第4話 父、激怒する

まさか娘からそんな言葉を聞くとは思いもしなかったスザクだったが、口角を上げニヤリと笑う。


「お父さん、何が嬉しいの?」


きょとんとした表情のアイがスザクの顔を覗き込んだ。


「いや、お前の行動がアリエスとそっくりなんで思わずな。」


「確かにアリエス様は歴代聖女様の中でも特に型破りなお方でしたね。」


今度は教皇が少し引きつった笑い顔を浮かべた。


「そっか・・・、お母さんと一緒なんだ・・・」


アイが嬉しそうに胸に手を当て微笑んでいる。


「お父さんが私を本当の姿に戻してくれたんだよね?お母さんの事は私が生まれた時から知らないわ。けどね、今は目を閉じれば分かるの。お母さんの顔もお母さんの温もりも・・・、お母さんから受け継いだ全てをね・・・」


「アイ・・・、苦労をかけさせたな・・・」


スザクが優しくアイの頭を撫でると、アイも嬉しそうに微笑む。


「ううん、大丈夫。お父さんにも事情があったのは、私の中にいるお母さんから教えてもらったからね。」


「アイ・・・、本当にお前の中にアリエスがいるのか?」


スザクがワナワナと震えジッとアイを見つめていた。


「うん、歴代聖女の知識と力が私の中にあるの。まぁ、あまりにも昔の聖女の意識はもう無くなって力だけの存在になっているわ。それとね、さっき目覚めた時に女神様の声が聞こえて、お母さんの事を話して・・・」



ガラ!



いきなり部屋のドアが開く。


そこにはガマガエル顔の教師と、その取り巻きの教師が数人立っていた。



「教皇様!いきなりお越しになられてどうされたのですか?」


かなり急いで来たのだろう。

ガマガエルが汗を垂らし息を切らして立っていた。


普段は教会の神殿で遠目でしか見る事の出来ない教皇が目の前にいる事実に、教師たちはかなり動揺している。

さすがの教皇でも何の手続きをしないで学園内に立ち入るのは無理だ。

多分、横にいる護衛が入る為の手続きをしていたのだろう。

その手続きの書類を見て慌てて校舎内を探しここに来たのに間違いはない。


しかし!


部屋に入ったガマガエルの目には信じられない光景が目に入った。


同じ教師であるガブリエルと、教皇を含め屈強な神殿騎士2人も揃ってスザクの前に膝まづいている。

教会最高権力の教皇が!そして神殿騎士の中でも最強の者だけがなれる教皇の護衛が揃ってだ!

あまりにも信じられない光景が目に入り、ベッドの上で座っているアイの姿は目には入って来なかった。


黒髪の男は確かアイの父親で無能の父親だと教師の間で馬鹿にしていた。

そんな男がなぜ教皇達よりも頭が高い?

この光景はあまりにも信じられなく、スザクが教皇に対し失礼過ぎるとガマガエルの脳味噌がそう判断してしまった。



「おい!無能親父!どういう事だ!」



一瞬でガマガエルの頭に血が上り、ズンズンと大股でスザクへ近づき始めた。




ガン!




「ぐえっ!」


一瞬にして神殿騎士の1人がガマガエルの後ろに立ち、首を掴んで床に押し倒した。

さながら本当にガマガエルが床に叩き付けられたような状態になり、その光景を見てスザクもアイもクスッと笑った。


「頭が高い!」


教皇が立ち上がりガマガエルの前に立った。


「きょ、教皇様・・・、どうされたのですか?そんな無能親父の前に何を膝まづいて・・・」


ドガッ!


「げひゃ!」


ガマガエルの首を掴んで体を押さえつけていた騎士が、ガマガエルの頭を持ち上げ思い切り床に顔面を叩き付けた。

したたかに顔面を床に打ち付けてしまった為に、鼻も打ち付けダラダラと鼻血も流している。


「な、なにが?」


あまりもの教皇の怒気にガマガエルも痛さを忘れ身をこわばらせ、後ろにいる教師達もおろおろとその場で震えているだけだった。


「このお方を誰だと心得る!このお方こそ!かつて18年前の戦いで我ら教会の聖女様と共に戦い魔王を討った本当の勇者様!スザク様であられるのだぞ!」



「「「そ、そんなの・・・」」」



3人が信じられない目でスザクを見つめている。


「まさか!」


ガマガエルがすぐにスザクの隣にいるアイへと視線を移す。


「これは!どうしてあの平民の娘が?底辺のはずの娘が?あの姿はまるで・・・」



グシャァアアアアアア!



「ぎゃぁああああああああああああああ!」




「いくら何でも人様の娘を底辺呼ばわりだと?」




スザクが怒りの表情でガマガエルの後頭部を踏みつけ、顔面が床にめり込んでしまっている。

後頭部を押さえていた騎士は、スザクがガマガエルを足蹴にする寸前にサッと手を離し、いつの間にか教皇の横に移動し控えている。本当に優秀な騎士だった。


「はひぃ・・・、はひぃ・・・」



「お前達!」


スザクが今度はドアの近くで呆けている教師2人に叫んだ。

いきなりの事でビクビクと震える事だけしか出来ない。


「お前達もこのガマガエルと一緒になってアイを虐めていたんだよな?」


スザクのあまりの迫力に教師達はポロポロと涙を流しながら床にへたり込んだ。

彼が教師達だけに向けている殺気は、教師達の心を簡単にへし折り命乞いをするだけしか出来ないと心から恐怖を感じさせていた。


「わ、私ではありません・・・、こ、ここにいる教頭に言われて仕方なく・・・」



「何を言っているんですかね。」


ガブリエルがニヤニヤ笑いながら立ち上がった。


「あなた達も率先してアイ様を虐めていたのでは?教師の立場を利用し、生徒達を焚きつけて・・・」


「お、お前!裏切ったな!」


「それこそ本当に何を言ってるのでしょうかね?実は私は教会の人間なんですよ。アイ様を護衛する為にここに来ているんですよ。聖女様であるアイ様を虐めていたあなた達の事は既に教会に報告済です。すぐに教会からの沙汰があるでしょうね。もちろん教会からの破門は免れないですし、異端認定も覚悟して下さい。異端となればもうここにはいられないでしょうけどね。いえ、普通に就職する事すら難しいでしょうね。世界中で信仰されている女神教が本気を出せばこうなるのです。」


「本当にアレが聖女だったって?そんな・・・」

「お、終わりだ・・・」


今後こそ2人の教師はがっくりと項垂れ何かブツブツと言っている。

これからの未来が閉ざされ絶望に浸っているのだろう。



「さて・・・」



スザクがガマガエルの頭を踏みつけている足を離す。


「今までのやり取りを聞いていたんだろう?」


ガマガエルというよりGのように腹這いになりながらザザザッ!と教頭(実は?)が後ろへと後ずさりした。


「も、申し訳ありません!ですが・・・、その事を言わずにしていたからこんな事になったのでは?きちんと説明していただければ、我々教師も最上級の扱いにしました。」



「あ”あ”っ!」



更にスザクからの殺気が強まる。


ゲシッ!


「がふ!」


一瞬にしてスザクがガマガエルの前に移動し、再び頭を踏みつけ顔面を床へ叩き付けた。


「アイはなぁあああ!普通の女の子として生きて欲しかったんだよ!それがアリエスの遺言だった!アイが聖女だというのが分かってみろ!あのガメツがここぞとばかりにアイを利用して金儲けに走るのが分かっているんだよ!アイツの頭の中は金儲けしかないからな。そんなのが分かってどうしてアイの正体を教える?」


「ず、ずびまぜん!」


ガマガエルが四つん這いになって泣きながら謝っている。


「この事は誰にも言いません!絶対に!アイ様がこの学園を卒業するまでは絶対にぃいいいいいいいいいいいいいい!」


そして後ろでブルブルと震えている教師達を睨んだ。


「お前達も分かっているだろうな!この事は誰に言うんじゃない!もしバレたらどうなるか?俺達は確実に教会に殺されるんだ!」


そして再びスザクへと向き直った。


「お父様、これでどうでしょうか?我々教師は今後アイ様には何もしません。もちろん、王族関係者の人達にも会わせないよう最善の注意を払います。どうかお目こぼしを!私には大切な家族がいるので、家族を路頭に迷わせる訳にいかないのです。お父様なら家族が困るのを見逃せないですよね?」


今にも土下座をしそうな勢いでスザクの足にすがろうと近づいてくる。


「そうだな・・・」


スザクからの殺気がフッと消える。


その事でガマガエルがホッとした表情になった。






グシャ!






「あひゃぁあああ!」




またもやスザクがガマガエルの頭を踏み潰す。

そのままグリグリと足を頭の上でねじる。






「誰が許すと言った?」






とても冷めた視線でスザクがガマガエルを見下ろしていた。


「ず!ずびばぜ~~~~~~~~ん!」


声にならない悲鳴を上げながらガマガエルが謝り続ける。


「いいや!許さん!それに、この前言っていってよな?それなりの誠意を見せてもらえなければとな・・・、今のあんたからはそんな気持ちが一切伝わってこない。誠心誠意謝る気持ちも無いのか?」


スザクが足を離すとガマガエルが頭を上げ、涙を流しながら再び土下座をする。

もう鼻も潰れ鼻血もダラダラと流れ、歯も何本か折れ床に散らばっていた。


「本当に申し訳ありません!誠心誠意!心から謝ります!私の命に代えてでも!もう2度とご息女様には辛い思いはさせません!必ずやお約束を守る事を誓います!」


額を床に擦りながらひたすらスザクへと懇願する。






「だが!許さん!」






ズン!


「げひぃいいいいいいいいいい!」


再びスザクに頭を踏み潰され、ピクピクとガマガエルが床の上で痙攣を起こしている。


「ど、どうじてぇぇぇ・・・」


「俺が土下座した時、お前達はどうしていた?宰相のボンボンに俺の頭が踏みつけられていた時、お前達はゲラゲラと笑っていたよな?」


スザクがもう一度ガマガエルの頭を踏み潰そうとした時、アイがスザクの腕を掴んだ。


「お父さん、これ以上やったら死んじゃうよ。いくら許せないといっても殺したらマズいよ!」


「アイ様、それは大丈夫です。我ら教会がこの事実を闇に葬り去ります。死体すらこの世に残さず、この者の戸籍すら消滅させ家族共々存在すら無かった事にしますから。」


教皇がグッと親指を立てサムズアップしていた。


「ちょっと!教会ってそんな組織なの?まるでどこかの秘密結社みたいじゃないの!完全に引くわ!」


「アイ、世の中には知らない方が良い事もあるんだよ。」


スザクが抱きついているアイを優しく離す。


「だからって!私の前で人殺しするなんて許さない!いくらこいつがクズでも・・・」


アイがガマガエルへ手を伸ばした。


「パーフェクトヒール!」


めちゃくちゃになっていた顔面が傷一つ無く全回復してしまう。


「これで良し!」


アイがニコッとスザクへ微笑む。


「せ、聖女様ぁぁぁ・・・、あなた様はまるで女神様のようです・・・」


ガマガエルが上半身を起こし胸の前に両手を組んで涙を流している。

しかしアイはガマガエルを一瞥しただけで、すぐにニッコリ笑顔をスザクへと向ける。


「お父さん、全快させたからまた遠慮なく叩き潰せるよ。また死にそうになっても私が回復させてあげるから、お父さんの気が済むまで好きにしていいからね。」


「そ、そんなぁぁぁ・・・」


ガマガエルが絶望の表情になり、すぐにアイへとすがるような視線を向ける。


「やられたらやり返す。当然の事じゃなくて?まさか?自分だけが特別にこれだけで済むと思っていたの?死んだら終わり!なんて楽に済まさない!今までの事!全てをお返ししないと気が済まないから!それとね、この部屋には防音の結界を張ったから、どんなに大声を出そうが外には一切聞こえないよ。」


アイがニタァ〜と笑い、首に親指を立てかき切る仕草をガマガエルに見せつけた。

スザクも教皇もニタァ〜と悪い笑みを浮かべる。


「さて、覚悟は出来たかな?」


ポキポキと指を鳴らし、今すぐにでも心臓が止ってしまうような殺気をガマガエルに向け、スザクがゆっくりと歩み寄る。


「いっそ!一気に殺してくれぇええええええええええ!」









「だから、殺さないって言っているだろう?アイの優しさに感謝しろよ。」












「ひぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

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