第11話 このままでいいの?

 横になってしばらくすると、身体の調子が戻ってきた。しかし、先程の男のことを思い出すだけで身体が震えてしまう。


 こんなの、生まれて初めてだ。


「落ち着いたか、小鈴?」

「は、はい」


 ゆっくりと身体を起こす。飛龍がそっと背中を支えてくれた。


 やっぱり飛龍様は、優しいままなんだ。


「助けていただいて、ありがとうございます」


 小鈴が頭を下げると、飛龍はバツが悪そうに顔を背けた。構わず、ありがとうございます! と繰り返せば、目を逸らしたまま飛龍が頷く。


「……鳥が大量にきたんだ」

「鳥が?」

「ああ。俺には鳥の言葉なんて分からないが、お前になにかあったんだろうと思った」


 そうか。鳥たちが、私の危険を知らせてくれたんだ。

 そして飛龍様は、私が危ないと思って、助けにきてくれたんだよね。


「無事でよかった」


 大きい手のひらが近づいてきて、小鈴の頭を乱暴に撫でた。昔を思い出して、つい、手のひらにすり寄ってしまう。

 飛龍は驚いた顔をしたけれど、拒むことはなかった。


「だがな、小鈴」


 急に厳しい顔つきになって、飛龍が小鈴の手をぎゅっと掴んだ。


「危ないことはするな。俺がこなかったらどうなっていたか、分からないわけじゃないだろう?」


 もしあのまま、飛龍が助けにきてくれなかったら……。

 想像するだけで恐ろしい。


「……ごめんなさい。でも私……」


 なにも言えなかったのは、佩芳を疑っていると口にしたくなかったからだ。

 しかし、飛龍は気づいているだろう。


「お前は優しいな」


 微笑んで、飛龍は小鈴をぎゅっと抱き締めた。そのせいで、飛龍がどんな顔をしているのかが分からなくなる。


「父が倒れた時、兄上を疑う者も大勢いた」


 小鈴を抱き締めたまま、飛龍がゆっくりと話し始める。飛龍の温もりを感じながら、小鈴は黙って話を聞くことに徹した。


「だが、証拠は何も見つからなかった。父上はただの病気だ」


 本当にそうなの?

 飛龍様が、自分にそう言い聞かせているわけじゃなくて?


「お前は、余計なことはしなくていい」

「飛龍様……」

「兄上も、俺とお前が会うだけなら、なにもしてこないだろう」


 それって、こうしてまた会いにきてもいいってこと?


 じっと見つめると、飛龍は柔らかい表情で頷いてくれた。

 確かにこのままでも、飛龍に会うことはできる。けれど飛龍は、自由に外へ出られないままだ。


 それに、夢を失ったまま。


「これでいいんだ」


 いいわけない。だって飛龍様は、すごく悲しそうな目をしているんだもの。


「このままで、いい」


 頷いた飛龍を見て、小鈴は気づいてしまった。

 飛龍が、本当は兄を疑っていること。だけど、疑いを確信に変えたくないこと。


 飛龍様は今でも、佩芳様を慕ってらっしゃるんだ。

 こうして閉じ込められたままでいるのは、佩芳様に歯向かう気がないから。


 飛龍の佩芳に対する強い気持ちが分かってしまったために、どうすればいいか分からなくなる。


「なあ、小鈴。お前は、今の俺のことも好きか?」

「はい」


 躊躇いなく小鈴が答えると、安心したように飛龍は笑った。


「そうか」


 もう一度、力強く抱き締められる。なにを喋ればいいか分からなくなって、そっと飛龍の腰に腕を回した。





「ところで小鈴。お前、あの男が何者か分かるか?」

「あの男って……あの、不気味な人ですよね?」


 小鈴が聞き返すと、そうだ、と飛龍が頷いた。


「あいつは梓宸ズーチェン。兄上付きの仙術師だ」

「仙術師……?」

「ああ。仙術を扱い、妖を従えることもできる……そう言っていたな」


 だから私、変化の術が解けそうになっちゃったんだ。

 あの人は、私を妖だと疑っていたってこと?


「悪い男ではないが、兄上が絡むとなにをしでかすか分からない。気をつけろ」

「……はい」


 できれば、もう二度と会いたくない相手だ。


「もう遅い。気をつけて部屋へ戻れ」

「分かりました」

「明日の朝、食事を持ってくるのを楽しみにしている」

「飛龍様……!」


 笑顔で背中を押される。

 また明日、と叫ぶように言って、小鈴は飛龍の部屋を後にした。





「……飛龍様、昔と変わってなかったな」


 相変わらず優しくて、格好良くて、温かい。

 小鈴のことを助けてくれたし、なにより、また会おうと言ってくれた。


 このままでも、幸せに過ごせるのかもしれない。毎日飛龍様に会えるのだから。

 真実なんて、知らなくていいのかな。飛龍様だって、知りたくないのかもしれないし。


 一瞬そんなことを考えてしまい、小鈴は慌てて頭を振った。


「ううん、駄目だ、そんなんじゃ」


 このままでいい。そう思っているのは、飛龍だけかもしれない。こっそり、佩芳が飛龍の命を狙っているかもしれないのだ。


「やっぱり、本当のことを知りたいし、それに……」


 二人に、仲直りしてほしい。飛龍様は絶対、それを望んでいるから。

 でももし本当に佩芳様が陛下に毒を盛ったのだとすれば、そんな相手と仲直りなんてできるの?


 考えれば考えるほど、頭が痛くなってしまう。溜息を吐いて空を見上げると、憎らしいほど丸い月が輝いていた。

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