅か分かっているのだろうな?それに、その恰好!自ら不審者だと言っているようなものではないか。」
「もちろん、名前の通りの落ち目の公爵家ですよね。まともにお金を稼げなくなったから違法取引をしているのですよね?それに、この格好は趣味なので別に深い意味はないですよ。」
ブワッ!
衛士から大量の殺気がスザクへと浴びせられる。
「どこまでもふざけて・・・、なおさらここを通せないな。しかも、帰す訳にもいかなくなった・・・」
「はなっから帰す気は無かったでしょう?」
黒い布の隙間から見えるスザクの目が鋭くなる。
「このぉおおおおおおおおおおおお!」
衛士が剣を振り上げスザクへと切りかかった。
ス・・・
しかし、スザクは難なくその剣を躱し、衛兵の脇腹に回し蹴りを叩き込む。
「ぐほぉおおおおおおおおおお!」
衛士が口から吐しゃ物まき散らしながらゴロゴロと地面を転がっていく。
「兄貴ぃいいいいいいいいい!」
ヨロヨロと立ち上がった男へもう一人の衛士が駆け寄った。
(兄貴?)
スザクの視線が更に鋭くなった。
「もしかして?お前達はナッツ兄弟か?」
「どうしてそれを!」
無事な方の男が動揺した顔でスザクを見つめた。
「やっぱりな。まぁ、死んだはずのお前達はこんなところでしか働けないだろうな。やっぱりクズのところにはクズが集まる。」
「貴様ぁああああああああああああ!もう手加減はしない!貴様はなます切りに決定だ!残酷になぁあああああああああ!」
「はいはい、ほざいていろ。」
まるで興味無さそうにスザクが手をヒラヒラさせ相手を挑発している。
「貴様は俺達が誰だか分かっているんだろうな?まぁ、ギルドにいた時は俺達の事は知らない奴はいなかったし、どれだけ凄かったか分かっているだろう?それにな、本気の俺達は人を殺す事も躊躇しないぜ。後悔しても遅いぞ!」
だが、スザクの視線は全く変わらず男達を睨んでいる。
「もちろん、お前達の事はよ~く知っているさ。ナッツ兄弟、元ランクSの双子兄弟冒険者だろう?右目の方にほくろがあるのが兄のマカダミア、左目の方にほくろがあるお前はカシュー、それくらい知っているさ。貴様達が有名なのはダンジョンで新人殺しをしていたからだろう?人殺しの快楽が止められなくて、ダンジョンの中で新人を事故に見せかけ何人も殺していたってな。確か貴様達は死罪じゃなかったか?何でここにいる?」
「ぐふふふ・・・、ランクSの肩書で俺達は助かったんだよ。公式では俺達は処刑された事になっていたが、公爵様が俺達を拾ってくれたんだよ。元とはいえランクSの力は、まともな表には出せない裏の処理には最適だったのさ。さすが貴族様、どんな汚い事でも権力で揉み潰せる!こんな最高な仕事は楽しくてたまらないぜ!」
「そうか・・・」
スザクの声が低く響いた。
「一つ聞きたい。この屋敷にいる子供達はどうなっている?」
2人が一斉に笑う。
「ギャハハハァアアアアアア!スラムから攫ってきたガキどもなんぞ知った事じゃない!まぁ、何人かは俺達の玩具にして切り刻んだけどな。ひゃははは!たまらんぞ!ガキの絶望に染まった顔を見るのはなぁあああああああああああああ!」
「そうか・・・」
ザワッ!
スザクの纏っていた空気が変わった。
圧倒的な威圧感にナッツ兄弟が剣を構え身構える。
「な!何だコイツは!」
「兄貴!ヤバいよコイツは!」
「俺の甘さをここまで後悔した事は無かった・・・殺さずに済ませた事を・・・」
スザクの鋭い視線が兄弟を射抜く。
「お前達は俺が確実に冥土に送る。絶対にな!」
心臓が止ってしまうような殺気を双子へと放つ。
だが、流石はランクSの地位にいた猛者だ。
普通の人間ならこの殺気だけでなすすべも無く気を失うのだが、双子はその殺気に耐えていた。
「くそ!こいつは只者じゃないぞ!おそらく俺達と同じランクSだ!」
「兄貴!だけどアイツは手ぶらだぞ!」
2人がニヤリと笑う。
「なら!俺達のコンビネーションなら楽勝だな。」
「そうさ!この命知らずの俺達の怖さを教えてやろうじゃないか!」
2人が剣を上段と下段に構えながらスザクへと走り始めた。
「ギッタギタに切り刻んでやる!」
「俺達兄弟のズレの無い上下同時攻撃!避けられるものなら避けてみろ”!」
「「ブラッドォオオオオオオオオ!ファングゥウウウウウウウウ!」」
キイィイイイイイイイイ!
スザクの正面から甲高い音が聞こえた。
「そ、そんなバカな・・・、どこからそんな剣を出したぁあああああああああ!」」
「俺達兄弟の剣を初見で見切るだと・・・」
スザクがいつの間にか両手に剣を握っていた。
その剣は片刃の少し反りのある剣だった。
しかもその剣は刀身までも黒い。
まさに漆黒の刀だった。
分かりやすく言えば日本刀の小太刀のような剣をスザクが両手で握り、2人の剣を上下で受け止めていた。
「残念だったな。貴様達の剣は俺には通用しない。8年前の時と同じでな。」
「8年前?ま!まさか!」
「それにその漆黒の双剣と黒ずくめの姿はあの・・・」
「「ブラック!」」
ギャリィイイイイイイ!
刀身が擦れ合う音が辺りに響いた。
スザクと双子の影が交差し、お互いの立ち位置が逆になり対峙している。
「よく気付いたな。だが・・・、もう終りだ・・・、この月光の前には例外もなく等しく死が訪れる。例外なくな!」
「や、や、や!やってられるかぁあああああああああああ!」
「やっと生き延びたんだ!俺達はここで死ぬ訳にいかないんだよぉおおおおおおおお!」
双子は完全にスザクと対峙する気持ちが失せ、クルッと背を向けて外へと逃げようと駆け出した。
「無駄だ・・・、貴様達は死から逃れられん。」
「へっ!まともに貴様と戦えるか!俺達は逃げる!本気で逃げる俺達にはなぁあああ!いくら貴様はブラックだろうが今更追いつける訳がないんだよぉおおおおおおおお!貴様から逃げ切れば俺達の勝ちなんだよおおおおおおおおおおお!」
「それが出来ればな・・・」
「ばぁあああか!ばぁああああああああか!ここまで来れば貴様は何も出来ないはずだ!俺達の勝ちだぁあああああああああああ!」
ポト・・・
「「はぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」」
「「腕が!俺の腕がぁああああああああ!」」
双子兄弟が大声で叫ぶ。
2人の両腕が肩の付け根から切断され、地面へと落ちていた。
しかし、恐怖からか必死になって走っている。
「はひぃ!はひぃ!死にたくない!」
「い!嫌だぁああああああ!死にたくないよぉおおおおおおお!」
「何度も言うが無駄だ。あの世で子供達に詫びろ・・・」
ポト・・・
2人の首だけが地面に落ちる。
首の無い体だけがしばらく走り続けていたが、倒れ込みそのまま動かなくなった。
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