第10話 もう大丈夫
「思ってた以上に、毒っていっぱいあるんだ……」
毒として恐れられているもの。調理方法を誤れば毒になってしまうもの。
簡単に入手できるものから入手困難なものまで、図鑑ではいろいろな毒が紹介されていた。
でも、どの毒かなんて、分からないよね。
お茶を飲んだ直後に倒れた……ってことしか、分かってないわけだし。
「当時の状況、もっと詳しく分からないかな」
◆
「えーっと、あと行ってない場所は……」
城内を歩き回り、ありとあらゆる動物たちに話を聞いてみた。だが、これといった情報は得られていない。
そりゃあ、そうだよね。陛下は動物を飼っていたわけじゃないから、近くで見ていた動物はいないもん。
「あとは、どうしたらいいのかな」
当時の状況を詳しく知る人物……お医者さん、とか?
皇帝が倒れたのだから、すぐに医者がやってきたはずだ。実際今だって、寝たきりの皇帝の傍にはずっと医者がいる。
当然、原因についても調べただろう。
「だけど、分からなかったんだよね?」
図鑑で調べただけの小鈴より、ずっと毒にも詳しいだろう。だが、医者は毒だと気づかなかった。あるいは、毒だと気づいていないふりをしている。
それってやっぱり、佩芳様が深く関わっているから?
本当に、皇帝陛下の病は佩芳様が仕組んだものなの?
佩芳への疑いで頭がいっぱいになってしまう。飛龍の兄を疑いたくはないが、そもそも、飛龍を精神病だとでっち上げた男である。
「そこでなにを?」
いきなり背後から声をかけられた。慌てて振り返ると、細身の男が立っている。顔色が悪く、目つきも悪い。
鋭利な刃物のような印象を持つ男で、自然と後ずさりしてしまう。
それに……こんな服、見たことない。
城内にいる人々は、所属や役職に応じた服を着ている。服装を見れば、どこでなにをしている人かが大体わかるのだ。
しかし目の前にいる男は、今まで見てきた誰とも違う。
お客さんとか? でも、高貴な人って感じもしないんだよね。
「なにをしているのかと、そう聞いているんですよ」
無言になってしまった小鈴に対し、男は冷ややかに言った。男が近づいてくるたびに、鼓動が速くなる。
なぜかは分からないが、本能的にこの男が怖いのだ。
細身だし、強そうってわけじゃないのに……どうして?
「わっ、私はその……」
「翠蘭様付きの侍女が、こんなところにいるのはおかしいでしょう」
男の言う通りだ。
「さ、散歩です。仕事が片付いて、ゆっくりする時間があったものですから……」
「散歩、ですか」
男はじっと小鈴を見つめた。目を合わせることが怖くて、とっさに目を逸らしてしまう。
「城内を歩き回るのはやめていただきたい。貴女がいい加減なことをすれば、翠蘭様の評価が下がります」
「は、はい」
「そしてそれは、佩芳様の評判を悪くすることに繋がりかねない」
小鈴が一歩下がれば、男は二歩近づいてくる。そして、いきなり小鈴の手首を掴んだ。
「えっ……!?」
とっさに振り払おうとするが、手が全く動かない。それほど強い力で掴まれているわけではないのに。
……なにかがおかしい。
掴まれた手だけでなく、足も、首も、全身が動かなくなってしまった。
「貴女……」
男に見つめられると、ぞわっ、と不気味な感覚がした。そして、全身がむずむずしてくる。
まずい。
理由は分からないけど、このままじゃきっと、変化の術が解けちゃう……!
放してくださいと叫びたいのに、口を動かすこともできない。
このまま、もし半妖だってバレたら、どうなっちゃうの?
化け物だってここから追い出される?
ううん、それだけじゃ、済まないかもしれない。
昔だって、飛龍様以外の人は最初、私を殺そうとしたんだから。
「なにをしている!」
突如響いた大声に、小鈴は泣きそうになった。
……飛龍様?
駆け寄ってきた飛龍が、強引に小鈴と男を引き離す。そして小鈴を庇うように、男の前に立ちふさがってくれた。
「これはこれは、飛龍様。どうなさったのですか? それに、外に出ていらしてはだめじゃないですか」
ちら、と男が飛龍様の背後を確認する。見張りの男たちが、慌てて追いかけてきていた。
「お前こそ、侍女をいじめてなんのつもりだ」
「いじめてなどいません。怪しい動きをしていたから、質問しただけですよ。ねえ」
一瞬視線を向けられただけで、全身が震えてしまう。
そんな小鈴を、飛龍は軽々と抱きかかえてくれた。
「こいつは俺の食事係だ」
「……彼女が?」
「ああ。なにか問題でも?」
駆けつけてきた見張りが、飛龍様! と泣きそうな顔で名前を叫ぶ。
「早くお部屋にお戻りくださいませ……!」
「こ、こんなこと、佩芳様に知られたら……」
見張りたちの泣きそうな顔を見て、飛龍は溜息を吐いた。
「すぐに戻る。ただ、こいつは連れて帰るぞ」
小鈴を抱いたまま、飛龍は気味の悪い男を睨みつけた。
「おとなしく部屋にこもっているんだ。女を一人連れ込むくらい、何の問題もないだろう?」
男の返事を聞かず、飛龍が歩き出す。
「……小鈴」
まったく、と飛龍は小鈴の額を軽くつついた。その後、安心したような表情を浮かべる。
「もう大丈夫だ、小鈴」
昔と変わらない、力強くて、優しい笑顔。
胸がいっぱいになって、小鈴は大粒の涙をこぼした。
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