第9話 美雨のお気に入り
「陛下が飛龍様ばかりを可愛がっていたから、不仲になったらしい」
「いやいや、好きな女がかぶって喧嘩したらしいぞ」
「跡継ぎ争いで仲が悪くなったんだろ」
「単純に性格が合わないらしい」
鳥たちは、それはもう好き勝手にいろんなことを教えてくれた。それだけ城内でいろんな噂が流れているということだろうが、鳥たちの勝手な予想も入っている気がする。
でも、これだけいろんな説があるっていうこと自体も、考える参考になるよね。
それくらい、原因を知ってる人がいないってことだもん。
「単純な兄弟喧嘩、とは思えないし……せめて、陛下が元気なら……元気なら?」
初めて会った時、美雨が言っていた噂を思い出す。
跡継ぎを指名する前に陛下が倒れたから、佩芳が飛龍を病気だとでっち上げた、という話だ。
飛龍が病になって得をするのは佩芳だと美雨は言っていた。だったら、皇帝陛下が病になって得をしたのも、佩芳ではないのか。
「鳥さん!」
改めて取りを集める。
「陛下が倒れた時のこと、知らない……!?」
◆
一羽の鳥が、皇帝陛下が倒れる直前の様子を見ていた。
陛下は茶を一杯飲んだ後、急に顔色が悪くなり、倒れてしまったという。まるで茶の中に毒が入っていたようだったらしい。
「……教えてくれてありがとう」
礼を言うと、鳥たちは一斉に飛んでいった。今後も、いろんな話を聞くことができるかもしれない。
でも鳥から聞いたってだけじゃ、証拠になんてならないよね。他の人に言えば、私が半妖だってこともバレちゃうし。
「……毒、か」
飛龍と佩芳の不仲とは、直接関係のないことかもしれない。だが、真実を知ることは重要な気がする。
それにもし、佩芳様が父親相手に毒を盛るような人だったら……飛龍様だって、命が危ないかもしれない。
「じっとしてる暇なんて、全然ない……!」
◆
「小鈴? 汗だくだけど、どうしたの?」
「し、仕事を急いで終えてきたんです。美雨さんに聞きたいことがあって……!」
「私に?」
「はい。あのその……美雨さんって、毒に詳しかったり……します?」
声を潜めて問うと、美雨が目を丸くした。
まずい。いきなり毒について聞くなんて、怪しすぎるよね!?
「えっとその、あれです! 後宮にいる猫が、最近具合が悪くて。悪いもの……毒がある草とか、変なものを食べたんじゃないかって」
とっさについた嘘だが、美雨はなるほどね、と頷いてくれた。実際、後宮には何匹か猫がいる。翠蘭も、真っ白な猫を飼っているのだ。
「可能性はあるわね。でも私、毒には詳しくないのよ」
「そ、そうですか」
美雨と翠蘭以外の知り合いはほとんどいない。翠蘭に毒について聞けるはずもないし、博識そうな美雨に……と思ったのだが、さすがの美雨も毒については知らないらしい。
どうしようかな。他の人に聞く? でも、毒について聞きまわるなんて、怪しいよね。
「ええ。でも、いい場所を知っているわ」
「いい場所?」
「そう。私が、ここで働くことを決めた理由よ。案内してあげる」
楽しげに笑うと、美雨は軽やかな足どりで歩き出した。
◆
「ここよ」
「……書庫、ですか?」
「ええ。城内で働く人間なら、自由に使えるの。一般的な書物なら、たいていの物は揃っているわ」
美雨が得意そうに胸を張る。書庫内はかなり広い。天井につきそうなほど背の高い本棚が、数えきれないほど並んでいる。
「ただ、持ち出しには上司の……貴方や私の場合は、暁東様の許可がいるし、記録も残さなきゃいけないけどね」
「分かりました」
つまり、書庫内でいろいろ見る分には自由、ってことだよね。
毒に関する書物ばかり貸出を申請すれば、暁東にも怪しまれてしまいそうだ。
少々埃っぽい室内から察するに、書庫に人がくることは少ないだろうし、ここで読んだ方がいい気がする。
「美雨さんは、本が好きなんですか?」
「ええ。本というか、知らないことを知ることが好きなの」
目をきらきらと輝かせ、美雨が笑った。
「本を読めば、いろんなことが分かるでしょう? 遠い国のことも、ずっと昔のことも。それって、すごく面白いじゃない」
私はそんなこと、考えたこともなかったな。
文字を読む練習のために、本は何冊か読んだことがある。でも、それだけだ。知らないことを知るのが面白いだなんて、考えたこともない。
「それにね、小鈴。知らないことを知るって、大事なことよ。知らないことが多いほど、人間は臆病になるんだから」
小鈴の肩をぽん、と叩いて、美雨は微笑んだ。
「残念だけど、仕事があるからもう行くわ。貴女も、夢中になりすぎて仕事を忘れないようにね」
「は、はい! 分かってます!」
じゃあね、と美雨は書庫を出ていった。書庫の扉が閉まってから、毒に関する本を探し始める。
仕事の合間にきているから、あまり時間があるわけじゃない。
でもなんとかして、真実を知る手がかりを掴まなきゃ!
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