第19話 私と一緒

「贈り物も買えたし、そろそろ戻る?」


 立ち止まった美雨が、空を見上げながら言った。まだ太陽は沈んでいないが、少しずつ夜の気配を感じる。


「少し離れたところには色街もあるし、遅くなれば明日にも響くわ。暁東様も、あまり遅くなると口うるさいし」

「はい」


 美雨に手伝ってもらって、飛龍への贈り物を買うことができた。気に入ってくれるかは分からないけれど、渡したい。


 そして、ちゃんと謝るの。飛龍様の気持ちを考えず、突っ走ってごめんなさいって。


 とはいえ、飛龍と佩芳を仲直りさせたい、という気持ちは変わらない。だからこそ、丁寧に事を進めなければ。


「……わっ!」


 考え事をしていたからか、目の前の人にぶつかってしまった。慌てて頭を下げたところで、なにやら人だかりができていることに気づく。


「美雨さん、これは?」

「ああ。旅芸人よ。見えない?」


 美雨には見えているのだろうが、背の低い小鈴にはなにがあるのか全く見えない。背伸びしてみてもやっぱり無理だ。

 どうしようかと悩んでいると、美雨が強引に腕を引っ張って、人混みの中を前へ前へと連れていってくれた。


「強引に進まないと駄目なのよ、こういうのは」


 耳元で囁かれ、そういうものかと頷く。

 目の前を確認すると、派手な袍を着た男が立っていた。手にはやたらと大きな杖を持っていて、地面に敷いた布の上に、大小様々な大きさの箱を置いてある。


「今からご覧に入れますのは、世にも珍しい仙術でございます!」


 男が大袈裟に喋りながら両腕を広げる。すると、わああっ、と人々が歓声を上げた。


 仙術って……あの、梓宸さんが使うような?


 嫌な予感がして、全身に力が入る。こんなところで元の姿に戻ってしまったら、必ず大騒ぎになるだろう。


 それに、美雨さんにだって嫌われちゃうかもしれない。


「あ、あの、美雨さん……」


 早く帰りましょう、と言ったが、小鈴の声は周囲の声にかき消されてしまった。それに、美雨は好奇心に満ちた眼差しを旅芸人へ向けている。


 どうしよう。今のところは、嫌な感じはしないけど……。

 私に悪意があるわけじゃないだろうし、いいのかな? でも仙術師っていうなら、私が半妖だってことも分かってるのかな。


「では皆様、この箱にご注目ください」


 大きな箱を杖で示した後、男は箱の蓋をとった。そして箱を持ち上げ、人々に中を見せる。


「見ての通り、箱の中には何も入っておりません。種も仕掛けもない、ただの箱でございます」


 男が再び箱の蓋を閉じる。そして三回、箱を杖で叩いた。


「ですが……ほら!」


 男が蓋を開く。すると中から、大量の烏が飛び出してきた。烏たちは一斉に鳴き、人々も驚きの声を上げる。

 すぐに烏は飛んでいき、見えなくなってしまった。


 すごい。何もないところから烏が出てきた……!


「……でもこれって、仙術じゃないような……?」


 箱の中から出てきたのは妖ではなく、ただの烏だった。

 それに仙術は、無から有を生じさせるようなものではない。


「そうね。ただの手品だわ」


 小鈴の呟きを耳ざとく聞いた美雨が耳元で囁いた。相変わらず彼女の眼差しは、真っ直ぐ男に向けられている。


「でもいいじゃない。仙術師だろうが手品師だろうが、こうしてみんなが盛り上がってるんだから」


 そういうものなのだろうか。

 確かにここにいる人のほとんどは、男の正体なんて気にしていないだろう。


「ねえ小鈴。あとちょっとだけ楽しんでから帰らない?」

「はい、美雨さん」


 美雨さんは、私が半妖だって分かったらなんて言うんだろう。

 そんなのどうだっていいじゃない……なんて、言ってくれたらいいのにな。





「つい、夢中になっちゃったわね」

「はい。初めて見ましたけど、面白かったです」


 あの後も、旅芸人の男はいろんな芸を披露してくれた。かなり盛り上がって、投げ銭も多かったはずだ。


 それに、あの人が本当の仙術師じゃなくて助かった。


「美雨さん。本物の仙術師って、あんまりいないんですか?」

「そうね。だって本物は、あんな稼ぎ方をしなくていいもの」

「そうなんですか?」

「ええ。妖が原因で起こった事件を解決するために、力が強い仙術師は大人気だもの」

「……佩芳様に仕えていらっしゃる梓宸様も、ですか?」


 梓宸の名前を口にしただけで、少し緊張した。でも美雨は、小鈴の緊張には気がつかなかったようだ。


「そうね。でもあの方は、少し特殊だわ」

「特殊?」

「仙術師は大抵、特別な家系に生まれた人しかなれないの。妖を見る特別な力は、特別な血に宿るものだから」

「……特別な血」

「だけど梓宸様は孤児なの。まあ、両親が分からないから、どこかの名家の血が流れているのでは、なんて噂だけれどね」


 孤児って、両親がいないってことだよね。

 あの人……私と一緒なんだ。


「だから梓宸様は昔、妖を敵ではなく、友達と認識していたそうよ」

「えっ!?」

「そんな梓宸様を佩芳様は受け入れたの。だから、未だに梓宸様を悪く言う人もいるわ」


 梓宸さんが、妖を友達だと認識していた? 本当に?


「まあ、とにかくそういうわけで、仙術師っていうのはすごく少ないの。仙術師、なんて名乗る人に騙されちゃ駄目よ、小鈴」

「わ、分かりました」

「どうせ私たちには、仙術なんて分からないんだしね」


 あーあ、と美雨が溜息を吐く。


「私も、妖が見えたらいいのに」

「どうしてですか?」

「その方が世界が広がって、楽しそうじゃない」


 ねえ、小鈴? と笑顔で見つめてくる。なんだかそれが嬉しくて、はい! と大声で返事をした。

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