第3話 娘、本当の姿に戻る

「こ、これは・・・」


若い教師が階段の前に立ち呆然とする。

しかし、すぐに我に返り一気に階段を飛び降りる。

教師とは思えない身の軽さと、まるで重さを感じさせない位に音も立てず床に着地する。


「アイ様!」


ピクリとも動かないアイに近寄り抱き起こした。


アイの額が割れ大量の血がドクドクと流れ、左手の肘の骨が折れてしまい反対方向に歪に曲がっていた。


「これは酷い・・・、私が少し目を離したばかりに・・・」


ゆっくりとアイを床に下ろし、両手の掌を額の傷に近づけると緑色に輝いた。


「ヒール!」


多少の出血は弱くなったが、まだ流れ出る血が多く傍から見ても一刻を争う状況には間違いはない。


「護衛の責任のお咎めは後でいくらでも受けます。今は私の力で応急処置を・・・、神殿に緊急信号を送りましたからハイヒールを使える教皇様がすぐにおいでになるはず。それまで私が何とかアイ様のお命を繋ぎ止めなくては・・・」




「アイ・・・」




教師のすぐ後ろで声が聞こえた。


慌てて教師が振り向くとスザクがワナワナと震えながら立っている。


「スザク様!」


「これはどういう事だ?」


殺気を全身に巡らせ、目が教師の男を射殺すのでは?と思える程に血走っている。


パリン!


スザクの殺気に周り窓のガラスが次々と割れていった。

しかし、すぐにスザクからの殺気が消え去り、瞬間移動でもしたかのようにスザクがアイの隣に片膝をつき座っていた。


「詳しい事は後で聞く。まずはアイの治療が先だ。」


右手の掌をアイへと向ける。


「パーフェクトヒール!」


スザクの掌とアイの体が金色に輝いた。


「これは・・・、聖女様以外には使えない最高の回復魔法であるパーフェクトヒール。どうしてスザク様が?」


教師が驚いている間にみるみるとアイの額の傷も左腕の骨折も元に戻っていく。

あっという間に怪我をする前の姿に戻り、安らかに眠っていた。


そのアイをスザクが抱きかかえる。


「ガブリエル、医務室はどこだ?さすがに廊下でアイを寝させている訳にいかないからな。案内してくれ。」


「は!畏まりました!」









「さて・・・、経緯を教えてくれないかな?」


まだ気を失っているアイをベッドに寝させてから、スザクはガブリエルと呼んだ教師へと向き直る。


ガバッ!


そのガブリエルがいきなりスザクへと土下座をする。


「申し訳ありません!全ては私の不注意によるものです!どんな罰も甘んじて受けます!」


今まで殺気全開でいたスザクだったが、ガブリエルの態度に毒気を抜かれたかのように殺気が消え失せ、弱ったように頬をポリポリと搔いていた。


「ま、お前に対してはそこまで別に怒っていないから、本当に何が起きたのだ?」


「実は・・・」


ガブリエルも詳しい事は見ていなかったが、アイの怒鳴り声と何人かの言い争う声が聞こえたので、慌ててアイのところへ走っていったところ、王子達が血相を変えて逃げながらすれ違ったので、ただ事では無いと思い階段のところへ行くと、アイが階段の下で血まみれの状態で倒れていた姿を見たとの事だった。


「あいつらか・・・」


「はい・・・、この世の誰よりも美しいアイ様を我が物にしたいと、国王達の愚息共が・・・、最近は特に酷くなっていまして・・・」


「はぁ~~~~~~~~~」


スザクがととても深く長いため息をしてしまう。


「アイはここ1,2年、どんどんとアリエスに似てきているんだよな。卒業まであと半年我慢すれば大丈夫かと思っていたけど・・・」




「これ以上この学園にいるのは、もう無理か・・・、この学園、いや、この国自体が腐り切っている・・・」




スッと再び右手の掌をベッドで眠るアイへと掲げる。


「アイは普通の子供として育てて欲しいとアリエスの遺言だった・・・、だけど・・・、さすがにもう限界だ・・・、今の状態でこれ以上この学園にいればアイの命が危うい。」


「スザク様・・・」


心配そうにガブリエルがスザクを見上げた。


「封印解除」



カッ!



スザクが呟くとアイの全身が再び金色に輝く。


輝きが収まりしばらくするとアイの目がゆっくりと開いた。


最初はぼ~っとしていたが、徐々に意識がハッキリし周りを見渡している。


その視線がスザクを見て止った。


「あれ?お父さん、どうしてここにいるの?それに私、何でベッドで寝ているの?」


アイが身を起こそうとした瞬間、アイがいきなり頭を押さえながら身を起こした。


「うぅぅぅ!頭が!頭が痛い!」


「アイ!」


頭を押さえていたアイの動きがいきなり止る。



「お母さんなの?私は・・・」



アイがポロポロと涙を流していた。


「アイ!大丈夫か?」


スザクがアイの肩を優しく抱くと、アイが勢いよくスザクに抱きつく。


「私の中にお母さんが・・・、お母さんは私のせいで命を・・・、お母さんの全てが私の中に入ってきて・・・、私、そんな力いらないのに・・・、お母さんさえ生きていてくれさえすれば・・・」




「う、う、うぅぅぅ・・・」




スザクの胸の中でアイが静かに泣いていた。



しばらく泣いていたアイが顔を上げスザクを見つめる。


「少しは落ち着いたか?」


その言葉にアイが小さく頷いた。


「お父さん、ゴメン・・・私、何も知らなかった。お父さんの本当の事、そしてお母さんが何で死んでしまったか・・・」


「すまん・・・」


スザクが謝るが、ゆっくりとアイが首を振る。


「お父さん、良いの・・・、お父さんは私がこの国に利用されないように頑張っていたんだね。私の中にいるお母さんが教えてくれたの。今の私はお母さんだけじゃなくて、ずっと昔からの人達の力が受け継がれているのね。この世界を救う『聖女』として・・・」


「そうだ・・・、聖女はこの世界で1人しか存在する事が出来ない。それがこの世界の決まり事だ。聖女は結婚もせず一生を独身で過ごし、天寿を全うしその使命を果たした後、後継者がこの世界のどこかで生まれる。力を受け継いでな。だけど、いくら聖女とはいえ普段は普通の女性だ。恋もするだろうし誰かの伴侶となる事もある。そして聖女が子を宿すと、生まれた子供に母親である聖女の力、いや、存在全てを受け渡しその命を・・・」


スザクの言葉にガブリエルがゆっくりと頷く。


「先生・・・」


ガブリエルの存在に気付いたアイが、いつもの先生の姿だったガブリエルの態度が違う事に気付く。


「アイ様、本当の私はこの学園の教師ではありません。私は教会よりアイ様の護衛の勅命を受けた神殿騎士になります。先代聖女アリエス様のご息女でおられるアイ様を影ながら見守っておりました。アイ様が成人を迎え教会の聖女の地位を受け継ぐまでは、普通の市民として生活して欲しいとのアリエス様の遺言でした。ですが・・・」


ガブリエルの表情が悔しそうに歪んだ。


「あくまでも秘密裏の護衛でしたもので・・・、聖女様が学園の生徒だと発覚してしまえば、周辺国も取り込みに躍起になるでしょう。例え世界中に影響力を持つ教会でも守り切る事は出来ません。しかし、私の力が及ばす、アイ様には日々とても苦しい目に遭わせてしまい申し訳ございません。」



ダダダッ!



部屋の外から慌ただしい足音がいくつも聞こえる。



ガラ!



いきなりドアが開き数人の男達がなだれ込んできた。


「アイ様!そ、そのお姿は?」


年老いてはいるが、背が高くスラッとした男性が「はぁはぁ」と荒い息を吐きながら部屋へと入ってくる。

その後ろにはハーフプレートを着込み帯剣をしている屈強な男2人が立っていた。


「教皇様!」


ガブリエルが今度は教皇と呼んだ男性へと片膝を床につけ頭を下げる。


「え?教皇様?確かにそんな雰囲気はあるけど、私の記憶じゃ隣に1人で住んでいたおじいちゃんじゃない?」


アイがきょとんとした目で目の前に立っている老人を見ていた。

確かにその老人は普通の服を着ていなかった。

誰にでも分かるような豪華な司祭服を着ていて、右手にはいくつもの宝石が埋め込まれた立派な杖を持っている。

こんな身なりで普通の一般人の老人だと誰も思うはずがない。


しかし、その老人は目に涙を溜めながら杖を手放し両手を胸に組んでプルプルと震えている。


「教皇様!そのお嬢様はまさしく・・・」


後ろに控えていた護衛の1人が驚愕した表情でアイを見て、2人同時に床に膝をつけ臣下の礼をとった。


「あ、あのぉ~~~」


周りのあまりの対応にアイは状況を理解出来ず、あわあわと口に手を当てていた。


「聖女アイ様!あなた様が小さい時は勝手ながらお側で見守らせてまいりました。教皇としての仕事を優先しなければならない為、泣く泣く神殿へと戻りましたが、あの小さなアイ様がここまでご立派になられたとは・・・」


「マジ?あのおじいちゃんって教皇様だったの?何か実感が湧かないよ。」


教会で最高の地位にいる教皇がまさか自分の家の隣に住んでいたとは、アイも想像していなかった。

教皇はアイがスザクとアリエスの子供で次期聖女だと知っていたが、そんな教会の事情は関係無しに、彼は純粋に自分の孫のような感覚でとてもアイを可愛がっていた。

だから、今、アイの前に教皇が現れて事実を知ったアイだったが、そんな実感はなく自分を可愛がってくれたお爺さんとしてしかみられなかった。


「まだ私めをそのように呼んでいただけるとは・・・、このヨハン、アイ様への感謝で胸がいっぱいです!」


「は・・・、はぁ・・・」


号泣を始めてしまった教皇の姿にアイは少し引き気味に見ている。



「あれ?」



アイが声を上げた。


「アイ様!どうかなさいましたか?」


「ううん、何か変だと思っていたら、髪の毛の色が変わっているんじゃない?どう見ても黒色には見えないわね。」



アイが背中まで切り揃えられていた髪を握り、ジッと見つめている。


「聖女様、これを・・・」


教皇の後ろに控えていた騎士の1人がアイの前に移動し手鏡を差し出した。


「あ、ありがとう・・・」


騎士の咄嗟の動きにちょっと驚いてしまったが、素直に手鏡を受け取り自分の顔を映し覗き込む。

しばらく無言で鏡を見ていたが、震えながらボソッと呟いた。




「嘘・・・、これが私なの?」



黒い髪であったアイの頭髪が透き通るような銀髪へと変化している。

その銀髪もただの銀髪ではない。

薄く青みがかかった神秘的な輝きを放つ髪だった。

そして変化したのは髪だけではない。

真っ黒な瞳も変化していた。

髪と同様にこの世の者とは思えない程に美しい金色の瞳だった。



「この髪と瞳の持ち主が世界で唯一の存在でおられる聖女様の証です。」



教皇が宣言するとスザク以外の人達全員が深々とアイへ頭を下げた。



「我ら教会の悲願、今世の聖女様が降臨されたのだ。さぁ!私達に導きを!」





しかし!


いきなりの事でアイの顔には困惑の表情が浮かんでいる。



「お父さん、私、ここから逃げても良い?」



突拍子もない提案をスザクにするアイであった。

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