第5話 ゆめ?うつつ?

 施設の外もまた施設だった。


 空を見上げるも、そこには鋼鉄の天井しかない。


 夜遺が立っている床から、天井まで伸びたビルのような建物が5~6棟立ち並んでいる。それらが支柱の役割を果たしており、巨大な地下空間を支えていた。


「いや~すごいでしょう?この壮大な地下都市」


 前を歩いていた瞬火が振り返り、イタズラが上手くいった子供のような笑顔で夜遺の顔を見た。


「組織って…なんなんですか?」


 夜遺は呆気にとられたまま疑問を口にすると、瞬火は、「歩きながら話そう」と歩を進め、夜遺は初めて都会に来てキョロキョロする人と同じように、あちこちに視線を向けながら瞬火を追いかけた。


「アングラホワイトは、一言で言うと日本政府が秘密裏に作った対神組織」


「対神?」


「あーそうだねぇ。対神なんて言うと仰々しく聞こえるから、手っ取り早く言うと、オカルトを叩き潰す秘密機関だと思ってくれ。呪いのビデオとか、こっくりさんとか、口裂け女とか、そういった物を処理しているんだ」


「なるほど…?」


「ま、そう言った知名度の高い奴の処理はとっくに終わってるんだけどね。砂上君はこっくりさんを呼んだことはあるかい?」


「いえ、オカルトには興味がなかったので、よく知りません」


「なるほど……ならクトゥルフ神話という物を知っているかな?」


「名前だけは知ってますが、内容はよく知りません」


「そっか…なら話すことが多くなるねぇ……」


「ところで、どこに向かっているんですか?」


「ん?職員室」


 こんな法外と思わしき非日常でそんな平和な名詞が出てくるとは思わず、夜遺は思わず瞬火を見た。


「え?学校…ですか?」


「そう、学校。砂上君はまだ学生だろう?もしかして勉強苦手?まぁ安心しなよ、学校なんて名ばかりのハリボテだからさ」


「いや、その…なんで学生って分かったんですか?」


「…アングラホワイトは政府が作った組織だ。君の身元を調べるなんて容易いんだよ。砂上君。分かったかい?逃げるなんて不可能って言ったわけが」


 夜遺はその言葉を聞きゾッとした。


 夜遺の死刑は、国が言っていると理解したからだ。そしておそらく個人情報もなにもかも調べられている。


「じ、人権は?」


「ははー。砂上君は面白いなぁ。吸血鬼にあるわけないだろう?」


 瞬火はヘラヘラと笑いながら言ったが、夜遺は全く笑えなかった。


「ま、安心しなよ。面倒な転校手続きは全部勝手に済ませる。それに表社会での立場はしっかりと守るからさ。さて、ついた。ここが今日から君が籍をおくことになる学校だよ」


 ビルだ。他のビルと変わらない、窓の少ないビル。支柱としての役割を重要視された建物。学校と呼ぶにはあまりにも無機質。


「名前はなんて言うんですか?」


 もはややけくそだった。


「えーっと…なが~い名前で忘れちゃったよ。対神学校?」


「ははは、世界中の神学校が宣戦布告してきそうですね」


 やはりやけくそだった




 ◇




「はーい。みんな、新入生を紹介するよ。人権無し吸血鬼の砂上夜遺君です」


「よろしくお願いします」


 教壇横に立たった夜遺は、軽く会釈をした後、目の前の新たなクラスメイトを観察した。誰も制服を着ていない。


 職員室で瞬火から制服を受け取り、穴が開いている私服から着替えたが、目の前の光景を見る限り、制服なんて作る意味があるのか疑問に思った。


「3人しかいないから、私が紹介しようか。一番右の青髪低身長が皇晶すめらぎあきら


「はーい。青髪のちびでーす。あきらって呼んで良いよ~」


 青い髪の毛と青い瞳を持った男が、椅子に座ったまま手だけ振った。


「隣のピンク頭の女の子が古賀美咲こがみさき。頭がおかしいから気をつけてな」


「そこの先生はいい加減なので気を付けてくださいね。よろしく」


 ピンクロングヘアの古賀はメガネ越しに黄色の目を細め、ムスッとした顔で瞬火を見た後、晶と同じように手を振った。


「最後に一式燐いっしきりん。砂上君を助けた子だ。あまり喋るのが得意じゃないから気を遣え」


 夜遺は再び緑色の瞳と目が合うが、さすがにもう取り乱したりはしない。


「よろしく」


 それだけ言うと一式は視線を背けた。


「さて、まぁ学校行事どころか授業すらマトモに行われないハリボテ学校だけど、クラスメイトとして仲良くしてくれ。じゃホームルーム終わり。解散」


 瞬火がそう言うと、晶が質問をするように手を上げて口を開く。


「はいはい。砂上君はいつから吸血鬼になったの?」


「えーっとクリスマスの日に」


「出来立てホヤホヤだ!じゃあまだ裏側に詳しくないよね?」


「はい。対神だとかなんだとか…よく分かってません」


 夜遺が正直に語ると、古賀が瞬火に向けて言った。


「先生。ちゃんと説明してくださいよ」


「あー…君たち今日なんもないだろう?説明してあげなよ」


「あ、サボろうとしてる!仕事しろよ!」


「説明なんて誰がしても同じだろう?私はこれからやらなきゃいけないことがあるの」


「パチンコですか?」


「じゃ、そうゆうことでよろしく」


 清々しいほど満面の笑みを浮かべて、瞬火が教室から出ていった。


 それを見た後、2人が夜遺に向き直って言った。


「いい加減でしょう?」


「あれが教師なんだぜ、イカれてるよな」


「…もしかしてこれが日常?」


 夜遺の呆れには、2つの肯定が返ってきた。


「全部説明すると言っていたんですが……」


「あの人は多分初めから、私達に押し付けるためにここに連れてきましたよ」


「マージで終わってる。あの先生ひと殴り合いが強いしか良いところがない」


 クラスメイトが瞬火に向ける散々な酷評を、夜遺はひきつった笑いで受け入れるしかなかった。


 そしてもう一人のクラスメイトの様子を伺おうと目線を動かすと、そこには空の机が残されていた。


「ん?あの、一式さんは?」


 夜遺がそう聞くと、2人は急に静かになった。


「あぁっと、一式さんは…その……トラウマがあってさ。性格が安定してないんだ」


「私たちもどう関われば良いのか分からないのです」


 空気が一瞬で重くなり、夜遺は普通に後悔した。


「ふぅ。まぁ良いでしょう。先生に押し付けられたことをしましょうか」


 切り替えるように古賀が明るくそう言った。


「取り敢えず座ろうぜ。椅子は…先生の借りれば良いだろ。いねーし」


 晶が椅子をガタガタと乱暴に引きずって、古賀の席の前に置いた。それから自分の椅子も同じように古賀の机に近づけた。


 そうやって1つの机を3人で囲って、夜遺はこの組織について話を聞いた。


「はい!じゃあまず…なにから話せば良いんだ?」


「アングラホワイトからで良いでしょう」


「だな。ええとアングラホワイトについてどれくらい聞いてる?」


「オカルトを処理してるとは聞きました」


 夜遺が聞いたまま答えると、古賀は頭が痛いという仕草をした。


「またあの人は…なんとも大雑把な説明を……。だいたい半分ぐらい当たっていれば大当たりとでも思っているんでしょうね」


「だいたい合ってるのが中々にムカつくよな。あぁごめんごめん、置いてきぼりにした。えっとな、アングラホワイトは、オカルトを処理する業務以外にも別の仕事があるんだ」


「それが神話生物およびカルト組織の討伐です」


「神話生物ってなんですか?」


「えーっと…ゲーム的なモンスター!」


「化物ですよ。見るだけで気分の悪くなる怪物。吸血鬼」


「深きものどもとか、シャンタク鳥とか……聞いたことある?」


「全くありません」


「そもそもクトゥルフ神話というものを聞いたことはありますか?」


「名前だけなら」


 突然晶が立ち上がり、教壇に向かった。


「これこれ、これ見れば良いじゃん。だいたい合ってるクトゥルフ神話!」


「なんですかそれは…?」


「クトゥルフ神話TRPGのルルブ!!」


「ゲ、ゲーム!?」


「クトゥルフ神話という物は、ラブクラフトという人物が書き上げた架空の神話で、SFコズミックホラー神話という創作物として世間に広まっているのですが、困ったことに実話なんです」


「そ、実在した神話。それをラブクラフトが面白おかしく、不気味に禍々しく、冒涜的に書き表したんだ」


「そして今では遊びとして有名になっていまして、そのルールブックに書かれていることは、だいたい当たっているのです」


「だからだいたい合ってるクトゥルフ神話!」


「な、なるほど」


 ゲームシステムだけぶっ飛ばして、神と呼ばれる化物を夜遺は2人からの注釈を聞きながら見ていった。


「これが…実話???」


「そう実話。信じられないよな。全てはアザトースという邪神が見てる夢なんだってさ。馬鹿じゃねーの?」


「確証はないのですがね。しかし、先ほど説明した神格のニャルラトホテプ、もしくはナイアルラトホテプと呼ばれる邪神が、人間に面白おかしく語って聞かせたそうです」


「なにがしたいのかよく分からない邪神だけど、俺たちの組織は嘘じゃないって判断してる」


「実際にアザトースの召喚に関する魔術もあるそうです。1度も召喚されたことはないのですけれどもね」


「ま、召喚されたら世界が消えるらしいから当然と言えば当然なんだけどな」


 夜遺はあまりにもスケールが大きすぎる情報に、ただ困惑するだけだった。


「この世はアザトースという邪神が目覚めたら消える夢……?なんだそれ」


「信じられねーよな。いち生命体?と言っても良いのか分からない生き物?のワンアクションで、この世は消えるんだ。なんかのギャグか?」


「あまり面白くありませんね」


 夜遺は絶望感をこれでもかと詰め込んで言った。


「これを倒す?」


「「できるかぁぁぁぁぁ!!」」


 2つの絶叫が響いた。


「お前話聞いてたか?目ぇ覚ましたら終わりなんだぞ!?それをぶっ殺す?馬鹿じゃねーの!?」


「人類はそもそもアザトースの存在すら観測出来てません。多分居るのだろうという気持ちで行動しているに過ぎませんよ」


「俺たちがなんとかするのはアザトースなんて化物じゃなくて、それを呼び出そうとする狂ったカルトの連中!!」


「ご、ごめん」


 あまりの剣幕に、夜遺は思わず謝った。


 晶は疲れた様子でぐったりと椅子に体を預け、古賀は息を整えてから説明の締めを語った。


「つまり、アザトースに限らず、他の神格と接触を図ろうとする魔術師や、魔術で悪さをする魔術使いをなんとかするのが、私たちアングラホワイトの仕事ということです」


 ぐったりとしたまま、へにゃりとした声で晶が言った。


「世界を皆でまもろー」


「なんか、ごめん」


 その姿に夜遺は罪悪感を少しだけ覚えた。

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