第12話 同じ気持ち

「ねえ小鈴。貴女、やるじゃない」

「え?」

「貴女が飛龍様の恋人だって、王城中で噂になってるわよ」


 そう言って、美雨はにやにやと笑った。


「……そうなんですか?」

「そりゃあそうよ。飛龍様は食事を運ぶ係として、頑なに貴女を指名してるんだもの」


 きらきらと瞳を輝かせながら、美雨に詰め寄られる。

 恋愛話が好き、というよりは、単純に噂話が好きなのだろう。


 ここ最近、飛龍とは毎日会っている。といっても、食事を運ぶ時だけだ。他の時間は、相変わらず翠蘭の侍女として過ごしている。


 こんなに噂になっているってことは、当然佩芳様も知ってるんだよね。

 でも別に、何も言われていない。あの不気味な人……梓宸さんだって、私のところにきていないし。


 飛龍が言っていた通り、小鈴と飛龍が会うだけなら、佩芳はなにもしてこないのだろうか。


「で、どうなの? 噂、本当なの?」

「残念ながら、嘘です」


 本当ですよ、と答えようかとも思ったが、さすがにやめておいた。

 好きだ、と何度も飛龍に伝えてはいるが、同じ言葉が返ってきたことはない。嫌われてはいないと思うけれど、恋愛感情を向けられているかは分からない。


 私のこと、妹みたいに思っているのかも。

 いいや、妹じゃなくて、飼い猫のように思っているのかもしれない。飛龍様は、私の狐姿だって何度も見ているし。


「そうなの? つまんないわね」


 そう言われても、小鈴としてはどうしようもない。

 興味を失ったのか、じゃあね、と美雨は去っていってしまった。後宮内の巡回と称して、小鈴に噂の真相を聞きにきただけなのだろう。


 私も、翠蘭様のところに戻らなくちゃ。





「ねえ、小鈴。聞いたわ。貴女、飛龍様の恋人になったんですって?」


 佩芳からもらったという茶を飲みながら、翠蘭はそう言った。どうやら噂は侍女たちだけでなく、翠蘭にも伝わっていたらしい。


「ただの噂です、翠蘭様」

「あら、そうなの? でも、飛龍様がわざわざ貴女を食事係に指名しているのは事実でしょ。貴女は私の侍女だっていうのに」


 ふふ、と笑いながら翠蘭に手招きされる。隣に座れ、と言っているのだ。

 年の近い小鈴を気に入ってくれたのか、話し相手として指名されることが多い。小鈴としても楽しいものの、仕事をサボっているようで罪悪感がある。


「それで、飛龍様のご体調はどうなの?」


 翠蘭の問いかけにどう答えるべきか、すぐには判断できない。

 飛龍は精神病を患って療養していることになっているのだから。


「えーっと……その、最近は比較的、調子がよさそうな気がします」


 曖昧な返事をすると、翠蘭は溜息を吐いた。


「私に嘘をつかないで、小鈴」


 茶器をおいて、翠蘭は周りに誰もいないことを確認した。そして、声を潜め、囁くように言う。


「飛龍様、病気なんかじゃないんでしょう」


 はっきりと言うと、翠蘭は泣きそうな顔で小鈴を見つめた。


「飛龍様は、佩芳様のことをどう思っていらっしゃるの? 佩芳様のこと……憎んでいるのかしら?」

「……翠蘭様」

「佩芳様、最近、すごく辛そうな顔をしているの。私の前では、いつも通りに振る舞おうとしているけれど」


 翠蘭様の言っていることが本当だとすれば、佩芳も現状になんらかの不満があるのだろうか。


 だとすれば、毒を盛ったのは佩芳様じゃないの?

 それとも、自分で今の状況を作っておきながら、同時に辛い思いをしているの?


「昔の佩芳様は、もっと明るい方だったわ。それこそ、飛龍様と仲がよかった時は」


 翠蘭の瞳が涙でいっぱいになった。


「ねえ、小鈴。どうにかして……二人を仲直りさせることは、できないのかしら?」


 震える声で言うと、翠蘭は小鈴の手をぎゅっと握った。助けを求めるような眼差しを見ただけで、小鈴まで泣きそうになってしまう。


 だって、翠蘭様の気持ち、痛いくらいに分かるんだもの。


 大好きな人が変わってしまった寂しさも、それでも変わらず愛しく思う気持ちも、昔のように戻ってほしいという願いも。


「私も、同じことを思っていました」


 仲直りできるのなら、二人に仲直りしてほしい。

 だって絶対、飛龍様も本心ではそれを望んでいるんだもの。


「でも、どうすれば二人が仲直りできるかなんて、私には分からなくて」


 泣きながら、翠蘭が必死に頷く。翠蘭の瞳に映る小鈴も、同じ表情をしていた。


「だから翠蘭様。一緒に考えてくれませんか。一人じゃできないことも、二人ならできるかもしれません」

「小鈴……!」


 瞳を輝かせ、翠蘭が勢いよく抱き着いてきた。あまりの勢いに倒れそうになってしまうが、なんとか踏ん張って耐える。


「私にできることなら、なんでもするわ!」


 翠蘭の大声が、屋敷中に響き渡った。

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