第18話 初めての王都

「ここが、王都……!」


 城の門を出て正面に、真っ直ぐにどこまでも続く長い道がある。その道はいくつもの道に枝分かれしていて、迷ったら大変なことになってしまいそうだ。

 それになにより、人や馬車の数がかなり多い。少しでもぼーっとしているだけで、邪魔だと通行人に睨みつけられてしまう。


 それに、みんな、歩くのがすごく早くない……?


 田舎に暮らしている人とは歩き方まで違う……なんて思ってしまうのは、小鈴の勘違いだろうか。


「ちょっと、あんまりうろうろしないの」


 いきなり美雨に腕を引かれた。


「人が多いってことは、変な人も多いってこと、忘れないようにね。貴女は幼く見えるし、すぐ狙われそうだわ」

「……気をつけます」


 幼く見える顔立ちに加えて、田舎者で土地勘もない。美雨の言う通り、ちゃんと気をつけなくては。


「王都のこと、どれくらい知ってるの?」

「えっと、なんというか、全然知らないです」


 とにかく栄えている場所、という認識しかない。

 美雨も、小鈴になにか知識を期待していたわけではないのだろう。分かったわ、とすぐに頷いた。


「城のすぐ近くは、住宅街よ。官吏や貴族たちの家ね。市場から少し離れているから、静かなの」

「なるほど。確かに、大きいお屋敷が多いですね」

「ちなみに暁東様の実家もこのあたりにあるそうよ」

「えっ、そうなんですか!?」

「ええ。出世する可能性が高いから、あの人に好かれておいて損はないわよ」


 そう言うと、美雨は小鈴の手を握ったまま歩き出した。


 美雨さん、私に歩幅、合わせてくれてる。


 小鈴に比べ、美雨はかなり背が高い。そのため足も長いのだが、小鈴に合わせてゆっくり歩いてくれている。


 私を励まそうとしてくれたっていうのも、やっぱり本当なんだな。





「こっちが西市、こっちが東市よ。王都にはこの二つの市場があるの」


 しばらく歩いたところで立ち止まり、美雨が左右の道を指差した。

 左に進めば西市、右に進めば東市があるようだ。


「それぞれの違いとかって、あったりするんですか?」

「そうね。どちらもいろいろなお店があるし、どちらでも楽しめると思うけれど」


 うーん、と美雨は少しの間頭を抱えた。


「西市の方が、ちょっとだけ高価な物が多いかしら? もちろん、東市にも高いお店はあるし、西市にも安いお店はあるけれど」

「なるほど……だったら、今日は東市に行きたいです。あまりお金があるわけじゃないので」

「そうね、分かったわ」


 家を出る時に林杏が持たせてくれたお金と、給料としてもらったお金はある。でも、自由に遊べるほど大量のお金は持っていない。


 それに、もしもの時のために、お金はとっておいた方がいいもんね。


「じゃあ、ついてきて。市場は物取りや物乞いもいるから気をつけるのよ」

「はい」


 はぐれないように、美雨とくっついて道を進む。市場の中は何区画かに分けられていて、区画ごとに似たような店が集まっているようだった。

 野菜や肉などの食料、衣服や髪飾り、酒屋……本当にいろいろな物が売っている。品物が多すぎて、目移りしてしまう。


「なにか欲しい物はあるの、小鈴?」

「えっと、得になにかが欲しいっていうわけじゃないんです」


 王都そのものに関心はあるけれど、これといって欲しい物はない。

 城に帰ればきちんと食事をもらえるし、眠る場所もある。着る物にだって困っていない。


「そう? 無欲なのね、小鈴って」

「……美雨さんは、欲しい物とかあるんですか?」

「ええ。新しい簪も欲しいし、腰紐も帯も欲しいわ」


 あれもいいわね、これも……なんて言いながら、美雨は服飾品を売っている区画に向かった。小鈴も美雨についていく。

 いろいろな店を見てまわっていると、ふと、美雨が小鈴の簪を見つめた。


「そういえばそれ、かなりいい簪よね。会った時からちょっと気になっていたの。言い方が悪いかもしれないけど、田舎生まれの庶民が持っているような物じゃないから」

「分かるんですか?」

「ええ。私の実家、それなりに大きな商家なのよ。物の価値は、その辺の人より分かるつもりだわ」

「貰い物なんです、これ」


 飛龍様からの、とは言わなかった。薄々気づいているのかもしれないが、美雨も何も言わない。ただ、じっと簪を見つめている。


「ねえ、小鈴。簪を送る意味、知ってる?」

「簪を送る意味……?」

「ええ。いくつかあるけれど。たとえば、貴女を守る、とかね」


 飛龍がどんな意味を込めて簪を送ってくれたのかは分からない。もしかしたら、特に意味はないのかもしれない。


 でも、この前だって飛龍様は、私のことを助けてくれた。


「あの、美雨さん」

「なにかしら?」

「他にも贈り物によって、なにか意味があったりするんですか?」

「そうね。いろいろあるわよ。もちろん、知らない人も多いから、気にしすぎる必要はないと思うけれど」

「……私、欲しい物が決まりました。大切な人への贈り物です」


 小鈴が飛龍にあげられるものなんて限られている。たいしていい品は買えないし、飛龍にとっては無用の物かもしれない。

 けれど、小鈴がこの簪を見て飛龍のことを思い出したように、飛龍にも小鈴を思い出してほしい。


 それに、贈り物があれば、飛龍様に謝るきっかけにもなる。

 飛龍のことを思っての行動だったとはいえ、小鈴のとった行動で飛龍を傷つけてしまった。そのことについては、ちゃんと謝りたい。


「分かったわ。贈り物選び、私が手伝ってあげる」

「ありがとうございます、美雨さん!」

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