第9話 美雨のお気に入り

「陛下が飛龍様ばかりを可愛がっていたから、不仲になったらしい」

「いやいや、好きな女がかぶって喧嘩したらしいぞ」

「跡継ぎ争いで仲が悪くなったんだろ」

「単純に性格が合わないらしい」


 鳥たちは、それはもう好き勝手にいろんなことを教えてくれた。それだけ城内でいろんな噂が流れているということだろうが、鳥たちの勝手な予想も入っている気がする。


 でも、これだけいろんな説があるっていうこと自体も、考える参考になるよね。

 それくらい、原因を知ってる人がいないってことだもん。


「単純な兄弟喧嘩、とは思えないし……せめて、陛下が元気なら……元気なら?」


 初めて会った時、美雨が言っていた噂を思い出す。

 跡継ぎを指名する前に陛下が倒れたから、佩芳が飛龍を病気だとでっち上げた、という話だ。


 飛龍が病になって得をするのは佩芳だと美雨は言っていた。だったら、皇帝陛下が病になって得をしたのも、佩芳ではないのか。


「鳥さん!」


 改めて取りを集める。


「陛下が倒れた時のこと、知らない……!?」





 一羽の鳥が、皇帝陛下が倒れる直前の様子を見ていた。

 陛下は茶を一杯飲んだ後、急に顔色が悪くなり、倒れてしまったという。まるで茶の中に毒が入っていたようだったらしい。


「……教えてくれてありがとう」


 礼を言うと、鳥たちは一斉に飛んでいった。今後も、いろんな話を聞くことができるかもしれない。


 でも鳥から聞いたってだけじゃ、証拠になんてならないよね。他の人に言えば、私が半妖だってこともバレちゃうし。


「……毒、か」


 飛龍と佩芳の不仲とは、直接関係のないことかもしれない。だが、真実を知ることは重要な気がする。


 それにもし、佩芳様が父親相手に毒を盛るような人だったら……飛龍様だって、命が危ないかもしれない。


「じっとしてる暇なんて、全然ない……!」





「小鈴? 汗だくだけど、どうしたの?」

「し、仕事を急いで終えてきたんです。美雨さんに聞きたいことがあって……!」

「私に?」

「はい。あのその……美雨さんって、毒に詳しかったり……します?」


 声を潜めて問うと、美雨が目を丸くした。


 まずい。いきなり毒について聞くなんて、怪しすぎるよね!?


「えっとその、あれです! 後宮にいる猫が、最近具合が悪くて。悪いもの……毒がある草とか、変なものを食べたんじゃないかって」


 とっさについた嘘だが、美雨はなるほどね、と頷いてくれた。実際、後宮には何匹か猫がいる。翠蘭も、真っ白な猫を飼っているのだ。


「可能性はあるわね。でも私、毒には詳しくないのよ」

「そ、そうですか」


 美雨と翠蘭以外の知り合いはほとんどいない。翠蘭に毒について聞けるはずもないし、博識そうな美雨に……と思ったのだが、さすがの美雨も毒については知らないらしい。


 どうしようかな。他の人に聞く? でも、毒について聞きまわるなんて、怪しいよね。


「ええ。でも、いい場所を知っているわ」

「いい場所?」

「そう。私が、ここで働くことを決めた理由よ。案内してあげる」


 楽しげに笑うと、美雨は軽やかな足どりで歩き出した。





「ここよ」

「……書庫、ですか?」

「ええ。城内で働く人間なら、自由に使えるの。一般的な書物なら、たいていの物は揃っているわ」


 美雨が得意そうに胸を張る。書庫内はかなり広い。天井につきそうなほど背の高い本棚が、数えきれないほど並んでいる。


「ただ、持ち出しには上司の……貴方や私の場合は、暁東様の許可がいるし、記録も残さなきゃいけないけどね」

「分かりました」


 つまり、書庫内でいろいろ見る分には自由、ってことだよね。


 毒に関する書物ばかり貸出を申請すれば、暁東にも怪しまれてしまいそうだ。

 少々埃っぽい室内から察するに、書庫に人がくることは少ないだろうし、ここで読んだ方がいい気がする。


「美雨さんは、本が好きなんですか?」

「ええ。本というか、知らないことを知ることが好きなの」


 目をきらきらと輝かせ、美雨が笑った。


「本を読めば、いろんなことが分かるでしょう? 遠い国のことも、ずっと昔のことも。それって、すごく面白いじゃない」


 私はそんなこと、考えたこともなかったな。


 文字を読む練習のために、本は何冊か読んだことがある。でも、それだけだ。知らないことを知るのが面白いだなんて、考えたこともない。


「それにね、小鈴。知らないことを知るって、大事なことよ。知らないことが多いほど、人間は臆病になるんだから」


 小鈴の肩をぽん、と叩いて、美雨は微笑んだ。


「残念だけど、仕事があるからもう行くわ。貴女も、夢中になりすぎて仕事を忘れないようにね」

「は、はい! 分かってます!」


 じゃあね、と美雨は書庫を出ていった。書庫の扉が閉まってから、毒に関する本を探し始める。


 仕事の合間にきているから、あまり時間があるわけじゃない。

 でもなんとかして、真実を知る手がかりを掴まなきゃ!

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