2 ここに至るまでの道筋
人の成長速度は、個人差がある。それが本当の意味で理解できるようになったのは、大人になり随分経ってからだ。
人により得手不得手があり、それは努力ではある程度しか補えないということも。
頑張りが足りない、我慢が足りないとか言う括りだけでは解決できないことだ。
時代が良くなり、様々な研究も進み、人間も多様であるとの見解が常識として認められるようになったことが大きい。
かつては、人並みになれと言われていたし、数の勝利で常識が決まっていた。
まだまだその名残はあるけれど、かつてに比べては寛容になって来ているのだろう。
生を受けてから何年後にはこうするという大体のスケジュールが決まっていて、学校という社会で、ベルトコンベアー式に箱詰めされた我々は、流れていく。
そうして、自立のために進路を決めなさいと迫られる。
大多数が同じ方向に進んでいく。別の道を選ぶのは、確固たる意志のもと自分で選択した者と、その本流からそれてしまった者のように思う。
子供が進路を決めるとき、大人はそれぞれの価値観をもとにアドバイスする。
とりわけ影響力が大きいのは、そばに居る大人である家族だろう。
人並みにというのは、自立しろということで、将来の夢は、夢であってはならず、堅実でなければならない。
私の親は、老後の経済的な支援と言う意味で子を当てにしていなかったので、そこは大いに救われる点であった。人を当てにするなと言う教え。「いつまでもあると思うな親と金。」「働かざる者食うべからず。」現代の子供はおよそ言われないような言葉だろうが、何かにつけ言われていた子供時代だった。
子供の自立は、親の役割であり、子供が経済的に手を離れることは双方にとっての幸せであると考え、子が脛を齧ることのないよう保証が欲しいようだった。
終身雇用が常識の時代を生きていた親世代は、お決まりのコースを歩むことを善とし、それ以外は外道であるかのような考えに取りつかれていた。
子供が自分で考え選択した道でどうなろうと放っておけばよいと思うのだが、それができない性分らしく、心配が高じて子を私物化しているところがあった。
何より親の「自分の理想通りに育てたい」と言う思いが大きな壁となり、よくぶつかった。
お互いの言語化能力が及ばず、肉弾戦。説明不足から対話が拗れる。
親は、子の知らない社会のことを持ち出し、説得を試みる。そんな想像が及べば荒唐無稽なことは言わないのではないかと思うし、アドバイスに留めれば良いものを、軌道修正をしようとする。
自分はそのように生きれば良いが、それを子に押し付けることは今で言うなら虐待に当たるのではないかとすら思う。
その時の理不尽をその後自分自身で解明し、納得はいかないが、理解した。
その時、親からもっと言葉を尽くして語られていれば、そして否定的な態度をとられなければ現象に対する理解を助けられたかもしれない。
また、一事が万事な時代という認識の親は、自分の子は間違った道に行ってしまうかも知れなく、そうなると人生を棒に振り、取り戻すことは出来ないだろうと言う評価をしていたのかもしれない。
物語や、偉人伝では、失敗や逆境に苦しんでもやり直し成功しているけれど、それは一部の特別な人間だけが出来ることであり、素朴な自分の子にはそういうことは無理だと思われていたのだろう。
過保護は、対象が望み、その生を全うするまで続けられるなら良いかもしれないが、そうでないなら本当に毒だ。
自立すること、人を当てにしないこと。その教えは立派だし、同意する。
そうして、進路を決めた。内向的で消極的で人間嫌いの自分とは、真逆の人が相応しい職業。専門職で、一生一人でも生きていける仕事を選んだ。
選ばされたとは思っていない。
時々聞く、敷かれたレールの上を進む人生。お話の中だと、お金持ちの人の悩みだ。よくある設定は、自分のしたいことや目指したいことが出来ない不自由の代わりに、約束された未来がある。
自由というのは、時にどうしてよいのかわからないという事態を招く。厳密には完全な自由ではないのだが、それでも選択肢は無数にある。それを自分で選び取らなければならない。
自分で決めて、家族の許可を得た職業につくためには、専門の教育を受け、国家試験に合格する必要があった。
目標が決まり、そのために勉強し、専門教育が受けられる学校に進学した。
皆同じ目標を持つ仲間ではあるが、この選択をした理由は様々だ。
公共性が高く、自己犠牲とまではいかなくとも、人に奉仕する仕事である。
動機はどうあれ、そこに集まる人間のほとんどが、自分よりもお節介だった。
環境の変化にすぐに馴染めず、打ち解けられない私を気にかける人々の仲間になった。世話焼きの友人に引っ張られ就職先も決まり、卒業することができた。
就職先では、リアリティショックを人並み以上に受け、いつまでも二の足を踏んでいた私を助けてくれたのは同期だった。同期の仲介もあり、そのうち、先輩達も仲間と認めてくれるようになった。そうして、一端の職業人への道を歩むこととなる。
一人前になるまでは、こんな自分でも専門職業人としてやっていけるのだろうか、先輩達のように責務を果たせるようになるのかということばかりを考えていたように思う。
付き纏うのは、一人では頼りないということ。いつも誰かのお陰で今の自分があることを自覚し感謝していた。謙虚である一方、大きな責任を背負うことを放棄していた部分がある。
それに気づいてからは、自分事として考えを巡らし、研鑽した。
それでも、誰かの作った環境の中での活動であったように思う。
自ら飛び出すような勇気も意欲もなく、箱庭のような中での裁量を楽しみ、充実を感じていた。
そのため、環境が変わると、自分の力はその外枠の大きさで決まってしまう。
どこまでやっていいのかを常に気に掛け、人とは争わず穏便に、が信条。優しいのではない、自分に自信がないから、許しが欲しくて寛容なだけだ。
人には、色んなタイプがあり、社会情勢や集団によって優れているかそうでないかの評価は流動的である。その時必要とされている人材のタイプも変わる。
みんながみんな、出世したい管理職になりたいとなると、組織は成り立たない、誰かが旗を振り、それに同調して行動をともにしてくれるタイプも必要だ。
その他大勢が担っている役割でも大切であるし、その力があってこそ成り立っていることもたくさんある。
全員が、物語の凄い主人公にはなれない。それでも良いと思えた。
身の丈に合わず背伸びをし続ける毎日。仕事はそれなりに出来たと思う。職場内での信用も信頼も得られ、評価もされた。
本来の自分からはかけ離れた存在になり、達成感も得られ、楽しいとさえ感じていたのも事実。稀に逆境に立たされた時、内向的で弱気で自己評価の低い本来の自分が顔を出すと、気の大きい自分が、それではダメだと否定して前に進もう向上しようと頑張る。
仕事を得て、対価を得、欲しいものを得られたと思う。そして人として少しの自信も。
この時の頑張りがなければ今の自分は居ないし、今の環境もない。
無理をしていたのだと気づいたのは、それらの仕事を離れてからだった。
手に職があり、公共性が高く、常に社会に必要とされる職種の強みで、職場への不満には、提言し受け入れられなければ去ることが出来た。特に不誠実感がある時、組織の職員への対応も、利用者への対応も含め、誰かの搾取の上に成り立つべきではない。正義がなされていないことが正されない時、潔く去れることは心を軽くした。子供っぽい理想論がまかり通せた。自分に対する評価も高すぎると感じればそれはフェアじゃないと言える。年功序列は若者の希望を摘む。仕事に見合った対価をすべての人が得るべきだと思う。それで暮らせない状況は何かのバランスが歪んでいるに違いない。
地位や名誉や収入にしがみ付いて、過去の栄光や権力で富を得るのは後進を妨害することだと思う。今どれだけ役に立っているか未来に貢献しているかで対価は払われるべきだと思う。
自分の心身の無理が効かなくなって、成果が出せず後ろめたさを感じ始め、潮時が来たことを悟った。やっぱりこの職業には向いていなかったのだと痛感し、緩やかに引退していくことを決めた。
仕事の比重が少なくなり、余暇が増えると余裕が出てきて、のんびりした自分が表れてきた。時間に追われることもなく、何かにカリカリと怒ることもなく、こうすべきだと主張することもなく、そういうこともあるかもねと心に余裕が出てきた。
厳密になすべきことは少なく、その方が世界は楽しい。今の自分にはそれがとても重要で、人の本質は変わらないのだと感じる。一方で脆弱であることの代償は諦念。年を重ね、選択肢が狭まり、そうなった。
概ね、得られるときに得た。引き換えたものは大きかったが得るものも大きかった。過去の自分はよくやったと賞賛できる。
状況や、心境は変化する。時代は厳しくなり反比例して気持ちは緩んだ。
背伸びをしていた若い頃、前向きに、強迫観念にも似た、やらねばならぬ、やるしかないと我武者羅に無理をしていた。一部壊れていたのかもしれないが全壊しなかったのは紛れもなく支えてくれた人たちで、通りすがっていくだけの人ですら自分を鼓舞する原動力となり得た。
普段通り、相手を思いかけた励ましの言葉に対し、「あなたに言われると本当にそう思えます。」と返された一言が忘れられなかったり。人を助けているつもりで自分も救われていたことに気づく。辛さだけでなく満足も確かにあった。
今、その時と同じようには働けない、情熱や動機を失っている。ただ別の形でも誰かの役に立てるのではとふと気づく。大層なことが出来なくても、自分のその時無理なく出来ることで、社会の歯車となり廻り回って誰かのためになることは、遠いけど恩返しになるとそう思えた。こんな自分でも少しは誰かの役に立つはず。
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