第12話 同じ気持ち
「ねえ小鈴。貴女、やるじゃない」
「え?」
「貴女が飛龍様の恋人だって、王城中で噂になってるわよ」
そう言って、美雨はにやにやと笑った。
「……そうなんですか?」
「そりゃあそうよ。飛龍様は食事を運ぶ係として、頑なに貴女を指名してるんだもの」
きらきらと瞳を輝かせながら、美雨に詰め寄られる。
恋愛話が好き、というよりは、単純に噂話が好きなのだろう。
ここ最近、飛龍とは毎日会っている。といっても、食事を運ぶ時だけだ。他の時間は、相変わらず翠蘭の侍女として過ごしている。
こんなに噂になっているってことは、当然佩芳様も知ってるんだよね。
でも別に、何も言われていない。あの不気味な人……梓宸さんだって、私のところにきていないし。
飛龍が言っていた通り、小鈴と飛龍が会うだけなら、佩芳はなにもしてこないのだろうか。
「で、どうなの? 噂、本当なの?」
「残念ながら、嘘です」
本当ですよ、と答えようかとも思ったが、さすがにやめておいた。
好きだ、と何度も飛龍に伝えてはいるが、同じ言葉が返ってきたことはない。嫌われてはいないと思うけれど、恋愛感情を向けられているかは分からない。
私のこと、妹みたいに思っているのかも。
いいや、妹じゃなくて、飼い猫のように思っているのかもしれない。飛龍様は、私の狐姿だって何度も見ているし。
「そうなの? つまんないわね」
そう言われても、小鈴としてはどうしようもない。
興味を失ったのか、じゃあね、と美雨は去っていってしまった。後宮内の巡回と称して、小鈴に噂の真相を聞きにきただけなのだろう。
私も、翠蘭様のところに戻らなくちゃ。
◆
「ねえ、小鈴。聞いたわ。貴女、飛龍様の恋人になったんですって?」
佩芳からもらったという茶を飲みながら、翠蘭はそう言った。どうやら噂は侍女たちだけでなく、翠蘭にも伝わっていたらしい。
「ただの噂です、翠蘭様」
「あら、そうなの? でも、飛龍様がわざわざ貴女を食事係に指名しているのは事実でしょ。貴女は私の侍女だっていうのに」
ふふ、と笑いながら翠蘭に手招きされる。隣に座れ、と言っているのだ。
年の近い小鈴を気に入ってくれたのか、話し相手として指名されることが多い。小鈴としても楽しいものの、仕事をサボっているようで罪悪感がある。
「それで、飛龍様のご体調はどうなの?」
翠蘭の問いかけにどう答えるべきか、すぐには判断できない。
飛龍は精神病を患って療養していることになっているのだから。
「えーっと……その、最近は比較的、調子がよさそうな気がします」
曖昧な返事をすると、翠蘭は溜息を吐いた。
「私に嘘をつかないで、小鈴」
茶器をおいて、翠蘭は周りに誰もいないことを確認した。そして、声を潜め、囁くように言う。
「飛龍様、病気なんかじゃないんでしょう」
はっきりと言うと、翠蘭は泣きそうな顔で小鈴を見つめた。
「飛龍様は、佩芳様のことをどう思っていらっしゃるの? 佩芳様のこと……憎んでいるのかしら?」
「……翠蘭様」
「佩芳様、最近、すごく辛そうな顔をしているの。私の前では、いつも通りに振る舞おうとしているけれど」
翠蘭様の言っていることが本当だとすれば、佩芳も現状になんらかの不満があるのだろうか。
だとすれば、毒を盛ったのは佩芳様じゃないの?
それとも、自分で今の状況を作っておきながら、同時に辛い思いをしているの?
「昔の佩芳様は、もっと明るい方だったわ。それこそ、飛龍様と仲がよかった時は」
翠蘭の瞳が涙でいっぱいになった。
「ねえ、小鈴。どうにかして……二人を仲直りさせることは、できないのかしら?」
震える声で言うと、翠蘭は小鈴の手をぎゅっと握った。助けを求めるような眼差しを見ただけで、小鈴まで泣きそうになってしまう。
だって、翠蘭様の気持ち、痛いくらいに分かるんだもの。
大好きな人が変わってしまった寂しさも、それでも変わらず愛しく思う気持ちも、昔のように戻ってほしいという願いも。
「私も、同じことを思っていました」
仲直りできるのなら、二人に仲直りしてほしい。
だって絶対、飛龍様も本心ではそれを望んでいるんだもの。
「でも、どうすれば二人が仲直りできるかなんて、私には分からなくて」
泣きながら、翠蘭が必死に頷く。翠蘭の瞳に映る小鈴も、同じ表情をしていた。
「だから翠蘭様。一緒に考えてくれませんか。一人じゃできないことも、二人ならできるかもしれません」
「小鈴……!」
瞳を輝かせ、翠蘭が勢いよく抱き着いてきた。あまりの勢いに倒れそうになってしまうが、なんとか踏ん張って耐える。
「私にできることなら、なんでもするわ!」
翠蘭の大声が、屋敷中に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます