第6話 念願の再会

「ね、ねえ小鈴、どっちがいいかしら? こっち? それとも、こっち?」

「どちらもお似合いだと思いますよ」

「それじゃ分からないじゃない、もう!」


 頭を抱え、翠蘭は頬を膨らませた。拗ねた子供のような態度だが、もう数時間はこれを繰り返している。


 翠蘭様って、本当に佩芳様のことがお好きなのね。


 第一皇子ともなれば、結婚相手を選ぶ際はいろんな事情が絡んでくるだろう。だからこそ、婚約者とはいえ、互いを思い合っているとは限らない。

 そう思っていたのだが、翠蘭は佩芳のことが好きでたまらないようだ。


「翠蘭様はお綺麗ですから、どれを着たとしても、喜んでいただけるかと」


 小鈴以外の侍女は、面倒事を押しつける後輩ができたと言わんばかりの態度で、既にこの部屋にはいない。

 茶菓子や茶の用意をする、と台所に引っ込んでしまったのだ。


「だとしても、一番可愛い姿で会いたいの」


 可愛いことを言って、翠蘭は溜息を吐いた。


「忙しい佩芳様に会える機会なんて、なかなかないんだもの」

「でも、お忙しい中、時間を作って翠蘭様に会いにきてくださるんでしょう?」


 小鈴の言葉に、翠蘭は瞳を輝かせた。そうなの! と笑顔で佩芳の素晴らしいところを語り始める。

 誰にでも優しいだとか、主君としての器があるだとか、豪胆で男らしいとか。どれも、昔飛龍が語っていた長所と同じだ。


 翠蘭様からもこんなに好かれているのだし、悪い人ではなさそう。

 でもだとすれば、どうして飛龍様と不仲になっちゃったの? もしかして、本当に飛龍様は病気なの?


「小鈴? どうかした?」

「い、いえ。それより、そろそろ着替えなければ、髪を結う時間がなくなってしまいますよ」

「それは大変だわ!」


 慌てた翠蘭が選んだのは、結局、最初に目をつけていた服だった。





「翠蘭。元気にしていたか?」


 翠蘭が身支度を終えて少しすると、佩芳が部屋にやってきた。

 色素の薄い髪の毛が陽光を浴びて煌めく。飛龍とはあまり似ていないが、爽やかで華やかな顔立ちの美形だ。


「はい、佩芳様。今日からは、新しく小鈴がきてくれたんですよ」


 佩芳はゆっくりと小鈴を見つめ、そして、柔らかく微笑んだ。


「翠蘭をよろしく頼む」

「は、はい」

「それと翠蘭。以前気になると言っていた、東方の茶を取り寄せたぞ」

「まあ……!」


 はしゃいだ声を出し、翠蘭が佩芳に駆け寄る。二人の間に流れる空気は柔らかくて、どこからどう見てもいい雰囲気だった。





 二杯ほど茶を飲んで、佩芳は去っていった。近頃は仕事が忙しく、ろくに眠ることすらできていないらしい。


「心配だわ。最近は、佩芳様のお仕事が多すぎるもの」

「そ、そうなんですか? 陛下がご病気になったから……ですよね?」


 さりげない風を装って聞いてみたものの、声が震えてしまった。


「ええ。陛下が倒れてしまってから、佩芳様はすごく忙しいの」

「……弟の飛龍様に手伝ってもらったりとかは……しないんですかね?」


 二人の不仲を知らないふりをして聞いてみる。翠蘭は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに寂しげな表情になった。


「お二人の仲が悪いのは、城では有名な話よ」

「そうなんですか?」


 いかにも驚きました、という顔で話の続きを促す。


「……ええ。昔は、すごく仲がよかったのに」

「喧嘩をしてしまった、とか?」

「分からないの。嫌われたくないから、聞けないもの」


 深い溜息を吐くと、翠蘭は目を閉じてしまった。この話は終わり、とはっきり示されてしまっては、どうしようもない。

 それに、ただの侍女である小鈴がやたらとこの話に興味津々なのも怪しまれるだろう。


 翠蘭様は優しいお方だけど、佩芳様が飛龍様と対立しているのなら、私にとって敵になるかもしれない相手なんだよね。


 美雨から聞いた噂。翠蘭の話。

 他人から聞いた情報だけでは、本当のことなんて分からない。


 やっぱり、直接、飛龍様に会わなきゃ。

 そうしないと、なにも分からない。





 部屋をそっと抜け出し、周囲を見回す。狐の姿に化けているとはいえ、あまり人目につくのは避けたい。


 飛龍様がいる場所は分かっている。問題は、どうやって飛龍様に会うか、よね。


 飛龍様は閉じ込められていて、見張りもいる。

 どうすれば部屋の中に入れるだろう。


 狐よりも小さいものに化けられたら、扉が開いた隙にこっそり入れる? でも、さすがに私も、蟻とか蠅には化けられない。

 きっと、見張りが見過ごすような大きさにはなれない。


 見張りの注意をひきつけて、その隙にこっそり入るのはどうかな。


 上手くいくかは、正直分からない。でも、やってみるしかない。





 狐の姿のまま、飛龍が暮らす龍宮の前にやってきた。龍宮、というのは飛龍の名前にちなんでつけられた名である。

 敷地内の端にひっそりと建つ、八角形の屋根が特徴的な建物だ。扉の前には、見張りの役人が二人いる。


 敷地内だから、ということもあり、それほど警戒しているようには見えない。


 一か八かだけど、やるしかないわね。


 茂みに隠れ、一瞬、変化の術で虎の姿になる。そして茂みから出て、見張りの前に出た。

 見世物でもない限り、都に虎がいるはずがない。


「虎!?」

「ど、どういうことだ……!?」


 驚きと恐怖で見張りが混乱している。見せつけるようにゆっくりと茂みに戻り、狐の姿へ戻った。


「どこへ行った!?」

「後宮へ行ったら大変だぞ。探せ!」


 見張りが慌て始めた隙に、素早く龍宮の中へ入る。そのまま廊下を進み、突き当りにある部屋に入った。


「……騒がしいな」


 記憶の中にある声とは違う。ずいぶん低くなった声に、心臓が飛び跳ねた。

 ゆっくりと椅子から立ち上がった男が、じっと小鈴を見つめる。


「狐? なんだ、迷子か?」


 小鈴を……狐を見つめ、男が微笑んだ。

 切れ長の瞳、美しい黒髪。

 間違いない。飛龍だ。


 飛龍様……! 会いたかった……!


「こい」


 優しい手つきで、飛龍は小鈴を抱きかかえた。そして、大きな手でそっと背中を撫でる。


 温かい手。

 私、ずっとこんな風に、飛龍様に触られたかった。

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