第11話 煮詰まった仕事人。
さて、全く人気のないこの小説。
いったい何が書きたいのか?これは私小説なのか?この乱雑なエピソードは回収できるのか?
心配はご無用。何も考えてません。いや、結末は決めているんですけどね。
要するに、毎日文字を書くということがこれほど、締め切りのある生活がしんどいものだとは思わなかったのが本音です。
うーん、いったい何を書いているのか・・・。
昭和60年代、ローンがあと三十年残るそれなりの豪邸である元人気作家がこう書いていた。ワープロは簡単に使いこなせた。しかし、ネタが出ない。
最近はパソコン通信とかする者もいるらしい。つい愚痴って書いて、印刷に時間がかかるからページごと消した。
「ああ、2作しかヒットなくて、ローンが払えないよ。どうしよう。」
40代の作家は、煙草に火をつけて、外を見る、こんな風景の中でかけてるだけでも幸せなのに、これ以上書くことにこだわってどうすんだと。
今は夜中の二時、彼はひとり身だ。ヒット一作目の時に当時の担当の女性と結婚したがすぐに別れた。何でもエッセイに書いてしまうから、元妻は同じ世界にいるゆえに別れたのだ。この男はそれすらも書いて日銭にした。
書いたのはいいが、とにかく売れない。
アンケート結果も悪い、彼は20代前半でデビュー作、二作目と20万部売った。でもそれが最後の打ち上げ花火だったのだと本人は15年たって自覚しだした。
「そもそも作家って煮詰まって鬱になるとか、死ぬとかあるけど俺はそれはないな。基本的に倫理観ないし。」
そう呟くのも無理はない。
彼は、政治家のでっち上げの出来事の原稿すら書く業界ゴロでもあった。でも政治家に恩を売るつもりはない。とにかく金が必要だった。
身分不相応な家を建ててしまったからきついのだ。ここは世田谷、リビングだけで三つ、風呂は二つ、トイレは三つ、寝室は5つもある。要は不動産屋にのせられたのだ。それに当時の出版社が借金をしょわせていればよく働くだろうと思っていた感じもある。
時は好景気、あと少しでそれも終わるのだが、彼が知る由もない。
結局徹夜して、何一つ書けずに、彼は疲れた脳をほぐすために散歩に出かけた。散歩に行くときは常にタバコを吸っている。当時は珍しい携帯灰皿をもって。倫理観がないわけではないのだ。
駅前に出て、モーニングを頼んで、新聞を読む、が、文字を読むのが嫌になってやめた。喫茶店の外をボケーっと見ていたら、コーヒーとパンとプリンが運ばれてきた。
この喫茶店は岐阜出身のご主人がしている。本来は愛知のモーニング文化をやりたかったのだが東京は物価が高すぎて諦めた。このセットで600円。
いい温度のブラックコーヒーを飲みながら美味しいパンを食べる。
彼はコーヒーはとにかくブラック派だ。途中、水のおかわりをする。
30分ほどで食べてから、店を出て、寝ようと思って家に帰ろうとするが、家の近くに人が集まっている。
この土地は近所付き合いがないのにどうしたことかと思っていたら、
道路が裂けていた。
「こりゃ、欠陥工事だな。」
「どうするのよ、家のローンがあるのに。」
皆口々に言うのはローンのことだ。皆が成り上がりばかりなのだ。
そこへ、見覚えのある不動産会社が交通関係者を連れてきて、車から降りた。
「皆さま、すいません。お待たせしました。実は一週間前から相談を受けまして、会社と結論を出したところ、ここら辺一角は工事するために立ち退きをお願いします。今の家のローンは家のサイズを小さくしていただけたら、青梅市にある程度の物件がありますのでそちらに行っていただけたら、返済は終了する方もいると思います。東京都が動いてくれましたので、どうでしょう?」
それを聞いて、動揺する皆様方、青梅市なんて田舎じゃない、と呟く人もいた。
作家は、
「乗った、私は一番小さな物件でいい。ローンが無くなるなら。」
彼の一言で動く人がその後続いた。
三か月後、作家は引っ越しと共にほとんどの家具を人に譲るか、処分するかで今は平屋の狭い家に住んでいた。
ここは騒音も激しいし、子供の声も多いのだが、彼はそれが快適だった。
もののね、それがあることで彼の創作意欲は刺激され、一年後に傑作を仕上げる。
とりあえず、エロ本のコラムでしのいでいた。そして、同じ土地に住んでいた未亡人と再婚した。彼女もローンの為に、銀座で働いていたがきつい仕事だし、美人ではあったが元々東北の田舎の人、きらびやかな空間に疲れていた。
初めの夫が心筋梗塞で死んでから三年、やっと彼女も安心できた。作家と同郷であったし、何よりも、貧乏当たり前で育った二人だったので気が合ったのだ。
勿論作家のことは彼女は知っていたが、まさかこんな近くに住んでいたとは知らず、出会ってから一週間で再婚をお互い決意した。
彼女の愛読書は作家のデビュー作、田舎の因習をオムニバスで描く意欲作だった。
二人は年が16離れていたが、体の相性も良かった。次の単行本が出る頃に妊娠8カ月となる。
作家にとって、棚からぼたもちだったが、やっと安心な東京生活を手に入れたのだ。
彼は60代半ばまで書いて、その後二人の子供が巣立ったので二人して故郷に帰る。
もう、十分にヒット作が生まれた後である。
故郷で陶芸を始めたら、水を得た魚となって、80代で芸術家として皇居に呼ばれるほどになるのだがそれはまた別の話。
こんな人も多分いるでしょう。芸術家、作家というものは固定化されたイメージがない。
「俺は芸術家だ!」
と叫んだだけで人はアーティストになる、食えるかどうかは別として。
ふう、本日はこれまで。
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