第8話 アルファホワイト

 強くなろうと思った次の日。


 その目標は、即座にそれを叶えさせてくれる場所を与えてくれた。


「さて、昨日はパチンコに行ってたから、砂上君がなにしてたかなーんにも知らないんだよね。だから昨日、あの2人となにをしたか、ざっくりと教えてくれよ」


 瞬火───先生が椅子にどっさりと腰を下ろしながら、偉そうに夜遺を見た。


「この都市案内とアングラホワイトがなにをしているのか、と神話生物について、邪神について教えて貰いました」


「え?それだけ!?」


「一応、魔術を3つ覚えました」


「おー結構教わったね~。ちゃんと覚えられてる?」


 魔術は嫌でも脳にこびりつく。だから、覚えられているか、という質問は、きっと魔術以外の事だろう。


「神話生物の種類などは全く覚えてません。でも、アングラホワイトがしていることと都市についてはある程度覚えてます」


「素晴らしい!良い子だ。それじゃ──習った魔術の種類を教えてくれ」


「癒し、トートの詠唱、肉体の保護です」


「君が選んだ──いや、晶かな?」


 夜遺は先生の疑問に対して首肯した。


「はい。晶が選んだ物を読みました」


「さすが、分かってるね~。じゃあ早速実戦訓練といこうか」


 トートの詠唱という魔術は、端的に言うと頭が良くなる魔術だ。


 しかしこの頭が良くなるというのは、知らないことが分かるようになると言った類いのものではなく、知っていることを完璧に思い出せるというタイプの物だ。


 つまり、物事の洞察力や観察力、思考能力が上がるだけだ。例えば、夜遺の知力で解けない問題は、この魔術を使っても解けない。


 逆に、解ける土台はあるが解けたことはない物。時間を掛ければ解けるようなものは即座に解けるようになる。


 思考の時短。それがトートの詠唱という魔術の本質である。


 結果。殺し合いの最中で、バトル漫画よろしくごちゃごちゃ考えられるようになるというわけだ。当然、殺し合いの最中でこのアドバンテージは大きい。


 そんな魔術を掛けても、夜遺は先生に攻撃を1発も当てられなかった。


「おいおい。そんな。がむしゃら。じゃ。当たらない。よ。もう少。し。頭を。使いな。さい」


 夜遺の攻撃を避けながら、ごちゃごちゃと指摘してくる。


 当たり前で当然の事だが、夜遺は刃の付いたロングソードなど振り回したことがない。なので精一杯考えて振り回している。


 初日にしては、初めて握ったにしては頑張っている。


 しかし先生は決して褒めたりしない。


(向いてねーよ!このボケ教師!)


 ダンスでも踊るように避けながら横ピースしてくる先生に、夜遺は苛立ちがどんどん募っていく。


 夜遺には実感はないが、トートの詠唱のお陰で、剣術がドンドン上達している。


 見るものが見れば、天才剣士だと褒め称えるだろう。


 しかしそれでも先生には掠りもしない。身長180以上ある巨体なのに全く当たらない。それどころか夜遺の剣をくぐり抜けるように避ける。


 やがて1時間が過ぎた。


「ふむ。吸血鬼になったお陰かな。初回で1時間も剣を振り回せるとは…いや、砂上君は元々運動好きだったりするのかな?」


 息を切らして死にかけている夜遺に、先生は平気な顔をしてペットボトルの水を差し出した。


 夜遺はそれを一気に飲み干し、息を整えた。


「中学は友達に誘われてサッカーしてました。高校は友達がサッカー辞めたんで俺も辞めました。だから多分それなりに体力は残ってると思います」


「それは良いね。体力訓練は軽くでも良さそうだ。逸材だね」


 先生は最高に嬉しそうに破顔した。


 夜遺は逆に嫌そうな顔を返した。


「そっすかね。全く当たんねーですけども」


「あはは、初日で私に剣を当てられる奴なんて誰もいないよ」


 そんな時、訓練室の扉が開いた。


「やー砂上。やってるー?先生おはよー」


「おや。おはよう晶君。珍しい。君は朝に起きるのは苦手だろう?」


「もう11時ですよ?さすがに起きれますって~ふわぁぁあ」


 ずいぶんと大きな欠伸をしながら、晶が訓練室に入ってきた。


「あー見てる感じ、散々ナメプされて笑われたな~?分かるぜ。俺もそうだった」


 しみじみと晶が頷くと、先生がニヤリと笑った。


「ふむ。クラスメイトとして戦闘を見せてやるとしようか?晶君武器を出せ」


「えっ!嘘!最悪!今日は適当に見学して帰るつもりだったのに!!」


「逃げるという選択肢は当然ないよ」


 絶望した顔を晶がしていた。まだ昨日今日の付き合いしかないが、夜遺は晶にちゃんと同情できた。


「おー。がんばれー!」


「あー!最悪ーーっ!」


 キレながら晶がポケットから黒い手袋を取り出し両手にはめた。


【武装招来】


 瞬間。晶の右手に一丁の銃が出現した。


「砂上君。痛い思いしたくないなら、肉体の保護を使うことをオススメするよ」


【【肉体の保護】】


 夜遺と晶の声が重なった。


「さて、私も武器を使おうかな」


 先生も晶と同じように手袋を着用した。


 そして現れたのは一本の巨大な剣。その剣は蛇行する蛇のように、波打つ刃を持っている。


 明らかに片手で扱うことを考えていない大きさで、柄の長さも両手用に見えるが、先生はそれを軽々しく片手で握っていた。


「じゃあ始めようか」


 フェアという考えはないようで、なにを持って始める合図にするのか、なんて話は一切なかった。


 代わりに晶が魔術を1つ唱えた。


【トートの詠唱】


 しかし先生は動かない。余裕綽々とでも言いたげに笑っているだけだ。


 晶は先生から目を離し、右手首にある黒い腕輪に左手で触れた。


【起動】


 目に見えた変化はない。しかし効果は現れているだろう。晶が自分で言った、「高さ5階のビルから落ちても、足がジーンってなるだけで済むぞ」という状態になったはずだ。


 銃弾が放たれた。


 音はなかった。無音。サイレンサーなどは付いていないのに、音はなかった。ただ、マズルフラッシュの光だけが、引き金を引いたということを教えてくれる。


 夜遺が、まるで漫画のコマ送りのように、構えという場面をすっ飛ばしたような錯覚を覚えてしまうほどに、一瞬の出来事だった。


 だらりと下げていたはずの晶の右手が、先生に向いていて銃弾は放たれた。


 パキン──そんな音がなった。


 剣を盾にして、その姿勢のまま先生は晶との距離を詰める。


 一瞬で、晶と先生との間にあったはずの空間が消える。


 盾にしたフランベルジュが振り下ろされる。


 晶はそれを紙一重で横に躱す。すると先生の左の拳が晶の腹に食い込んだ。


 ホームランコースを飛んでいく野球ボールのように、晶が空中に投げ出され、山なりに飛んでいった。


「真面目に狙いすぎだよ。狙いがバレてちゃ意味がない」


 先生が剣を横に薙いだ。パキンという音が2度なった。


 空中で1回転し、綺麗に着地した晶は嫌そうな顔をした。


「いや~手加減しません?」


 そんな晶の手には手榴弾が握られており、それを山なりに投げた。のんびりとした速度だ。


 夜遺がそれを目で追っていると、突然目の前がフラッシュアウトした。


「うわっ!」


 数回の撃鉄の音、それより少ないパキンという先生が弾いたであろう音、そして最後に、バキンと硬い何かが割れることが聞こえた。


「うえ~。死んだ~」


 目がようやく周りの状況を視認できるようになると、晶が地面に転がっており、先生が手榴弾を片手に持ちながらサムズアップしていた。


「素晴らしい。だが、出来ることならこの手榴弾も本物にするべきだ」


「爆発時間とかのコントロールが難しいから嫌ですー」


 それからふて腐れたように文句を言いながら晶は訓練室から出ていった。


 先生はそれを見送り、夜遺に向き直った。


「さて、質問はあるかな?」


「なにがあったんですか?」


「閃光弾で目眩まし。空中に放り投げた手榴弾は爆発しない偽物。単純なミスディレクションだよ」


「初めから気付いていたんですか?」


 先生は面白そうに笑った。


「いやぁまさか。ミスディレクションには気付いていたけど、手榴弾が爆発しないなんてことは、実際に拾ってみないと分からなかったよ。閃光弾の目眩ましも食らったしねぇ。初見殺しとしてはかなり良かったかな」


「目眩ましを食らって、どうやって勝ったんです?」


「ん?私は先生だから、目潰しなんて1秒で治るのさ」


 そんな初日が終わり、同じような翌日が何度も続いた。


 年越しとお正月は休みだ!なんて言って魔術書を数札渡されたときは本気の本気で怒りを抱いたが、しかしいつの間にか、夜遺はこの地下都市での生活に慣れてきて笑えていた。


 そんなある日。呼び出された先で、先生は変わらず楽しそうな顔をしていた。


「給料……?」


 こんな地下都市で、法律という物が真っ当に働かない地底にて、人権すらない夜遺の耳にそんなワードが飛び込んできた。


「そう。給料です。良いよね響きが」


「…はぁ」


「む!この響きの良さが分からないのか!学生め!」


「いや、アルバイトとかしてましたけど……俺なんもしてませんよ?」


 給料の出るようなことをした覚えがない。というより、無料の食堂や住居を与えられている現状である。しかも人権はない。


 困惑している夜遺に、先生がニヤリと笑う。


「ははーん?分かってないなぁ。新人研修を受けている間もお給料は出るんだよ。一応政府が作った組織だ。おめでとう!公務員だ!待遇はお世辞にも良いとは言えないけど、給料はちゃんと出るのさ」


「学生なのか、公務員なのか、俺の立場ってなんなんです?」


「アングラホワイトの構成員で、私の部下。そして私は先生である」


「あ、はい」


 まだ2週間しか経っていないが、先生という言葉は、魔術より便利な魔法の言葉であると夜遺は受け入れつつあった。


(まぁ要するに、先生の趣味に付き合わされているという訳か…)


 会社の中で、上司が先生ごっこをしていて、上司の命令で学生ごっこしている。


 しかし嫌に重厚なデザインの校長室で立派な椅子に座り、無邪気な子供みたいに笑う姿を見ていると、ただのデカイ子供にしか見えない。


「でだ、とりあえず説明をしよう。その腕輪はお金を引き出せるように仕組まれてるから、自分の給料はそれで引き出してね。まぁ地上では使えないから、地上に行くときは地下で引き出して現金にして持っていってね」


「え?地上に…行っても良いんですか?」


「仕事がない日は別になにしてても構わないよ。しかしちゃんと地下に戻ってくることと、この地下のことを言いふらしてはダメだよ。言ってたっけ?」


 聞いた覚えはない。


「いえ、聞いた記憶はないです」


「あ、やべ。マジか。一応聞くけどスマホで誰かに言っちゃったりした?」


 言いたくならないかと言えば、嘘になるが、言いふらしたらどうなるか、という恐怖心から夜遺は友達や知り合いには言葉を濁していた。


「言ったらどうなりますか…?」


 恐怖から好奇心が沸いた。


 すると先生は、相変わらず緊張感のない声音で笑った。


「いや~殺すしかないかな~。でもまぁ今回は私の責任もあるし、なんとかするけど…何人に喋っちゃったの?」


「いえ、喋ってません。喋ったら殺されそうだと思って、言葉を濁してました。友達にはガン詰めされましたが、喋ってません」


「ほえー、良かった、良かった。私の仕事が増えてしまうところだった。夜遺君が頭よくて良かった~」


「その…なんとかするってなにをするつもりだったんですか?」


「んー?単純に記憶を曇らせまくるだけだよ。殺すか拉致するとでも思った?」


 夜遺は正直に頷いた。


「まーそーだよねー。平気で殺すって選択肢が出てくる場所だからねぇ。だけど覚えておいて、私たちは民間人を守るための組織だよ。出来るだけ、人を守るという原則を守らないといけない。ま、どうしようもないなら切り捨てていいよ。大を生かすために小を切り捨てるなんて当然のことだし、私は顔も知らない民間人より、生徒に生き残ってほしいからね」


 そんな原則は聞いたことがない。というより、そもそも組織の理念とか、雇用形態とかなにも知らない。


「この組織の目的ってなんなんですか?敵を殺すしか聞いた覚えがないんですが…ちゃんと説明してくれますか?」


「うわ~めんどくさ。ちょっと待っててね」


 先生は嫌そうな顔をした後、校長室にふさわしい重厚な机の引き出しをゴソゴソと漁り、1つのファイルを取り出した。


「はい。これ読んで、読んだら返してね」


 夜遺は校長室のソファーに座り、じっくりと熟読し始めた。


 そしてそのファイルは、組織の成り立ちから始まった。


 まず、アングラホワイトの成り立ちは第二次世界大戦で日本が負けた所から始まる。


 日本は戦争で負け、アメリカの統治下に入った。


 その時、アメリカ政府が秘密裏に抱えていた対神組織、「デルタグリーン」が一時的に日本に拠点を置いた。


 デルタグリーンは、戦争に負けて荒れた日本を滅茶苦茶にしようとした魔術使いの犯罪者や、たちの悪い魔術師、イカれた魔術的なカルトなどに対応するために戦い続けていたが、日本が自治権を取り戻した際に日本から撤退した。


 その時、日本版の対神組織として「アルファホワイト」を設立した。


 それが現在のアングラホワイトの前身であり、アングラホワイトに組織名が変わっても、創立時の理念や、原則は変わらず、今でもデルタグリーンとは良好な関係を築いている。


 しかしそもそも、「アルファホワイト」が設立される前に、日本にも対神組織のような物が数多くあった。だが、そのどれもが戦争で全て焼け、力を失い、「アルファホワイト」が「アングラホワイト」として、全てを統合したようだ。


 多くの組織の名前がズラリと並んでおり、流石に覚える必要はないと考え、夜遺はそれらをスルーした。


(ん?対魔忍???)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る