第3話 一週間の一年。

昭和天皇が危篤状態になられたまま、昭和は64年目を迎えた。一月四日、銀行が仕事始めの時にそれは起こった。東京、霞が関近くのいわゆるハイソな人が来る都市銀行、そこに長いものを二つほど持って、荷物を山ほど抱えた男がサングラスにマスク姿で入ってきた。

強盗、すぐに非常ベルを押した銀行員だが、男は長物の布をさっと取り去り散弾銃を銀行員に向かってすぐに撃ち始めた。ショットシェル弾だったらしく、一つの音で三人の人間が倒れた。客はすでに60人以上いる。一瞬で逃げようとしたら、その客へとあっけなく男は散弾銃を撃った。客は顔の半分が吹き飛んで死んだ。

あまりのいきなりの凶行に失禁する人、気絶する人、おろおろする人と様々だ。

男は一言も発することなく、次から次へと銀行員たちを殺した。主任を残して。

主任である、松木紀夫は54歳、妻は同級生で大学で学生結婚をした。六大学出なのでここにいるのである。子供はいない。

「君、金庫ならすぐに空けるからどうかこれ以上殺さないでほしい。お願いだ。」

紀夫は泣いていた。恐怖と仲のいい同僚が次から次へと殺されていく悲しさに。

男は紀夫の片足を吹き飛ばした。左足が吹き飛んで大理石の床に肉と血と骨が散乱する。絶叫してあまりのことに舌を噛んでしまった。

紀夫はそのまま死んでしまった。

60人ほどいる客以外は皆殺しにされた。そこに至るまで男は終始無言であった。

そしてようやく口を開いた。

「お前ら、窓の側にいけ。ほら早くしろ。」

客たちは従うしかない。体育会系の客もいたが男は散弾銃を二挺持っていた。弾切れを狙うのは無理だった。

約二十人ほどを窓に並べて、ガムテープで手のひらを窓に固定した。口にもガムテープをした。

「さあ、始まりだ。楽しもうや。」


御剣猛は刑事になって三年目の若い男だ、この銀行立てこもりは自分には無理だと思ったがベテラン刑事たちは、全共闘たちの残党が皇居前で暴動を起こしかねないのを制御するためにつきっきりだった。

猛と相方の山手ひよりはこの時代には珍しい女性刑事だ。43歳、夫も刑事、子供が二人いる。長男は反抗期の中学生、長女は物分かりのいい小学六年生だ。

「猛君、犯人はまだ顔見せてないわね。機動隊の人員も足りないのよ。あと二時間したら、狙撃手が来るから、それまで頑張ろう。」

現場はマスコミと野次馬と警察関係者ですし詰め状態だった。

犯人が行内の電話を使って警察に電話したのが一時間前、二人は30分前からここにいる。

パトカーから警察官が二人を呼んだ。

「また犯人からです。出てください。」

二人はイヤホンをつけて電話に出た。

声はしわがれた年寄りのような声だった。

「ほら、早く現職の総理と、元総理を呼べよ。俺の要求はそれからだ。」

男は早口で言う。

「まだ国会会期前で二人とも東京にはいない、他じゃダメなのか?人質を早く解放してほしい。」

猛はなるべく丁寧に話した。男を刺激しないために。

「ダメだね、じゃあ、あと六時間で来なかったらそれ以降、人質を一人ずつ食べていくからな。覚悟しろよ、無実の国民と汚職しまくりの政治家と、天秤にかける意味ねえだろ。六時間後に30分おきに一人の眼球を片方づつ食べる。人間の眼球なんてな、スプーンで簡単にほじくれるんだよ。」

そう言って男は電話を切った。

猛は頭を掻きむしった。

「政治家どもは絶対に来ないって言ってるんだよ。ふざけんなよ、これだけの事件なんだぞ。総理は長野でスキーから帰るつもりないっていってるし、元総理は電話したら知らぬ存ぜぬで電話を切りやがった。何てやつらだ!」

猛は大声にならないように気を付けて言った。マスコミに聞かれると困るからだ。

ひよりは、狙撃手が到着したと近くの警官から聞いた。

「猛君、狙撃手が狙いやすいように、マスコミと野次馬を整理しないと。急ぐわよ、今は午前十一時ちょうど。午後五時には犯人はためらわずにするでしょう。あれだけの殺しをして、自分がやるべきことが分かってる男なのよ。かなり手ごわいわ。ほら急いで。」

二人は警察官たちに指示して、マスコミと野次馬を整理した。銀行から10メートル以内には誰もいない。


狙撃手の矢島闘は10年前に狙撃の仕事で人質をケガさせたことを後悔していた。しかし犯人は逮捕できたし、あの時は死者は出なかった。犯人の肩を撃ち抜いて突入して終わりだった。

今回はケースが違う。犯人の男は窓に人質をうまい具合に配置して自分は常にその死角にいる。

「こいつ、キレるな。この男は頭を吹き飛ばしたい。」

ビルの屋上でスコープで銀行内を覗くが中が良く見えない、ブラインドもおろされて、人質のシルエットが目立つが犯人が動いてないように見える。

同僚で同じく狙撃手の高林が、

「まあ、命令あるまで待機だ。コーヒー、煙草、下の警官からもらってきた。待つしかないさ。」

二人以外にも狙撃手はいるが、彼らがリーダーだ。一月の寒い大気の中、二人は一服した。


猛は、

「あと二時間しかない、狙撃は無理なの?突入は?ああ、イライラする。」

猛はセブンスターを吸いながら体が震えていた。ひよりは近くで銀行の見取り図を他の警察官たちと見ていた。

「猛君、突入、出来るかも。でもそれはあなたの説得次第。」

突然突き付けられて困惑する猛。

しばらく話して、猛は決意した。銀行に電話する。


男は四回鳴ってから電話をとった。

「おいおい、全然政治家は来ねえじゃねえか。人質、死んじゃうよ?」

相変わらずマスクとサングラスを外さない男だが声は笑っていた。

「聞いてほしい、もうすぐ総理たちは来る。まず現職の師岡総理が顔を見せたらそれを条件に人質を10人解放してほしい。できるかな?」

「本当に来たらね。でも、あんたは嘘をついている。ここにはテレビがあるんだよ。今総理はテレビに出てるじゃねえか。」


男は長野でスキー姿の総理がマスコミを追い払うのをテレビで見ていた。

「お前ら、テレビと嘘の整合性を整えな。よし、一人殺す。」

男は胸板が厚い若い男を立たせた。若い男は下半身が小便まみれだ。

散弾銃で左肩を吹き飛ばした。時間は午後三時3分。若い男は絶叫した。

そして男はとりだしたスプーンで涙目の若い男の眼球を両方ともえぐりだした。

若い男はそのあまりの痛みに気絶した。どのみち出血多量で死ぬ。

「動物はなあ、眼玉が美味いんだよ。ほれ、これを食え。」

あまりのことに訳の分からなくなっている女子高生は、売春で得た金を銀行からおろすだけだったはずなのにと思ったが、男の言う通り眼球を食べた。一口で。

美味しかった。女子高生は思わず犯人の男を見る。

「なあ、美味いだろ。もう一つも食え。」

女子高生はためらわずに食べた。やはり美味い。

周囲は、あの女の子は気が狂っているとか、ひそひそ話している。女子高生は、

「あたしはあんたらみたいなお高くとまった連中から体を使ってまきあげたのよ!あんたらなんか死んでも誰も困らない。どうせ死ぬなら全部言うわ。○○会社の専務はあたしのパパよ。ちなみにさっきから気付いてたんだからね。あんた、そこのおばさん、あんたの旦那もあたしの客よ。あんたへの不満をベッドで全部喋ったわ。犯人さんあのババア殺してよ、夫の料理にインスタント食品出す女よ。」

犯人の男は、サングラスとマスクを外した。その顔は左目が白眼だ。

年齢は20代後半くらい、声がしわがれているのは元かららしい。

「お嬢ちゃん、根性あるなあ。よし殺してやろう。」

犯人は、女子高生が指さした40代くらいの高級品を身につけた女を、こちらへ来いといって散弾銃で指図した。女は顔が死んでいた。

「あ、あたしなんか殺さなくても。子供もいるのよ。その子も知ってると思う。」

女子高生はにやりと笑った。

「あんたの息子二人もあたしの客よ。13歳と11歳で童貞を奪ってやったわ。あんたは子供に金をあげすぎなのよ。二人ともあたしを5万で買ったわ。」

それを聞いた女は、そんなバカなという表情をした。

「あんたの旦那が息子たちの筆おろしにあたしを紹介したのよ。しかも自分は金を出さずにね。せこい家族ね。」

女子高生は勝ち誇っていた。40代の女は、体が震えだした。犯人が腹に向かって散弾銃を撃つ。女は2メートルほど吹き飛ぶ。内臓をぶちまけて。

女はまだ生きていた。心臓は裂けて、小腸と大腸からは今朝食べたオートミールがはみ出ていた。

「こ、殺さないで・・・。」

犯人はすぐには殺さなかった。持ってきた包丁で肝臓を切り取った。

「ほら、こいつの肝臓は奇麗なもんだ。こりゃ売れるな。さてと。」

流石に女は死んでいた。

犯人は女の頭に包丁を突き刺して頭を裂いた。凄い怪力である。

脳みそ、眼球、舌、一つの包丁で奇麗にさばいていく。それを次から次へと袋に入れる。

「戦利品だ。俺は絶対に逮捕されないよ。君らがどうなるかは警察と自衛隊と米国しだいだ。」

男は大声で笑った。女子高生も流石にひいた。だが、犯人の気持ちは分かった。

女子高生早田裕子17歳は貧乏な家庭で育った。両親は優しかったがまるで商売の才能がないのにうどん屋をしていた。下に弟が二人、三人はうどんだけは食べられたが修学旅行に行かせてもらえる余裕などない家庭だった。

裕子は14歳でこの商売を始めた。勉強は出来たが、親からは早く婿を取って家を継いでほしいと言われてうんざりしていた。

こんな家に閉じ込められるの?絶対に嫌だった。いわゆる不良と呼ばれる子たちに接触してまず彼らに体を売った。裕子は13歳で近所の大学生に処女を捧げていた。

不良たちを手なずけたら、裕子は本領を発揮した。やくざ、企業人、政治家、高級コールガールへの足掛かりに次から次へと体を売った。裕子は目を見張るほどの美人ではなかったが身長は151センチ、胸もお尻も魅力的だった。何よりも男が好きだった。親には内緒で売春仲間から銀行口座を売ってもらい、口座には1000万を超える額が貯金してあった。その銀行がここだったのだ。


猛は、マスコミの無責任さに怒り心頭だった。

「こちらの手を邪魔しやがって!ミュンヘン事件と同じじゃないか。」

銀行内部で二発の銃声を確認したが中を確認することはできない。ブラインドが邪魔でほとんど見えないのだ。ひよりが顔を青くして猛の所に来た。

「なんか、自衛隊に指揮権を移すって、どういうことかわからないけど、もうあたしたちの手には負えないわ。悔しいけど。」

二人は少し離れた場所でタバコを吸った。

猛はセブンスター、ひよりはわかばだ。

「姉さん、禁煙はやめたんですね。そりゃそうだよな。この職場はストレスが多すぎる。姉さんは凄く頑張ってるのになあ。尊敬します。」

猛は、小腹を満たすためにパンをほおばっていた。

「子供をもう作るつもりもないし、この職場で女でいる事でのプレッシャーは半端ないわ。旦那と最近吸ってるのよ。」

ひよりの夫は今現在、九州へ出張である。別件で捜査中なのだ。

「あああ、自衛隊?全員殺すんですかねえ。わけわかんないよ。狙撃手たちは暇すぎて寝てますよ。嘘だけど。」


狙撃手の人間たちは一向に命令がないために緊張感がずっと続いていた。矢島と高林はスコープをずっと銀行に向けていた。こういう仕事の為におむつをしている。

「なあ、今聞こえたが指揮権が自衛隊に移るんだとさ。俺たちは帰れってことかもな。」

「ならとっとと来いよな!二人殺されたぞ。シルエットだけだが悲惨な殺され方だ。絶対に犯人は許さん。」

そこに迷彩服の人間たちが現れて狙撃手は帰ることになった。


猛とひよりは、自衛隊の制服組の横柄な対応にイラつきながらも現場から離れた。

「飲んで帰ります。本署まで戻ったら、書類書くの明日にして、とにかく飲みたいんですよ。」

「あたしもよ、子供たちは自分たちのご飯は作れるからね。飲みに行こう!」

ふたりを送迎するパトカーの運転手である警察官が、

「いったいなんで銀行立てこもりで自衛隊なんですかね。実は結構やばい案件だったりして。まあ帰りましょう。」

そこからは三人は無言で本署へ戻った。


自衛隊の指揮官は人質を無視して、催涙弾を銀行の窓ガラスをぶち抜いて投げ込んだ。撮影をさせないためにマスコミは数ブロック離したのだ。

「よし、突入!」

自衛官たちが銀行へ向かった瞬間、近くですさまじい爆発音がした。

議員宿舎が吹き飛ばされたのだ。この銀行から一キロくらいしか離れてない。国会会期前の議員たちが23名犠牲になった。犯人は不明、宿舎の前にトラックを止めて爆弾満載のトラックを無人で突っ込ませたのだ。


自衛官たちがうろたえている中、立てこもりの犯人は合図が分かっていたから全員にガスマスクをさせて、自分も上下を脱いで着替えた。


当然銃は捨てる。指紋がつくわけがない。ずっと手袋をしていたから。しかし、人質の誰も気づかなかった。犯人は左手が6本指であったことを。


自衛官たちは犯人が分からずに必死に捜索したが人質たちに犯人は一斉に飛び出せと言っていたから全員が飛び出した。警察と自衛隊は全員を確保しようとするがなぜか全共闘の連中がそこめがけて走り出したからそれどころではない。


犯人は逃げた。何が目的だったのか?不明のままである。

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