第15話 老人が死ぬ話。

大井元晴は、年齢が不明で、この介護施設に入所している。

時は平成10年。

彼のお世話は大変だ。全く下半身が動かせないから介護士が大変。もっとも彼は体重が軽いからまだましだ。

同じ部屋の、土井祐樹は70代で、全く話をしない元晴によく話しかける。

「大井さん、今日もぶっきらぼうやね。まあ、食事せな。」

土井は、かつてあの集落で監視人をしていた男だ。何代目かは分からないが、色々記憶している。決して誰にも話せないが。

土井は、右半身麻痺でここにいる。もっとも、食べ過ぎで太っているために介護士は厄介だが、土井は認知と記憶力、判断力があるから聞き分けがいい。協力的な利用者だ。

大井と土井は、中庭の緑の中で車いすに乗っている。

土井は、色々話しかけるが、元晴は返事をこの三か月したことがない。


今日もか、と土井は思っていたら。玄関が騒がしい。

車いすを動かしてそちらを向くと、覆面姿の三人の男たちが入ってきた。しかも銃を持って。

こりゃなんかの冗談か?と思っていたら、彼らはまっすぐ土井の方向へ来る。

これは本当のことだ!と思っていたら、あっという間に三人に囲まれる。

職員が何とかしようと、近づいたら、上空に向かって一人が発砲した。

「本物の銃だよ。俺たちの目的はこのジジイだ。オラ!」

土井は、車いすごと蹴飛ばされて、地面に転がる。

男たちは、土井を起こして、車いすに座らせる。

「お前がしてきたことは全部知っている。お前は今日死ぬ。家族は全員殺してきたからな。あんな仕事しておきながら孫まで持ちやがって。ふざけんな!」

銃で土井の頭を思いっきり殴りつける。

何故、情報が漏れた。家族は皆殺し?そんなバカな。あり得ない、土井は頭の中の思考がぐるぐるしてきた。


大井元晴が、気が付いたら 立って 土井を見ていた。

「あ、あんた、立てたのか?」

大井はしわがれた声で笑った。声は老人だ。

「俺は大井元晴じゃない。この戸籍は買った。俺は39歳だよ。この姿はお前らのせいだ。あの忌まわしき集落で子供を作って、俺は結局手を血に染めるしかなかった。そうだよ、あの銀行の男だよ。ほら、見てみろ。」

大井は左手の切断面を見せた。

「そうだよ、指は六本あった。そして、この目は義眼だ。見えるふりはつらかったけどな。」

土井は、あの時の子供か、と愕然とした。

「思い出したか。あの時、俺を外へ導いてくれた人が、俺に生き方を教えてくれたのさ。全共闘世代を利用すること、組織内での生き方、人の殺し方、秘密裏に学んできたのさ。ここには83歳ということで入っているがこの戸籍の人間はホームレスだよ。とっくに死んでる。」

大井は、足腰を動かして、土井に近づく。

「さて、思い出したようだな。死ぬ時間が来た。言い残すことはないか?」

完全覆面の男たちは土井の脳みそを狙っている。

「わしは、志願したわけでも、望んだわけでもない、仕事だったんじゃ。許してくれ。」

土井は震えていた。

「あれが仕事か!」

その言葉を合図に、三人は土井の頭を吹き飛ばした。脳は炸裂した。首から上は無くなった。

手足がぴくぴくと動いている。しばらく動いてから、動きは止まった。

「よし、済んだ。他は誰も殺すなよ。俺たちは去るんだ。」

三人の男たちは、大井を取り囲むかのようにして、去っていった。


あとに残された職員や利用者はあまりのことに体が動かない。わざわざ老人を殺すために偽の身分で入り、そして殺す。信じられなかった。

ふと気づいたものが警察を呼んだ。とっくに四人は去っている。


三人はお互いの顔を知らない。金で雇われた者たちだ。

大井は、

「よくやってくれた。報酬の5千万はついたら渡す。安全運転で。」

三人もよく知らない男の運転する車で、五人は埠頭へ向かった。


秋の夕暮れ、覆面の男たちは現金で五千万をもらい、去っていった。

大井は、

「今は1999年だ。何が起きても不思議じゃない。ふふ。」

他の者たちと去っていった。

覆面の男たちの一人は、埠頭からすぐに自転車でさり、人目につかないところで現金を数えた。確かにあった。

覆面を外す。男は高林一だった。現在47歳、金の為ではなかった。

警察はやめて、自衛官の育成にかかわっている。要は、あの時の山で、人を襲う快感に目覚めたのだ。

ようやく人が殺せた。

やったという気持ちが強い。しかも銀行の件やら、色々知れたし。

しかし、誰にも話す気はない。話したらもちろん殺される。同期で警察に残っている矢島にも話せない。三カ月に一度は飲むが、暫くは会わないでおこう。

高林は、服を処分して、普段着に着替えて、5千万が入った袋を家に持ち帰った。


彼の家は1Kのアパート、彼は結婚したことも、子供をもうけたこともない。全然興味ないのだ。性欲は異性に対してあることはあるが。

同僚も、なんでいい収入なのにあんなところに、と思っている。

自衛隊にかかわるものは調べられる。当然高林の家も一応調べたはずだ。


高林は、タバコを吸い終わって、十分に夜になったら、車で出かけた。

北関東まで行き、5千万の袋を捨てた。

何一つ手を付けず。

これで、怪しまれることはない。


高林は、気分良く家に帰った。


数日後、老人ホームで銃殺、とか、またもや森で札束?とか色々ニュースになったが高林は普通に指導していた。

今は1999年、色々なことがある。これでいいのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る