第16話 満月の下で
「飛龍様、夕餉をお持ちしました」
食事をのせた盆を、そっと机の上におく。ああ、と頷いて、飛龍は手に持っていた本をおいた。
飛龍はずっとこの部屋で過ごしている。本を読んで過ごすことが一番多いらしく、部屋には大量の本がある。
「小鈴」
飛龍が食事をしている間、横に座ってその様子を眺める。
飛龍の食事はいつも豪華だ。侍女用に出される小鈴の食事とはまるで違う。
閉じ込められていること以外は、飛龍様の待遇は悪くないのよね。
それって、佩芳様が飛龍様を嫌っているわけじゃない……ってことにはならないのかな?
「今日は、なにをして過ごしたんだ?」
「翠蘭様とお話をしました。空いた時間には、書庫にも行きましたよ」
美雨に案内してもらってから、書庫にはよく足を運んでいる。そのたびに毒に関する書物を見ているのだが、これといった発見はない。
「そうか」
小鈴がなにをして過ごしたかを聞き、安心したように笑う。そんな飛龍を見るたびに、心臓がきゅっと締めつけられる。
飛龍と二人きりで過ごす時間は好きだ。しかし今日は、のんびり楽しんでなんていられない。
翠蘭様と一緒に考えた作戦を実行しなきゃいけないんだもん。
◆
「そろそろ、部屋へ戻らないと。……そうだ、飛龍様。今日は、すごく月が綺麗だったんですよ」
「月が?」
「はい。綺麗な満月でした」
大丈夫だよね。私、自然に振る舞えてるよね?
「一緒に、月見でもしませんか?」
「……外へ出られないことは知っているだろう」
「はい。でも、ちょっとくらい……。ほら、見張りの人も一緒なら、いいんじゃないですかね?」
二人を会わせるためにはまず、飛龍を外へ出さなければならない。
そこで考えたのが、月見である。
外へ出ようとして見張りに止められたとしても、問題ない。
だって少しでも外へ出れば、佩芳様に会えるんだもの。
翠蘭は今日、佩芳と夕餉を共にしている。食後に佩芳を散歩に誘い、龍宮の前に連れてくる……という計画だ。
「お願いです、飛龍様」
飛龍の手をぎゅっと掴み、上目遣いで見つめる。
なんとしても、この作戦は成功させたい。
「綺麗な月だから、飛龍様と一緒に見たいんです」
「……小鈴」
飛龍を騙しているようで、少しだけ罪悪感がある。けれどこれも、飛龍のためだ。
「分かった」
◆
「だめです。これ以上外に行かれては……!」
小鈴と共に飛龍が外へ向かおうとすると、慌てた見張りに取り囲まれてしまった。だが、見張りは飛龍を拘束しようとはしない。
飛龍は丸腰で、しかも一人だ。強引に部屋へ連れ戻そうとすれば、いくらでも方法はあるはず。
手荒な真似はできない……ってことだよね。
飛龍様が皇子だから? それとも、佩芳様に命じられているから?
理由は分からないが、とにかく、小鈴にとっては都合がいい。
「見てください飛龍様。ほら、月が綺麗でしょう」
真ん丸な月を指差し、にっこりと笑う。飛龍が視線を月へ向けた、ちょうどその時。
「あら、小鈴。偶然ね!」
あまりにもわざとらしい翠蘭の声が響き渡った。
声が聞こえた方を確認すると、翠蘭の横には佩芳が立っている。
「……兄上」
飛龍の声は震えていた。小鈴が見たことのない表情で、じっと佩芳を見つめている。
寂しそうで、怒っているようでもあって……そして、助けを求めているような顔。
「飛龍」
飛龍の名を呼びながら、佩芳がゆっくりと近づいてきた。
並ぶと、兄弟だということがはっきりと分かる。母親が異なる二人は瓜二つというわけではないが、どこか似た雰囲気があるのだ。
しかしそれと同時に、並ぶと二人の違いもより明確になる。
身長は同じくらいだが、佩芳に比べると飛龍は細身だ。そして色が白い。
「療養中は、部屋から出るなと言ったはずだぞ」
佩芳の声は力強く、冷ややかだった。一瞬だけ目を見開いた飛龍が、すぐに下を向いて顔を隠してしまう。
「……分かっている」
「なら、すぐに部屋へ戻れ。お前は病気なんだから」
どうして、そんなこと言うの?
飛龍様が悲しんでいるのが、分からないの?
二人の間になにがあったのかは知らない。でも、どうしようもなく腹が立つ。たとえどんな理由があったとしても、佩芳の態度は許せない。
だって私は、飛龍様が好きなんだもの。
「待ってください。飛龍様は、ずっと……」
「余計なことを言うな!」
「だって……!」
飛龍はずっと、佩芳を支えて、共にいい国を作ることを夢見てきた。
病気をでっち上げられた今だって、おとなしく佩芳に従っている。
そんな飛龍様にこんな態度をとるなんて、あんまりだわ。
「私が仕組んだことなんです」
今まで黙っていた翠蘭が、ゆっくりと口を開いた。飛龍と佩芳の間に立ち、じっと佩芳を見つめる。
「勝手な真似をしてしまって、申し訳ありません。私が小鈴に頼んだんです。お二人に、昔のように戻ってほしくて」
何も喋るな、と翠蘭に目で念を押される。
きっと、彼女が全ての責任を追うつもりなのだ。翠蘭であれば、佩芳に罰されることはないだろうから。
「……翠蘭」
「はい」
「出過ぎた真似をするな」
それだけ言うと、佩芳は小鈴たちに背を向けて歩き出してしまった。それと同時に、飛龍も部屋の中へ戻ろうとする。
とっさに伸ばした腕は、呆気なく振り払われてしまった。
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