第9話 生きながら死んでいく。合理的。
平成29年、喫茶店、ある男たちが向かい合っている。一人は愕然としている。
「お前さあ、俺が統合失調症だからってなめてたの?お前の職場には俺のスパイがいるからお前の行動なんか筒抜けなんだよ。コンビニの店長くらいしかできない、ロリコン童貞が。」
叫ぶ男は筋骨隆々。自信に満ちている。
「お前さあ、山下が癌で苦しんでるのに遺品になるかもしれないって渡そうとした機会を全部無視したなあ。この人殺しが。人の心がないのか。」
もう一人は、眼を下に向けて黙っている。
「山下の奥さんはお前を恨んでるよ。会いたいと言ってるのに無視したお前を。知らなかったのか?あの奥さんと俺はお前を追い込むために頻繁に連絡とりあってたんだぜ。」
藤徹はそれを聞いてますます愕然とする。
「お前の電話番号メアド、俺は知ってたからダークウェブに侵入できる秘密の仲間にお前の情報を全部渡したよ。お前、ネカフェとゲーセンしか行ってないじゃねえか。いい歳して二次元とか、Vtuverとか、バカなのか?俺は山下からの最後のメールを大事にとっているし、あいつから色々聞いてるんだよ。お前前歯ブリッジ三本なんだってな。自分の歯の管理も出来ない男が情けないなあ。」
筋骨隆々の男、高川京谷はスマホを取り出した。
「ほれ、この点がお前だ。お前の行動は全て筒抜けだったんだよ。俺に対するストーカー行為、全部警察に話したからな。お前はもうおしまいだ。大体、大学は一切進級できず、声優の専門学校に行っても誰からも嫌われて、大体ああいうところに行った人間は本来田舎には帰ってこないんだよ。馬鹿すぎる。
声優になりたければ役者の事務所に入るのが一番だって俺はこれでも散々言ったよ。ああいう専門学校は学生からまきあげるだけなんだから。」
京谷は勝ち誇ったようにして、徹を見る。
「お前はオタク会話でしか人と繋がれないし、9年ぶりにあったのに訳の分からないことを、知っている前提で話すから、お前のことをキチガイと俺は確信したよ。」
高川は9年間よその土地で頑張っていた、両親にいい加減に帰ってきてと言われてしぶしぶ帰ったが、田舎は差別がきついからダメかと思ったがそうでもなかった。
高川は通っている精神科の作業療法士と結婚した。顔の薄い、ほんわかとした可愛らしい高川より18歳若い人である。
高川はスーパーで働きながら小説を書いていたが、三作目が賞をとって、今現在は専業小説家である。
「俺は長男、お前は次男、田舎ってなあ長男優遇なんだよ。普通次男こそ地元から出るぞ。」
そこへ、人がやってくる。
山下の奥さんだ。
「このキチガイにとどめをさしに来ました。藤、あんたはコンビニの女性店員の生理用品を盗んでたわね。あんたの家から見つかったから。女性店員の中にはあたしの友達もいたのよ。あんたは知らなかったろうけど。大体オーナー親子に媚びて気に入られたからって、あごで人を使っていたら誰からも嫌われるのは当たり前でしょう。さてと、そろそろ警察が来るわね。来た。」
喫茶店の前にパトカーが止まった。中から警察官が二名出て、喫茶店の中に入ってくる。
「藤徹さん、昭和51年生まれ。間違いないですね。被害届が受理されて複数の犯罪容疑で逮捕します。任意同行ではありません。このまま署に行きますから。ほら、立って。」
藤はいきなり立ち上がってカバンからナイフを取り出した。
「お前ら殺してやる。俺様は天才なんだよ。俺は逃げる!」
そこを高川がさっとはらい、徹はナイフを落とした。さっと取り押さえる警官たち、現場は騒然としている。
「銃刀法違反、殺人未遂、恐喝、また追加だ。」
高川は憐れんで床に取り押さえられた藤を見ていた。
「ここまでのくずだったのね。こんなのとあたしの亡くなった旦那が出会わなければ、死ななくて済んだかもしれないのに。」
そう言って山下の奥さんは泣き始めた。
肩に手をやり、慰める高川、
「もう終わったんだよ。唯奈さんも、新しい生活に踏み出せるよ。こいつは少なくとも5、6年は刑務所だ。田舎の恐怖を味わうのはこれからだ。」
藤徹は拘置所で自殺を図った。しかし、死にきれなかった。
裁判が始まり、藤徹は複数の犯罪を立証されて、懲役5年の実刑判決が出た。
刑務所に収監されてから三日後に、同じ部屋の受刑者にあまりにも殴られ過ぎて死んだ。刑務所でもなじめなかったのだ。屑なのである。殴った男の肩にはプラスチックのフォークを削ったのが刺さっていた。
藤がやったのだ。殴った男は正当防衛で懲役が増えることはなかった。
藤の葬儀に、高川と山下の奥さん、唯奈も参加していた。
高川は喜んでると、唯奈は思って見ていたが、よく見たら泣いていた。
「なんでこうなったんだろう。高校の時は結構いい奴だったのに、俺が引きこもりだった時には助けてくれたのに、なんで道を踏み外したんだろう。悔しいよ、助けたかった。両親以外では一番長い付き合いだったはずなのにあんなになって。」
高川は涙が止まらなかった。慰める唯奈、
「あなたは悪くない。自業自得よ。でも、あたしも悲しいことは悲しい、やっぱり、人は死んじゃ駄目よ。あたしの旦那は癌で死んだけど、あなたは別の所に住んでいながら駆けつけてくれたわね。ありがとう、藤は来なかったわ。」
葬儀は身内とごくわずかな人間だけで進んだ。
徹の両親が、高川と唯奈に謝罪をした。
「本当にうちの息子が申し訳ない。高川君、君は高校の時にうちに来た時にうちの長女の悩みを聞いてくれたね。あれで紀子は立ち直った。長男の幸也は君の小説のファンなんだ。こんな場所で申し訳ないけど、サイン貰える?」
父親が場違いなことをしていると分かりながら、サイン色紙を取り出した。
高川は、了承して、さっと書いた。
そこには、
縁ある人の親御さんへ。感謝を込めて、とあった。
それを見て、母親が泣きだした。
「高川君、あんなことされたのに、あなたは素晴らしい子、ありがとう。」
父親も涙目だ。
「まあ、徹のしたことはあれですけど。やっぱり腐れ縁だったから。死者に鞭打つつもりもないし。さあ、飲みに行きましょうよ。運転手に弟が来てますから。」
京谷の弟、武文がいい車で待ってくれている。SUVの車だ。葬儀に参加したのは四人だけなのだ。長男と長女は拒否した。
五人は、地元で一番いいウナギを食べさせてくれるところで散々飲み食いして、そして歌った。京谷は、思い出の歌を歌ってそれが徹の両親をまた泣かせた。
武文は地元のうどん屋の店長。彼がよく知っている店なのだ。しかも武文は飲めない。
四人はぐでんぐでんに酔ってから、帰路についた。
両親は帰宅して、誰もいないだろうと思っていたら、長男と長女が来ていた。
「お母さん、兄貴のこれ。」
そう言って紀子はある卒業文集を取り出した。
そこには、徹が、
「将来はアニメ声優になって名前をあげる。両親に恩返しがしたい。」
と書いてあった。側にいた長男は泣いていた。
「徹は、俺に対してコンプレックスは感じてたんだと思う。でも、それでも俺は徹のことを嫌いになったり邪険にしたりしなかったのに。辛いなあ。」
両親はサイン色紙を渡した。そこに書いてある言葉に家族全員が号泣した。
京谷は、古民家をリフォームした家で奥さんと、小さな双子の女の子に振り回されながら、今日も小説を書く。
彼の得意ジャンルはSFだ。通院はひと月に一回は行くが、主治医に、
「高川さんは逆境をものにしたから、完治もあるかもしれませんね。」
いつも励ましてくれるいい女の主治医だ。だが、統合失調症に完治はない。それは京谷が一番わかっていた。
京谷は家族には秘密にしていたが、山下の奥さんの唯奈と何回か寝ていた。でも妻である尚子は薄々気づいている感じがする。
尚子に、京谷は、思い切って謝罪した。そしたら、
「他の女にモテない男に誰が惚れるもんですか。あたしは許すわよ。子供作ったわけでもないし。」
尚子は、罰として高いスカーフを要求したが、本当に許した。
今日も、京谷は起きたら徹底的に大幹トレーニング、筋トレ、ランニングをしてから朝食をとる。繊維質たっぷりの100点の朝ごはんた。発酵食品もたくさん食べる。
唯奈は近所の、妻を亡くした同年代の男性と再婚した。その男性には連れ子がいたが唯奈は小学六年生のその女の子とはずっと前から知り合いだった。
唯奈の時も動き出す。
徹の一周忌には、京谷、唯奈、徹の兄と妹も参加した。
徹の兄は、京谷に握手と感謝を伝えた。
妹の紀子は、京谷が高校時代には結構デブだったのにすっかり筋骨隆々になっているのを見て、
「あーあ、あたしは結婚相手間違えたかなあ。京谷さん、滅茶苦茶いい男になってるんだもん。」
それを聞いて、唯奈が笑った。
「あたしと出会った時も結構デブだったけど、5年かけて体型変えたらしいのよね?」
「まあ、派手に失恋したからね。でもまあ、今の奥さんは昔の写真見たら、これでも関係ないって言ってくれたけど。」
そのやり取りで紀子はこの二人は関係があったであろうことを女の勘で分かった。
風すさぶ、秋空に、皆は空を見た。
二つの車に乗って、皆は飲み食いに行った。運転手は京谷の弟とその奥さん、中国の人である。二人とも飲めないのだ。
人の縁、時に残酷、時に素晴らしい、でも生きた意味はきっと変わらない。
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