第4話 空いた穴の真
目の前に緑色の瞳がある。
「ぎぁぁぁっ!」
夜遺は少女から距離を取るようにベッドから転げ落ちた。
「わはは!おもしろ~」
その様子を瞬火が他人事のように笑う。
「あ、大丈夫ですか?ごめんなさい!」
瞬火とは対照的に、少女はベッドを回り込んで夜遺に手を差しのべた。
地面に座り込んだまま、その手から逃れるように夜遺は後退りした。
「なにやったの?襲われそうになってたところを助けたって聞いたんだけど、どう見ても助けてくれた人に向ける態度してないよ」
「いや、その…どうせ記憶を消すので説明をしなかったんです」
「あはは。まぁ一応注意するけど、被害者のメンタルケアはしっかりしないと駄目だよ」
「はい。すみません」
「さて、どうやら
少女が、「失礼します」と言い部屋から出ていくと、瞬火は椅子から立ち上がり、いまだに床でへばっている夜遺の腕を掴んで乱暴に立ち上がらせた。
「さ、座って。話すことは沢山ある」
「あ、あぁ…はい」
瞬火は夜遺をベッドに座らせた後、再びパイプ椅子に腰かけた。
「それで…話せるかい?」
「えぇ。一応、多分」
「ならば良し。さて、一応話は聞いているけれど、燐が説明をサボったらしいから多分、戻った記憶について聞きたいことがあるんじゃないかな?」
夜遺が首肯すると、瞬火はニコリと笑って質問を促した。
「ええと…まず、俺は本当に吸血鬼なんですか?」
「うん、間違いないね。調べたから間違いないよ。それに…もし吸血鬼じゃないなら余計に面倒なことになる」
「面倒なことってなんですか?」
「ん?それは…話から脱線するからまた今度ね。じゃ次をどうぞ」
不穏な気配を夜遺は感じるが、聞く雰囲気ではないと思ったので、別の質問をすることにした。
「その、どうして彼女は殺された…んですか?」
殺されたというより消滅したという方が正しいような気もしたが、消滅したという言い方は、勝手に消えたという風なニュアンスがあると感じたので、殺されたという表現を夜遺は用いた。
「あー…彼女っていうと、燐が殺した吸血鬼のことであってる?」
「えぇ、多分、はい」
「まぁ単純に化物だから殺したんだよ。人に危害を加えて生きてる化物だから殺した。あの吸血鬼は確認出来ているだけでも、すでに5、6名殺してるんだよ。野放しになんて出来るわけがない。それに、なぜか砂上君を吸血鬼に変えたからねぇ…。人間を化物に変えることが出来る化物なんて、殺さないといけないだろう?」
「だから、俺も…死刑…なんですか?」
「まぁそうだね。不運だったね。良くあることさ」
犬も歩けば棒に当たるよね、とでも言いたげに、瞬火は軽ーく夜遺を慰めた。
「あー…それで、その…俺動けなくなったんですけど、というかなんか命令に従わされたんですけど、あれはなんですか?」
「魔術。砂上君の記憶の弄ったのと同じだよ」
ゲームでしか聞かないような、空想の先にあるようなフィクションの存在を簡単に肯定され、夜遺は反応に困った。吸血鬼という実感すらないというのに、勘弁して欲しい。
夜遺は渇いた笑いを浮かべた。
「おや、質問は終わりかな?意外と小さいことは気にしないんだね」
「いえ、その…あまりにも突拍子もなくて、受け入れられないだけです」
「あはは。だよねー!まぁ受け入れて貰うしかないんだけどね」
困惑する夜遺を見て、瞬火は楽しげに笑った。
暫くして、瞬火はその笑顔をすっと引っ込めて真面目な顔を作った。
「じゃ本題に入ろうか。砂上君。君は吸血鬼に魅了されて、殺されかけたんだ。それをさっきの子、
「え、えぇ…分かりました」
「よろしい。しかし悲しいことに君を助けることに失敗した。君は死なずに済んだけど、吸血鬼になってしまった」
また同じように、瞬火は夜遺に理解したかと確認し、夜遺は頷いた。
「そこで更に問題が起こって、砂上君が吸血鬼になったと分かっていなかったんだよ。その結果、砂上君の記憶だけ消して終わってしまった。本来なら捕まえるべきなんだけどね」
「どうして分からなかったんですか?」
「砂上君は一目で、コイツ吸血鬼だ!と分かったかい?」
分からなかったから、あの吸血鬼にホイホイ着いていって殺されかけた夜遺は黙るしかなかった。
「でだ、話を戻すよ。結果、砂上君は見逃され、吸血鬼の自覚のない野良吸血鬼になってしまったんだ。そのまま見つからなければ無意識で発動する魅了でモテモテだったんだけどね。しかし砂上君としては残念、私達としてラッキーなことが起こった。なぜか砂上君は、一式燐が追いかけていた魔術使いの拠点で頭と胸に風穴を開けて気絶してたんだよね」
瞬火は声のトーンを一段下げて、夜遺をジッと見つめた。
「いったいどうしてそこに居たのかな?」
「あの時はその……記憶がないと言うか、なにか忘れているような感覚がしてまして、たまたま、その…一式さん?を見かけて、なぜかその忘れたものの正体を知っていると思い、追いかけたんです」
「ふーん?そして頭打たれて気絶してたと…なるほどね。記憶を消す魔術に吸血鬼としてのスペックで対抗できてしまったのかな…?」
瞬火は納得したような声を上げつつ、夜遺から目をそらして、なにかを考え始めるような態度をとった
「あの、その、記憶のことじゃないんですけど質問良いですか」
「ん?あぁ!もちろんどうぞ」
「俺を撃った魔術使い…は捕まったんですか?」
「残念ながら殺し損ねた。悪いね」
「俺の…せいですか」
「いやいや、砂上君は完全な被害者だよ」
「じゃあその…次の質問なんですが、あの魔術使いは多分本物の女性の死体をフィギュアみたいに飾っていたんですが、それはどうなりましたか」
「ん?警察を介して遺族に返したよ。ただ、1人だけ戻ってないね。もしかして行方を知ってたりする?」
夜遺にあんなアバンギャルドな知人はいない。だから当然知らないと答えた。
それから次に聞きたいことを考えていると、パン、と瞬火が手を叩いた。
「さてと、どうやら落ち着いてきたみたいだし…そろそろ聞かせて貰おうかな。砂上君はこれからどうする?」
「どう、と言われても…どうすれば良いんですか?」
「死ぬか、逃げて殺されるか、私の生徒になるか。3つの選択肢を提示したろう?好きなのを選んでくれ」
実質的に一択。夜遺はまだ死にたくはない。生きる理由なんてものは知らないが、そんな理由はなくとも生きていたいし、やはり死にたくはない。
「生徒ってどういうことですか?」
「ん?そうだね。組織に所属して私の部下になると言った方が分かりやすいかな。組織については…入るなら教えられる」
言外に、入らないなら教えないと言われ、夜遺はかなり困った。契約内容不明のブラックシートに名前と印鑑を押せということだからだ。
少し迷った末、殺されるよりはマシという結論に達し、夜遺は頭を下げた。
「分かりました。よろしくお願いします」
信頼は出来ないし、組織というものの実態もよく分からない。しかしこれまでの会話で、この組織というものが警察と繋がりがあり、世の中にいる吸血鬼を狩っていることは分かった。
多分、そこまで悪い組織ではないのだろう。
瞬火という自称先生も裏表があるような人物には見えなかった。
だからまだ信頼は出来ないが、信用は出来ると夜遺は感じた。
やがて、頭上からどこか楽しそうな声が聞こえる。
「砂上夜遺君。ようこそ、アングラホワイトへ」
◇
「さっそくで悪いんだけどさ、腕輪と首輪、どっちがいい?」
「え?」
「あぁ言い方が悪かった。チョーカーと腕輪ならどっちがマシ?」
夜遺は疑問ばかりが次々と浮かぶ現状で、薄々理解つつあった、この瞬火という人物はおそらく相手に合わせた会話が苦手だ。
おおよそ先生を自称するには致命的すぎる欠陥。明らかな人選ミス。
「あー自分が着けるという選択肢なら腕輪です。正直どっちも遠慮したいですが」
「あー残念だけど強制だね。外したら殺すよ~」
ヘラヘラと笑いながら瞬火は足元に置いていた黒い箱を持ち上げ、中から黒く大きな腕輪を取り出した。
その腕輪は見て分かるほどに輪の直径が大きく、腕を通しても絶対にぶかぶかで、すり抜けることは明白だった。
「マジですか?」
「マジ。外したら殺すよ。ま、そう簡単に外れるように作られてないし気にしなくていいよ。一生ものだね。結婚指輪みたいだ。知らんけど」
「その腕輪は、いったいなんですか」
夜遺は恐怖から疑問を口にし、瞬火は困った顔をした。そして瞬火は、腕輪を取り出した黒い箱をガサゴソと漁り始め、一枚の紙を取り出した。
「これは魔術を使う時に補佐してくれるアーティファクトで、着用者のバイタルや位置情報を常に教えてくれる安全装置でもある。砂上君の場合は外した瞬間敵認定を受けるね」
その紙をガン見ながら瞬火は答えた後、それを夜遺に手渡した。
しかしそれを読む時間を与えずに、瞬火は話を始めた。
「ま、そういうわけで、利き手側の腕を出しなさい」
夜遺は手のひらを上に向けて瞬火の方へ手を伸ばすと、瞬火はその腕にぶかぶかの腕輪を通した。
それから瞬火は、明るい調子でなにかを喋り始めた。
その、なにか、に夜遺は言い様のない恐怖を覚えた。
それはあの一式と呼ばれた少女が呟いた言語と同じ物だと分かってしまったからだ。
詠唱はすぐに終わった。それから瞬火は一つ咳払いをしてから言った。
【起動】
腕輪が急速に締まっていき、やがて夜遺の腕にピッタリはまった。
「よし、腕が引きちぎれることはなかった。良かった」
「え?」
「ん?…ま、いいか取り敢えずこれで砂上君をここから出すこと出来るよ。早くここを出よう。ここにあまり長居したくない」
瞬火はパイプ椅子から立ち上がり、部屋の出口へ向かった。それを夜遺は急いで追いかける。
「あの、瞬火さん」
「先生と呼びなさい。それで?なにかな」
「俺の服と靴は、どこですか?」
現在夜遺は白い病院服らしき物を着ており、靴ではなくスリッパを履いている。仮に銃で撃たれて服が爆散したとしても、靴ぐらいは残っているはずだ。
「あぁ。砂上君の私物ね。分かってるよ」
質問には答えていないし、どこに向かっているのかすら分からない。自分の中だけで完結している返事に、夜遺は暗澹たる気持ちを抱いた。
(この人が上司か……)
どうしてこんな目に、と思っているうちに、建物の出口と受付と思われるカウンターが見えてきた。
「やぁアザ!殺さなくて済んだよ。砂上君の私物をくれ」
瞬火はカウンターの向こうで、椅子に自堕落に座りながらスマホをポチポチ触っている男性に声をかけた。
陰気な人だった。髪の毛はボサボサで、メガネは少し汚れている。申し訳程度に白衣を着ているが、その白衣に対して申し訳ないほどにどんよりとした人だった。
「あぁ。そう、君か」
その男性はスマホをから視線を上げて、ジロリと夜遺を見た。メガネのせいで分かりにくかったが、目の下のクマが濃い。それは一朝一夕でつくような物ではなく、長い時間と不健康が重なりあって出来たと分かる重みがあった。
「僕ぁ
気だるげにそれだけ言うと、夜遺の言葉を待たずにカウンターの奥へ消えていき、それから1つのトレイを持ってきてカウンターに乗せた。
「ほら君の私物だ。更衣室がそこにあるから、着替えて出ていきな」
夜遺は瞬火に促され、更衣室で服を着替えた。
「うわ、マジで穴空いてる」
穴が空いていても、これしか着るものはないので仕方なく袖を通す。
「胸に風穴が空いているなんて、随分と先進的なファッションだね」
夜遺が更衣室を出ると、瞬火は行儀悪くカウンターに腰を下ろしていて、楽しそうに笑った。
「さて、行こうか。やるべきことは嫌というほど沢山ある」
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