第7話 ガメツ、世界より退場する

「ふぅ!スッキリ!」


アイが拳を突き上げてガッツポーズで喜んでいる。


「死んでないだろうな?」


ズタボロになったムーノをスザクが見下ろしていた。

スザクの視線は少し憐れみが入っている。


「もちろんよ!さすがに人殺しは趣味じゃないからね。ギリギリ死ぬ一歩手前までは痛めつけたけど、こうなるのは当然よね。だって、コイツはお父さんにとっても失礼だったからね。」


「そ、そうか・・・」


アイの意外と過激な行動にスザクは若干引いていた。

今のムーノの状態をみれば、ほとんど死刑のようなものじゃない?


アイの育て方を間違えていなかったのか?と、少し不安になったスザクだった。











その頃のガメツは・・・



「ここは校庭?まさか転移させられたの?」


ガメツがキョロキョロと周りを見渡す。

地面は見慣れたグランドの景色だけど、広さが桁違いに広い。

学園を守るように周囲に建てられている高い壁すら見えない。

どこまでもグランドの風景が広がっている。


「本当に変よ・・・、校庭はこんなにも広くはないし、何一つ生き物がいる気配がしないわ。生徒の気配どころか鳥一匹も見当たらないんて異常よ・・・」


今の時間はまだ昼過ぎの3時頃だし、空も普通ならどこまでも青く、白い雲が所々に浮いているはずだ。

だが・・・

今、ガメツの目に入る空の色は不気味なくらいに赤黒い。

まるで別世界へと紛れ込んでしまったと錯覚するくらいだった。



「ここはどこなのよぉおおおおおおおおおおおおおお!」



どんなに大声で叫ぼうが、自分の声以外には何も音がしない。


「本当にどうなっているよぉぉぉ~~~~~~~」


泣きそうな顔で自分の体を抱きながらブルブルと震えている。



「気に入ってくれた?」



ガメツの後ろから声が聞こえ慌てて振り向くと・・・




「あんたぁああああああああああああ!」




リリスが腕を組みながら立っている。

ガメツと目が合うとニヤリと口角を上げた。


「どう?この世界は?気に入ってくれた?」


「あんた!何を言っているのか分かっているの?『この世界』って、まさかここは異世界って言うの?それこそあり得ない!」


「別に難しい事をした訳じゃないわ。貴様の元々いた世界と、その隣にある世界との間に妾が別の疑似空間の世界を作り出し、強引に押し込んだだけよ。あの世界でアレを使うとちょっと影響が大きいからね。ここなら貴様も好きなだけ魔法も使えるし、貴様にも悪くはないと思うけどね。まぁ、妾に通用するかは別だけど・・・」


リリスの言葉にガメツが「はぁ?」と怪訝な表情を浮かべる。


「世界を作る?それこそ!あんたは自分の事を神様だと言いたいの!この摩訶不思議な空間に、しかもよ!私でも使えない転移魔法を使えるなんて!あんた!一体何者なのよ!」


激高しているガメツに対してリリスは相変わらず冷静に、いや!見下した視線をガメツに向けている。


「妾の正体なんぞどうでも良い事ではないか。」


ポッとリリスの頬が赤くなり少しモジモジする。


「そんな事よりも今の妾はなぁ・・・、スザクの・・・、うふふ・・・、あやつの肉体からその魂を取り出し、ずっと永遠に妾の傍にな・・・、そればかりを考えているのだ。」



「へっ?」



ガメツはリリスの言っている言葉の意味が分からなかった。

多分だが、リリスはスザクの事が好きなのは間違いない、

だが!

その愛し方の方法の意味が分からなかった。

『魂を永遠に』

ギルドマスターの地位だし、まともな考え方をしている人間だと思っていたけど、理解出来ない言葉が出てきた。


(こいつはかなりヤバい性癖の持ち主では?ヤンデレ?それも相当重度の?)


そう思いブルッと震える。


そんなヤバい女が相手だと、自分は何をされるのか?


そんな恐怖がガメツの全身を駆け巡った。


「あぁああああああああああああああああああああああ!」


ガメツが絶叫し一気に後ろへと跳躍し、リリスからかなりの距離を空けた。


彼女は高位の魔法使いでもあり、攻撃呪文はもちろんの事、自身の肉体を強化する魔法も得意だ。

魔法使いとはいえ、万が一敵が目前に迫り接近戦の可能性もある。

そんな時、ガメツが選んだ戦法は肉体強化だ。

だけどそこはガメツ、戦いではなく全力でその場から一目散に逃げる事を最優先の戦法としていた。


『美しい私が何で身を危険に晒す必要がある?』


自分だけが助かる事しか考えていない。


だけど!


今のこの状況は逃げ切れるか自信が全く無かった。

それだけリリスから発せられる雰囲気が異常だったからだ。


(アレは人間の皮を被った得体の知れない何かなの?)


そう思える位にガメツの危機管理メーターが警報を鳴らしていた。


ザッ!


身体強化により常人離れしたガメツの肉体の跳躍力は人間を越えていた。

30メートル以上の距離を一気に跳躍しリリスとの距離を更に空ける。


「これだけ離れればいくら化け物でもぉおおおおお!」


両手を高々と掲げた。


「炎の精霊よ!その身をもって眼前の不浄を滅せよ!」


リリスの頭上にいくつも巨大な真っ赤な炎の玉が浮かび上がった。


掲げた両手を一気に振り下ろす。



「コロナ!バースト!」



炎の玉がガメツの腕の動きと連動し、リリスへと一気に降り注ぐ。




ドォオオオオオオオオオオオオン!




巨大な火柱が上がり、炎の竜巻の中にリリスが呑み込まれてしまった。



「きゃはははぁああああああ!」



ガメツの甲高い笑い声が響く。


「どうよ!いくら化け物でもコレばっかりはどうしようもないはずよ!私の最大魔法を撃てる場所にいるあんたが悪いのよ!本当にあんたがこんな世界を作ったというなら!あんたが死ねばこの世界も消滅して元に戻れるよね!」


ブスブス・・・


巨大な火柱が徐々に小さくなり消滅する。



そこには・・・



「嘘・・・、そんなのって・・・」


ガメツが信じられない顔で目の前の光景を見ている。


地面の土は高温によりガラス状に溶けて固まっている。

この魔法がどれだけの高温なのか分かる。

土が溶けるだけの高温なのだ。

生物なら骨すら残さず消滅する事は免れないはず!


しかし・・・


そんな地面の上にリリスが魔法を受ける前の姿勢のまま微動だにせず立っていた。


「どうしたの?これっぽっちの魔法?妾の髪の毛先すら焦がすことも出来ないなんて、何てレベルの低い魔法なのかしらね。」


ニタリとリリスの口角が上がる。



「いやぁあああああああああああああああああああああああ!」



「メテオロック!潰れろぉおおおおおおおお!」



次の瞬間、リリスの頭上に数メートルはあろう巨大な岩塊が出現する。



ズン!



「はえやぁああああああああああああ!」


ガメツは信じられない光景を見てしまった。


「そんなの・・・、そんなの・・・、そんなの・・・」


自分の頭が変になって幻覚でも見せられているのかと思う程だった。



「化け物・・・」



視線の先には、頭上から落ちてくる巨大な岩塊をリリスが右腕を上へと掲げ、人差し指を伸ばし、その人差し指一本で受け止めていた。


ピシ!


受け止めた部分からヒビが入り真っ二つとなってリリスの両側に落ち、粉々に砂となって消え去ってしまう。


リリスは掲げた腕を下ろし、再び口角を上げた歪な笑顔をガメツに向け、一歩前に踏み出す。



「来るな!来るな!来るなぁああああああああああああああ!」



ブゥン!



ガメツが腕を前に向けると、リリスの上空に今度は数百本にも及ぶ鋭い氷の槍が浮かび、一斉にリリスへと降り注ぐ。




「児戯よのぉ~」




パチンと指を鳴らすと、迫りくる槍の全てが掻き消え消滅してしまった。


「ほらほら、まだ終りじゃないよね?次はどんな手を使うのだ?妾を飽きさせないでよ。」


ニヤニヤと笑いながらリリスが一歩一歩ガメツへと近づいてくる。


「あんた!本当に何者なのよぉおおおおおおおおお!私を誰だと思っているのよ!


「誰なのって?金にがめつい小物としか知らないけど?」


ギリギリと悔しそうにガメツが歯軋りする。


「私はねぇえええ!あの魔王を倒した勇者パーティーの1人!世界最強の魔法使い!煉獄の魔道士なのよ!私の前では魔王ですら足元に及ばないの!分かるぅうううううううううううううう!たかがギルドマスターでしかないちっぽけな存在のあんたが、私のような偉大な英雄に盾突くなんてあり得ないのよ!」


「そうなの?貴様が魔王を倒したっていうの?」


「そうよ!」


「だったら本人に聞いてみようかしらね。貴様が本当に魔王を倒したかってね?うふふふ・・・、言い訳は聞かないわよ。」



「本人ですってぇええええええええええ!」



本人とは?そんなリリスの言葉が信じられない。

ガメツにとっては、その言葉こそ一番聞きたくない言葉だった。


(本人って?まさか・・・、スザクを呼んでくるの?事の顛末はスザクが全部知っているし、あの部屋でスザクが教会と結びついているのは明白。あの時の事を知っているはごく数人だけど、国よりも影響力のある教会がスザクの後ろ盾になれば・・・、私は破滅?)


「嫌だ・・・、私は英雄なのよ!いくらスザクでも魔王を倒したって証拠はないわ!私はこれからも勝ち組で居続けるのよぉおおおおおおおおお!」



ブン!



リリスの隣に1人の男が現れる。



「そ・・・、そんなの・・・、それこそあり得ない・・・」


ガメツは腰が抜けてしまったのか、ペタンと地面に座り込んでしまい、ガタガタと震えている。


現れた男はリリスに向かい片膝をつけ臣下の礼をとった。


「勇者に倒されし不甲斐ない我をこうして蘇らせていただき、リリス様には感謝しかありません。」





「ま、ま、ま、魔王ガルシア・・・、どうしてここにいるの?あんたはスザクに倒されたはずじゃ?」




「そうなんだ・・・」


リリスがニチャ~とした粘着質な笑顔をガメツに向ける。


「これは妾の部下。妾の眷属だから死ぬ事は無いわ。例え肉体が無くなろうとも、魂が残り私がいれば肉体の復活は可能なのよ。お分かり?」


魔王へと顔を向けていたリリスがクイッとガメツへと向けた。


「ガルシア、貴様を倒したのってコレ?」


リリスの言葉に魔王がニヤリと笑う。


「全く違います。こいつらの事は良く覚えていますよ。我との最終決戦の前日に宿から逃げ出した腰抜け連中の1人です。正直、我の前ではゴミにしかならないちっぽけな存在ですね。」






「嘘・・・、嘘・・・」






恐怖でガメツの顔は一気に十数年も老け込んだようになり、焦点の定まらない視線が宙を泳いでいる。


そんなガメツの様子をキラキラした目で見ているリリスが、最高の笑顔を浮かべ両手を左右に広げた。


「あぁあああああああ!最高よ!貴様のその絶望の感情はぁあああああああああああああああ!」



ギャリィイイイイイイ!



「何なのよ!コレはあああああああ!」



ガメツの足下の地面から真っ黒な鎖が何本も現われ、次々とガメツの腕、足、体へと巻き付く。


「もう貴様はあの世界から退場するんだよ。だから、貴様の生きてきた証全てを処分したの。もう貴様が存在した証はあの世界には何も残っていないのさ。」


「そ、そんなぁぁぁぁぁ・・・」


「だからもう諦めて私の管理している世界の1つに行きな。スザクとの約束通り貴様は殺さない。だけどね、死ぬ事も出来ず何千年も永遠に苦痛を味わい続ける『地獄』という世界へとね・・・、くくく・・・」



ズズズ・・・



ガメツの足元から小さな人間のようなものが次々と沸き出てくる。

見た目は人間とそっくりだけど、肌が異常に青白い。目もギョロッと飛び出している感じだ。

しかもガリガリに痩せているのだが、腹だけがやたらと膨れていた。

少しずつガメツの体に纏わり始める。


「いやぁあああああああああああ!た!助けてぇええええええええええ!


ガメツが叫ぶが、リリスは腕を組んだままニコニコと微笑んでいるだけだった。


そんなガメツの状態を見ていたが、ガメツのすぐそばに瞬間移動しそっと耳に顔を近づける。


「そうそう、コレはねぇ〜、餓鬼という地獄に住む下級鬼だよ。飽くなき欲望の果てに魂が変質化したものなんだ。常に腹を空かせて貴様のような強欲な魂を求めて仲間にしようとしているんだよ。」


「い、嫌だ!こんな醜い姿にはぁあああああああ!」


「無理無理!貴様はコレに魅入られているよ。ほら、妾が何もしていなくても勝手に貴様を連れて行こうとしているしね。」


少しづつガメツの体が地面の中にへ沈んでいく。


「それにね、何でこの世界を作ったかというとね、これを呼び出すと大量の瘴気が地獄から溢れ出てくるんだよ。そうなると世界にも多大な影響が出るから。普通は呼び出したくても呼び出せないんだ。でもね、この疑似世界ならいくら穢れてもポイッと処分出来るから後始末も簡単なんだ。」



「た!助けて!何でも言う事を聞くから!だからぁああああああああああ!」








トプン・・・








まるで底なし沼に沈み込みようにガメツが地面の中へと飲み込まれ姿が消えた。











「過ぎた欲は我が身をも滅ぼすとは分からなかったようだな。これが人間の欲とは・・・、どこの世界も変わらないし、何とも罪深いものだ。だが!妾にとっては最高に甘美な味だよ・・・」


ペロリと艶めかしく舌なめずりをしながらガメツがいた場所を見つめていた。

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