第17話 気分転換
「え? 私、飛龍様に食事をお持ちしたんですけれど……」
「知っている。だが、今日はお前を通すな、と飛龍様から言われているんだ」
見張りが小鈴の前に立ちふさがる。そして、強引に小鈴の手から盆を奪った。
なにそれ。飛龍様が、私に会いたくないってこと?
「分かったら持ち場へ戻れ」
鼠をあしらうように言われ、小鈴はしぶしぶ歩き出した。飛龍に会いたいけれど、飛龍は小鈴に会いたくないのだ。仕方がない。
騙すような真似をしたんだもの。怒られても仕方ないわ。
月を見ようと誘い、佩芳と会わせた。二人が顔を合わせたところを見ればなにかが分かるかもしれないと思っていたが、分かったのは、佩芳に歩み寄る意思がないということだけだ。
◆
「ちょっといいかしら、小鈴」
美雨が小鈴を訪ねてきたのは、小鈴が一日の仕事を終え、部屋へ戻った直後のことだった。
「飛龍様と喧嘩したんだって?」
入っていい? と聞くこともなく、美雨は小鈴の部屋へ入った。
そして椅子に座り、じっと小鈴を見つめる。
「見張りに止められて、中へ入れなかったんでしょう?」
「……どうして知ってるんですか?」
「耳を澄ましたのよ」
答えにならないことを言って、美雨はくすりと笑った。
「それで、貴女が落ち込んでいるんじゃないかと思って、心配して見にきたの」
「……本当ですか?」
「ええ。まあ、好奇心半分、心配半分、ってところかしらね」
両者の割合については疑わしいが、小鈴のことを心配してくれたのは事実だろう。美雨はいつも、なにかと小鈴のことを気にかけてくれている。
「それで、上司として貴女を励まそうかと思って。一つ、提案があるわ」
「提案?」
「王都を案内してあげようかと思ってね。そろそろ、休みがとれるのよ」
「……王都を?」
城へくる時に王都を通ったが、馬車から眺めていただけだ。実際に王都で遊んだことは一度もない。
「小鈴は山奥の村からきたんでしょう。王都は楽しいわよ。いろんな人や物が集まる場所だもの」
「いろんな物や人……」
「ええ。きっと、いい気分転換になるわ。明日、一緒に出かけない?」
城へきてから、休みをとったことは一度もない。当然、疲れはたまっている。
飛龍様のことは心配だけど、この調子だと、明日も会ってくれないだろうな。
どうしたものかと悩んでいたけれど、一度、気分転換してみるのもいいかもしれない。
◆
「というわけで、行くわよ、小鈴」
「……えっと、この部屋、いったいなんなんですか?」
朝起きてすぐ、美雨が部屋までやってきた。そのまま王都へ出かけるのかと思っていたら、正門付近にある建物へ連れてこられたのだ。
建物内には多くの役人がいて、忙しそうに動きまわっている。彼らの間を縫って、小鈴たちは一番奥にある部屋の前にやってきた。
「暁東様の執務室よ」
「暁東様っていうと……美雨さんの上司の?」
「ええ」
城へきた日、暁東には一度だけ会っている。しかしそれから、暁東には会っていない。
個人の執務室があるなんて、すごく偉い人なんじゃないの?
「あの、どうして暁東様のところへ……?」
「決まってるじゃない。外出の許可をいただくのよ」
「えっ!? 許可、まだ取れてないんですか?」
てっきり、美雨が既に外出の許可をとってくれているのだと思っていた。というか、美雨が外出の許可を与えてくれるものだと思っていた。
しかしどうやら、外出の許可を与える権限は美雨にはないらしい。
「でも大丈夫だと思うわ。暁東様はお優しい方だし、落ち込んでいる部下を励ますためだと言えば、きっと……!」
美雨の目が燦々と輝き始めた。そんな彼女の表情を見ていると、もしかして……という気持ちになってくる。
私を励まそうと思って、なんて言ってくれたけど、実は美雨さんも街に出かけたいだけなんじゃないの?
「私がお願いするから、貴女は後ろにいてくれるだけでいいわ」
「……はい」
「まあ、ちょっと元気がなさそうな顔をしてくれたら、もっといいわね」
冷静な声でそんなことを言った後、扉を叩き、美雨が執務室の扉を開いた。
「失礼します、暁東様」
「おお、美雨!」
美雨の顔を見て、暁東が笑顔で立ち上がる。執務机の上には、大量の書類が山積みになっていた。
「どうかしたか、美雨」
忙しいだろうに、暁東は優しい笑顔で二人を迎え入れてくれた。
「今日は、暁東様に外出の許可をいただきたくてまいりました」
「外出許可? 美雨、またか?」
呆れたように暁東が笑った。少し困っているようにも見えるけれど、その表情は柔らかい。
「あれこれと理由を考えるのは、結構大変なんだぞ」
「申し訳ありません。ですが今回は仕方ないのです。部下を励ますため、どうか街へ行く許可をください」
「……部下? 小鈴のことか?」
暁東に見つめられ、慌てて小鈴は悲しそうな表情を取り繕った。演技はあまり得意ではないが、一応、上司である美雨の言うことは聞いておかなければ。
「はい。故郷も離れ、気心の知れた友人もおらず……小鈴は寂しい思いをしているそうです。そこで姉代わりでもある私が、王都を案内してあげようと思いまして」
「なるほどな」
暁東はほんの少しの間黙り込み、次の瞬間、明るい笑顔で頷いてくれた。
「分かった。俺が上手くやっておくから、今日は楽しんでくるといい」
「ありがとうございます、暁東様! やっぱり、とても頼りになる上司ですね」
分かりやすい褒め言葉を口にし、美雨が後ろを振り向く。
目が合うと、やったわね、と声に出さずに言われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます