第7話 忌み嫌う愛。皮肉。

昭和30年代前半、東京の貧困街で子供たちが体を売っていた。戦争孤児である。親も、きょうだいも、家もない、世間は見向きもしなかった。いなかったことにしたいのだ。

彼らは逞しかった。靴磨きをしたり、新聞配達したり、学校に行けないから年長のものが読み書きを教えたりしていた。

その中に一組の姉と弟がいた。二人とも、年齢的には17歳くらいだが、栄養失調で体の発育が悪かった。

見かけは12、3歳に見えた。

二人は体を通りゆくビジネスマンや裕福な家の学生とかに売っていた。二人は自分たちの名前を知らなかった。勝手に名乗っていて、いかんせん、小学校に上がる前に終戦になって、その直前に家族は空襲でみんな死んだのだ。ただ、絆だけを信じて日々生きていた。

毎日の食べ物にも最初は困っていたがその場所のリーダーが従順で真面目て素直な二人を可愛がって育てていた。

二人は愛と誠と名乗っていた。唯一の存在証明は二人にある、お互いの左指の曲がり具合である。遺伝らしい。

ある日、リーダー格の人間が地元のやくざに気に入られて、任侠の世界に入るから、あとは任せたと言って、愛と誠が仕切ることになった。

二人は売春の効率化、性病の予防等、色々やった。

そして、ようやく買った戸籍で家を手に入れた。見た目は幼い二人が暮らしても気にしない、離れの場所で貧困地域から近かった所を選んだ。


ある日、仕事を済ませてラジオを誠が聴いていると、愛がリーダー格の男を連れてきた。瀕死の重体である。

リーダー格の男は、

「失敗しちまった。ごめんな、すぐ逃げろ。」

そう言ってこと切れた。

二人は危険信号を感じて逃げようとするが、家にはすぐにやくざが来た。

二人に、ある条件を突きつけた。あるところで性行為をして、子供を作って金を作るか、その代わりに奴隷として海外に売られるか、というものだった。

二人は奴隷だけは嫌だった。今までさんざんひどい目にあってきた。愛は胸元にタバコの火傷痕が多いし、誠は酷い買春の老婆に足を折られたこともある。


二人は性行為を選んだ。


そして、東北の集落に行ったのだ。


最初は泣きながら性行為をして妊娠したら、安心して、誠は自害した。愛は、泣きながら何としてでも産んで見せると思い、周囲の手伝いもあって、男の子を出産した。


子供は左目が白目で左手の指が六本だった。愛はその子に勇気と名付けた。出産から半年ほどは動かせないほど命の弱い子供だったのだ、実は愛と誠は二卵性の双生児だった。本人たちも知らなかったのである。


愛はその勇気が連れていかれてから三日後に、集落を去った。体は回復して、弟の分まで生きねばと思い、集落の男の忖度もあり、十分な金を得たから東京に一軒家を建てて、そこで学習塾を始めた。


勉強がけた外れにできて、駐留軍とも英語で交渉できたくらいなのだ、集落での食生活で肉体は20位の体つきになった。その時の年齢は19歳、年齢と体が追いついたのだ。


愛は、梶と名乗り、そのように戸籍を取り直し、面倒見よく、子供たちに安価で勉強を教えていた。


そんな中、数年たち、子供たちの親からも信頼されて、妻を亡くした若いビジネスマンから求婚された。

そのビジネスマンは女の子を愛に預けていたが、女の子も愛に懐いていた。愛は涙まじりに承諾して、彼女はやっと人並みの幸せを手に入れた。


それから数十年、

愛は、二人の子供を産んで、その子たちも頭がよく、長女とは腹違いだが、仲良くやっていた。

そして三人とも巣立った。


二人になって、愛と夫はよく旅に出かけた。日本中をである。愛は、東北だけは拒否したがその理由は意地でも話さなかった。


そして、昭和64年、すっかり貫禄がついた愛はテレビを何気なく見ていた。

夫は忙しく働いている。優秀な男なのだ。

そしたら、銀行籠城事件が起きた。

事件そのものには全然興味がなかった愛だったが、事件後の新聞記事に、

犯人は、左手が六本指、と書いてあるのを見て絶望した。

あの時の子供だ、そう確信した愛は夫の前から姿を消した。

かつてのコネで裏社会に通ずるものがある。愛は何とかして、一番最初の子供にあおうとしたが、会えるかもしれないという直前で、愛は吐血して病院に運ばれた。


病院には夫も、子供たち三人も来ていた。なぜ失踪したのかを四人とも聞かなかったがとにかく愛の健康が第一だった。


愛はそれも虚しく、入院してから三日後に肺炎で死んだ。四人は泣いた。そして、長女が葬式後に母の遺品を調べていたら、母の遺品がごっそり盗まれていることに気付いた。母の戸籍を示すものが何もない。写真もない。父親と出会う前の情報が全くないのだ。

そして、長女はある文言を見つけた、母の直筆である。


「決して調べない事。お願いね。」

奇麗な文字で毛筆であった。


長女はそれを他の三人にも見せて、四人は母がどこの出であれ、いい母親だったと知っていたからそれ以上は詮索しなかった。


酒井愛、平成元年6月五日没。享年47歳。

遺影は奇麗な笑顔であった。

夫は悲しみと共に生きると決めた。残された三人の子供はそれぞれの生活に戻った。


梶誠、享年18歳。二人は天国で再会した。一番会いたかった二人である。


残酷で美しいきょうだい愛。その涙は雨となって平成元年は稀に見る豪雨の東京であった。

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