第14話 標的は不明。

警察の狙撃手、矢島と高林は、

流行りだしたサバイバルゲームに参加していた。

身分を隠して。

本物の銃のプロだと警戒されてしまうし、何よりも純粋にサバゲーを楽しみたかった。平成元年、あの銀行の件があってから4カ月である。二人は敵味方に分かれた。

矢島は迷彩服に皮膚も塗って、見事に森林に溶け込んでいる。

仲間は、サラリーマンや大学生、その他だ。

高林との決戦が楽しみで、リーダーに作戦は任せて、自分はコツコツと敵を倒そうと、虎視眈々と茂みに潜んで狙っていた。

スコープはサバゲー用の倍率三倍のやつである。自前のを持ってきたら身分がばれてしまう。

一人、また一人と確実に仕留める。

矢島は山を守る側。

高林は攻める側だ。

そしたら、突然奇声がした。

声ははるか100メートル下だ。

矢島はそれなりに標高の高い山の中腹にいる。無線で連絡を取る。

「何があったの?ゲームオーバー?」

リーダーが、

「誰かがボーガンで狙撃し始めた!一人重傷、警察呼ばなきゃ!」

大変なことになった、いかれたのがいたらしい。

矢島は、これは非常事態だと思い、

「自分は本当は警察官です。今から緊急無線を使って地元の警察を呼びます。

皆さんはなるべく動かないで標的にならないように、気を付けてください。」

すぐに、隠していた緊急無線で警察に、身分と用件を伝えて、応援を頼む。

「こりゃやばいことになったなあ。仕方ない。」

矢島は本物のサバイバルナイフをナップサックから取り出して、下へと降りていった。

開けた場所で足首をボーガンで貫かれて痛がっているものがいる。

周囲を見回して、人影がない事を確認して、ゆっくり近づく。

「おい、大丈夫か!どこからの狙撃だ、私は警察だ、本物の。」

痛がっているものは時計の六時の方向を示した。

すると、矢島はとっさにふせる。ボーガンが飛んできた。

「危ない。これはやばいなあ。」

周囲に隠れるところがない。彼を引きずって隠れたいが身を隠せない。

そこへ、ボーガンの方向へ弓矢が向かった。

ぐわっ、叫び声が聞こえて、振り返ると、高林だった。

「仕留めたよ。万が一を考えて、持ってきていてよかった。」

高林は弓を引いて、ゆっくり近づく。

茂みから、腰に弓矢が刺さった男が出てくる。

「こら、貴様。何者だ。こんなお遊びに本物を持ってくるんじゃないよ。俺らが警官で良かったな。じゃなきゃ大変なことになってたぞ。」

男は、

「どうしても、獲物を狩る快感を得たかった。でも、おいらの負けだ。本家には勝てないよ。逮捕してくれ。」

30代半ばの男は降参した。

高林は用意がよく、手錠まで持っていた。

手首にかけて、無線で連絡する。

「片付きました。ええ、殺人未遂の現行犯逮捕です。そうです、あと30分、わかりました。待機します。」

矢島も落ち着いて、足首にボーガンが刺さった男の介抱をしだす。

男は涙目だ。

「なんでお遊びで血が出るんだよ。怖かったなあ。」


いきなり、無線に強烈なノイズがかかった。

ちぎれちぎれの声で、

「さあ、これからが始まりです。今から本物の銃器で皆さんを狩ります。どこまで逃げられるかな?本物の警察官が二名いたのは想定外だったが、余計にやりがいがある。ではスタート。」

無線は切れた。

矢島と高林は見つめあった。

お互い、マジか、という顔である。

警察が来るまで30分。

二人は手錠をかけた男と、足首に刺さった男を、茂みに隠し、慌てて木に登って周囲を見回す。

「これは、冗談じゃないよな。銃声が聞こえるのか?この国はそんなに銃器が手に入る国か?嘘じゃないのか?」

高林は、弓を引いて、警戒している。

矢島は、

「下の男が、ボーガンを持っていたくらいだ。やくざからか、猟友会から銃器を手に入れたのがいるのかもしれん。とにかく警戒だ。」

二人は完全に戦士モードに入った。


あの、銀行の件でストレスが溜まって参加したが、まさかの展開だ。

山の頂上付近で銃声がする。

「上か、とてもいけないぞ、走っても20分かかる。これは一般市民を助けられない。どうしたらいい?」

矢島は、高林に尋ねる。

「俺の弓は音がしない。俺が行く。万が一、既に死体があったら俺は、多分殺すよ。正当防衛だ。」

高林は、木から降りて、音もたてずに山を登っていく。矢島は、高林は同期でも桁違いの運動能力だったのを思い出した。

「あいつに任せるしかないか。待つしかない、あと27分だ。」


15分経過した。銃声はしない。

大声が聞こえてきた。

断末魔だ。

無線が復活する。

高林からだ。

「仕留めたぞ、でも二人殺された。俺は犯人の肩に二発食い込ませて抑えた。しかし、一人とは限らない。警戒してくれ、あと12分だ。」

矢島は、ふと下を見ると、手錠でつないであったはずの男がいないことに気付いた。

「あいつ、外して逃げたのか?」

木から降りて、警戒する矢島。

気配を隠して、自分の首筋に銃口を突き付けられたのに気付いた。

「お仲間は立派だ。でも、あんたはここで死ぬ。俺を殺しとけばよかったのになあ。」

矢島はゆっくりと振り返る。

手錠の男だ。腰に刺さっていたはずの弓矢がない。

「プロテクターの所で良かったよ。あんたら、俺が血を流してないことに気付かないくらいだから、やはり、警察は無能だ。」

男は矢島のこめかみに、自動小銃を合わせた。

これはやばい、殺される、と思った矢島。

そこに、足首にボーガンが刺さった男が後ろから手錠の男を羽交い絞めにした。

手錠の男は首にホールドをかけられて、手から銃を落とす。

さっと拾ってマガジンを取り出して、捨てる矢島。

手錠の男は口から泡を吐いている。

「このやろう、早く落ちろ。」

気絶した。

二人は安堵する。

「俺さあ、一応柔術の師範代なんだよね。足首に刺さったくらいじゃ俺はくたばらないよ。」

二人は笑う。

そこに、高林が、肩から血を流している男を連れてきた。

「やはり仲間がいたか。まさかボーガン男とはね。ああ、いい音が聞こえてきた。」

パトカーの音だ。

ジェラルミンの盾を持った警官と、さす股を持った男たちが現れた。全部で10名ほど。

「かたがつきましたよ。でも二人死んだ。こいつらは罪に問われてもらう。銃の出どころから、すべて話してもらいます。」

現場主任に話す高林、矢島は煙草に火をつけた。

ゆっくりとすってから吐き出す。

「ああ、旨いなあ。生きている実感だ。」

足首にボーガンが刺さった男も煙草を吸っている。止血にはいいのだ。


とんだ騒ぎだった。思想犯でもない、革命家でもない、ただ、殺しがしたかった二人の男の計画、殺害された二人は大学生だった。

若い命を奪った。許されることではない。


矢島と高林は勲章をもらった。

だが、その狙撃手の匿名性から写真も名前も非公表だ。


とんだ平成の始まりである。

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