第33話 飛龍の提案

 瞭寧山には近づくな。

 そう言われる山なだけあって、瞭寧山には登山用に整備された道はない。折れた枝や草を踏みつけながら、一歩ずつ前へ進む。


「……小鈴。道に迷う心配はないんだろうな?」

「心配しないでください。このくらいの山なら、迷いませんから」


 背の高い木が多いせいで、太陽の光はほとんど地面に届かない。昼間なのに薄暗く、不気味な山だ。


「通天犀について、分かっていることは? この山には確実にいるのか?」

「いえ。そもそも、実在しているかどうかも怪しくて……ただ、霊力の強い山の奥にいる、ということしか」


 小鈴の話を聞いて飛龍が唸った。無理もない。見たこともない、いるかも分からないものを探すなんて、無謀で馬鹿げた挑戦だ。

 しかし、他に手段がない。


「特徴は?」

「普通の犀とほとんど同じらしいんですが、額からやたらと長い角が生えているんです」

「その角に解毒効果があるわけか」

「はい」

「……なにか、他に特徴はなかったのか?」


 飛龍に問われ、必死に書物に書き記していたことを思い出す。

 といっても、たいした情報は書かれていなかった。


「臆病で、警戒心が強い、と」

「なるほど。やたらと物音を立てれば、逃げられる可能性もあるわけか」

「はい」


 幻獣でなく普通の動物も、臆病な動物は人間の出す音や匂いに反応して逃げてしまう。動物であれば小鈴は話ができるが、幻獣はどうなのだろう。


「とりあえず、もう少し奥まで……小鈴」


 急に飛龍が立ち止まり、腰の剣を抜く。何事かと周囲を見回すと、木陰から五人の男たちが出てきた。

 年齢はばらばらだ。十代後半にしか見えない者もいれば、四十代にしか見えない者もいる。


「盗賊か。いや……」

「違います、飛龍様。妖です!」


 匂いで分かる。彼らはただの人間ではない。どうしようもないこの腐臭は、間違いなく妖のものだ。


「妖?」


 飛龍が顔を顰めた。生身の人間ならともかく、相手が妖だと、対処法に困ってしまうのだろう。


「でも大丈夫です、飛龍様。ちゃんと攻撃は効きますから」

「そうなのか?」

「殭屍です、こいつら!」


 殭屍たちがとびかかってきたのと、小鈴が叫んだのはほとんど同時だった。


「動く死体ですよ! 人間なので、普通の攻撃でも効果はあります。ただ、痛みは感じません!」


 叫びながら、小鈴も動く。殴りかかってきた殭屍の拳をかわし、ひとまず距離をとる。殭屍たちは口を開けた間抜け面のまま、小鈴にまた飛びかかってきた。

 殭屍に高度な知能はない。だが、動く死体というのは厄介だ。既に死んでいる以上、痛みで彼らがとまることはないから。


「小鈴、こいつらの弱点は!?」


 叫びながら、飛龍が一体の殭屍の右腕を切り落とす。腕を切り落とされたにも関わらず、殭屍はまた飛龍へ近づく。


「頭です! 頭を潰せば、動かなくなります!」

「分かった!」


 殭屍に会うのは初めてではないが、慣れているというほどでもない。鼻を塞ぎたくなるような腐臭を我慢しつつ、小鈴は懐から小刀を取り出した。





「……なんとか倒したが、あまり気分のいいものではないな」


 地面に倒れた殭屍を見ながら、飛龍が呟く。


「……すいません」

「いや、小鈴が謝ることじゃない。それに、俺にも姿が見える妖でよかった、と思うべきだろうな」


 通常の人間にも姿が見えるのは、基本的にかなりの妖力を持つ妖だ。だが、殭屍は例外である。

 殭屍を視認できるのは、彼らが人間の肉体を有しているからだ。


 地面に倒れた殭屍たちは皆、頭部を潰されている。これしか方法がなかったとはいえ、気が進む戦い方ではなかった。


「この山に殭屍が多いのは、死体が多いからか?」

「はい。基本的に、きちんと寿命を全うした人は殭屍にならなくて……強い後悔とか、恨みを持って死んだ人が殭屍になることが多いんです」


 頷くと、飛龍は殭屍の死体に近づいた。剣先で服をずらし、首元を確認する。

 全員、二本線の刺青が入っていた。


「罪人の証だ」


 よかった、とは言わない。けれど飛龍は少し安心した顔になって、小鈴の手を握った。





「……あと少しで山頂だが、どうする?」


 整備されていない道を進むだけで、かなり体力を消耗する。加えて、先程の殭屍との戦いでもかなりの体力を消耗した。


 私一人ならともかく、飛龍様もいるんだもの。瞭寧山で一晩を明かすわけにはいかないわ。


 一刻も早く目的を達成し、下山しなければならない。


「そうですね。その、水辺にもやってくると書いてあったので、川の近くを探してみる……とか」

「その通天犀とやらを見つけられたとして、角はどうやってとるんだ? 強暴なのか?」

「……分からないんです」


 分からないことばかりで申し訳ないけれど、嘘をつくよりはいいだろう。飛龍も小鈴を責めることはせず、なるほど、と頷いてくれた。


 そもそも通天犀なんて、本当にいるの?

 いやいや、今弱気になったって意味ないんだから、ちゃんと信じなきゃ。

 いやでも……。


 不安がどんどん胸の中で広がっていく。感情がぐちゃぐちゃになって泣きそうになったところで、なあ、と飛龍が立ち止まった。


「俺に一つ、提案があるんだが」

「提案?」

「お前が通天犀に化けるのはどうだ? 警戒心が強いなら、同じ種族がいた方が安心するんじゃないか」

「それは……そうかもしれません」


 絶対にそうだ、とは言いきれないけれど、効果があるかもしれない。なにより、せっかく飛龍が考えてくれた作戦だ。


「私、やってみます!」

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