第3話 直子あるいは僕の話
僕はようやく46ページまで読み進めて――本当はもっとペースをあげて読めるのだけれど――ハルキ味がいくらかでも僕の中に取り込まれていないかと確認した。僕の感想文に出てきた単語が使われているのを見つけると、わずかに嬉しさがこみあげた。
文末の処理、会話の拾い上げ、逆接の接続詞の使い方。気になるところをチェックしていく。そうしているうちに、直子との会話に行き着いた。最初の野井戸の話から比べたら随分読みやすかった。特に、直子が言葉を見つけられないと話すシーン。二人の自分がいて、もう一人が言葉を持っているという表現は、僕の実際のところと同じで共感できた。そして、ワタナベがそれをありきたりな言葉でまとめて返すことについても、僕の実生活でもよくある話だった。だから直子のがっかりした気持ちについてはよくわかった。
「よく書こうと思ったな」
僕はそう思った。直子の理解され難いその精神の掴みどころのなさ。掴みどころのないものは掴みどころなく書くことになる。でも、それが読者にとって面白いかと言われれば怪しいだろう。僕が彼女の内面をそう書くとしたら(万が一にも無い話なんだけれど)、話の後半にはものすごい何かを書かなくてはいけないような気がしてくる。まさか、こんなのらりくらりとしたやりとり(僕にとっては僕のことを書いているくらい共感するやりとりだから面白かったのだが、やはりのらりくらりに代わる言葉が見つからない)だけで終始するはずあるまい。
世の中のハルキストたちは、この本のどこから自分自身の盛り上がりを見せたのだろうか。僕にとっては、この直子のセリフから『僕のノルウェイの森』が始まった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます