第5話 先生との恋は難しい
Side—ましろ
テスト前で全部活は中止。
なので、純也君の家庭科部顧問デビューはもう少し後の事になるはず。
今日は、いつもよりも少し早い放課後で。
「ましろ。一緒に帰ろう」
エリカが私の机の所にやって来た。
「え? 遠山君は?」
エリカは浮かない顔で首を傾ける。
「え? けんかでもしたの?」
「まぁ、そんなとこ」
「そっか。ごめん。私、用事あるんだ」
「え? 用事ってなに?」
「へへ。じゃね!」
たっぷり匂わせて、軽く手を上げ、エリカを置いて昇降口の方へと向かった。
今頃、彼氏でも出来たのかな? なんてモヤモヤしてるよ、きっと。
何だか心がスッと軽くなる。
もはや、私とエリカは親友同士と呼べるのだろうか?
靴を履き替えていると
「美月」
突然、声をかけられてはっと顔を上げる――。
元すきぴの、遠山君がいた。
神妙な顔つきだった。
「え? 何? どうしたの?」
「話したい事ある。LINE教えて」
「ちょっと待って。遠山君って、エリカと付き合ってるんでしょ。話ならエリカに聞いてもらいなよ」
「は? 付き合ってないし」
「え? 付き合って……ない?」
じゃあ、あのエリカからの『遠山君と付き合う事になったんだ』っていうメッセージはなんだったの?
「あいつとは付き合い長くて、距離感も近くて、付き合ってほしいって言われたけど、俺はやっぱり友達以上に思えなくて……」
「別れたって事?」
「別れるも何も付き合ってないよ。しばらくお試しみたいな感じで一緒に帰ったりとかしてみたけど」
「そっか……」
私に話しって、もしかして恋の相談?
「そういう話なら、いいよ。LINE」
私はポケットからスマホを取り出して、友達追加のQRコードを彼に差し出した。
あんなに好きだったのに、もうドキドキもなくなった。
自然と友達みたいに話せる気がした。
「ありがとう。夜にでも連絡する」
「うん」
彼はスマホを持った手を、じゃあねと掲げて、去って行った。
恋のベクトルは、もう別の方に向いていて、今私を突き動かしているのは、遠山君じゃない。
駅に向かい、いつもの電車に乗った。
これから自分がしようとしている事に、ドキドキとワクワクが止まらない。
家には帰らず、そのまままっすぐ純也君の部屋へと向かった。
あの辺にいたら、きっと会えるよね。
学校ではあまり話せないけど、学校外なら問題ないよね。
生徒と先生って言ったって、気持ちは自由でしょ?
純也君が住んでいるマンションは、都内の中心部で、治安はすこぶる悪い。
陽が沈むにつれて、通行人の様相が変わっていく。
そんな中、マンションの壁にもたれてスマホで暇つぶししながら、彼の帰りを待った。
1時間、2時間と過ぎ、夕日がネオンに代わり始めた時だった。
スマホの充電はもう残り5%を切っていた。
「お前、何やってんの?」
彼の声にはっと顔を上げる。
「純也君、おかえり」
「何やってんの? って聞いてんの」
怖い顔をしている。
「純也君を待ってたんだよ。機嫌悪いの?」
「帰れ」
「いや」
私の声は届かないみたいに、彼はそそくさとマンションのエントランスに入って行く。
「待ってよ」
私はめげずに追いかける。
「明後日、日曜日だよ。映画行くんだよね?」
部屋の鍵を開ける彼の背中に、そう問いかけた。
「行くわけないだろ」
「どうして? 約束したよ。もう一度、君と恋をするってやつ。純也君だって観たいって言ってたじゃん」
ガチャっと開錠されて、ドアが開いた。
「それは、お前が二十歳だと思ってたからだ。高校生だって知ってたら誘ってないし、連絡だってしてない」
「そっか。それで怒ってるんだね。大丈夫、安心して。3年後に二十歳になるから」
「じゃあ、それから来い」
「映画終わっちゃうじゃん!」
「その頃に、その時流行ってる映画観たらいいだろ」
「ダメだよ。その時に、観たい映画がやってるとは限らないんだから」
「じゃあ、日曜日は友達とか家族と行けよ」
「まぁ、立ち話もなんなんで、部屋で――」
無理やり彼の前を突破しようとした私の体を、彼は強く引き外へと押し戻した。
「酷い!」
「帰れ!」
「鬼! 悪魔! クソ教師!」
彼は無表情のまま、ガシャンとドアを閉めた。
「ちょっと、開けてー。開けてくださーい!!」
大きな声でそう叫びながら、ドアをガンガン叩いた。
すぐにドアが開き、怒った顔がこちらを覗く。
「シンプルに、警察呼ぶぞ」
そして、再びドアは閉じられた。
はぁーっと大きなため息がこぼれた。
もうダメだ。
今日のところは家に帰ろう。
そう、肩を落とした時の事だった。
「あら? お客さん?」
通路を歩いて来た、女性が声をかけてきた。
上品な白いカットソーに短めのタイトスカート。
高いハイヒールをかっこよく履きこなした、きれいな女性だ。
彼女は純也君の部屋の部屋番号を確かめると、インターフォンを押した。
『はい』と彼の声がスピーカーから流れた。
「朝倉です」
彼女がそういうと、ドアはあっさりと開けられて、上半身Tシャツ姿になった彼が顔を出した。
「どうぞ」
ドアを広げて、彼女を招き入れた。
当たり前のように、部屋の中へと消える二人。
ざわざわと胸の中がうるさくなる。
誰? あの女、誰?
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