第10話 11人いない。

御剣猛と山手ひよりは、自衛隊の失敗の後始末をさせられていた。

まず、人質たち全員の身元を調べるのに苦労した。

皆ガスマスクで逃げて、そのまま消えたのもいたから全ての人間を探すのは不可能だった。

一人、簡単に見つかったが。

早田裕子、17歳、うどん屋きねやの長女、あの銀行の件で親に口座のことがばれたがその残高の8割を親に渡して、今は赤羽のアパートで暮らしながら学校に通っている。

二人は、この娘が厄介ではないかと思った。調べようとしたら、上から気をつけろと言われてやばい案件なのではないかと思ったからだ。

今日は休日、二人は目立たないスーツで彼女の質素なアパートを訪ねた。

ドアに手書きで、早田と書いてある。

今は平成元年。

「女子高生かあ、うちも子供、娘なんですよね。何から話したらいいやら。」

猛は少し顔がこわばっている。ひよりが、

「まあ同性同士でとりあえず話すわ。いるみたいね、中から動くのが聞こえたから。」

ノックをする。

はーいと、力の抜けた声が聞こえてくる。二人は警察ですと、小声で言った。

ドアが開く。裕子は寝間着で、すっぴんだった。

髪もぼさぼさで、寝起きのまま、そのまま出たのだ。

「銀行の件?今日は暇だからいいわ、まあ中に入って。」

あっけなく、家に入れてくれることに二人は意外な顔をした。


裕子は、流石に飲食店の娘なのか、二人にドリップしたコーヒーを入れてくれた。

二人は中に入って、この娘は几帳面なのだなと思った。

掃除は奇麗にされていて、ものが最低限しかない。キッチンと部屋が二部屋、トイレは小さい、シャワーがあるらしい。

「家賃5万で借りれたにしてはいい方でしょう。あたしは少し着替えてくるから。」

隣の部屋に入って、5分ほどでスェット姿に着替えた。まあ普段部屋で着る服なのだろう。髪も少し直したくらいで、自然体だ。

猛とひよりは、コーヒーに口をつけた。美味しい。

「このコーヒー、美味いなあ。」

「でしょ?この近所の喫茶店のマスターから豆をもらったの。あたしはとてもコーヒーにこだわる人なの。」

猛は思った。あの事件からわずか二月、彼女は親から離れて一人暮らし、しかしすでに地元になじんでいる。

「それで、もう少ししたらって、本当においしいコーヒーね。たまらないわ。」

ひよりも美味しさに少し嬉しそうだ。

思わず煙草が欲しくなる二人、でも未成年の家ではだめだと思い我慢した。

しかし、裕子はそんな気を察してか、灰皿を出した。

「コーヒーには煙草でしょう。あたしは吸わないけど。家から持ってきたの。本当にあたしは吸わないわ。体に悪いもん。」

二人は顔を見合わせる。そして、ひよりが煙草を取り出して吸いだした。

猛も吸った。美味しい。いいコーヒーには煙草が旨い。


そこからじっくりと、裕子に話を聞いた。裕子は確かにあの現場にいたが例の女性の殺人ほう助は当然喋らない。大体彼女が最初の確認者なのだ。他のものが喋れば別だが、そこまではしらを切るつもりだったし、もしばれても、殺すなんて思ってなかったというつもりだった。


だが、内部のことを何も知らない二人がその事に触れることはなかった。そして、マニュアル通りの質問をした。

話をしていて、裕子はふと考え始めた、そして、何かを思い出した。だが、どう説明していいかわからない。考え込む裕子に二人は待つ。

「そうだ、思い出したわ。人質の中に、明らかに動揺してなかったのがいたわね。あれは、最初っから起こることを知っていたんだわ。だって、4割近くは失禁も、動揺もしてなかったもの。」

彼女は説明下手だったが、言葉を知る娘だけあって、わかりやすかった。

「失禁、動揺、焦り、のふりをしているのがいたのよ。あたしは人の嘘は見抜くから。」

二人は驚いた。人質の中に犯人と最初から通じていたものがいたのだ。これは事件を洗い直さないといけないと思う二人だった。

「あたしは、正直、少し漏らしてた。だってあんなに人が殺されたんだから。銀行員さんたち、皆殺しだし、玄関の人、ガタイのいい人、女性、いつ殺されるかわからなかったもの。」

そして、議員宿舎爆発の三分前には犯人がガスマスクを皆に配ったということも知った。

「あの犯人は、最初から五時ではなく、爆発の時間を待ってたのか。これは大変なことだ。」

猛は少し興奮気味だ。一般市民の前で抑えなさいと、ひよりにたしなめられる。


そこから、裕子が話せることはすべて話した。勿論自分の都合よく。

二人は、二時間で帰った。

帰った後、裕子は化粧箱の中にある煙草を取り出して吸った。

「警察は鼻も悪いのね。でも、あの若い刑事さんはいい男だったな。」

時間は夕方六時半。裕子は簡単な料理を作って食べてから、念入りに化粧をした。

30分で魅力的な女性になった。口紅はぬらない。

「さてと、今夜のパパは誰かしら。」

7時半にポケベルが鳴った。電話をする。

「銀座ねえ。殴らない相手ならいいけど。」

裕子は夜の女になって街の雑踏に消えた。東京の夜は眠らない。決して眠らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る