第4話 いざ、王城へ
「わぁ……大きい!」
馬車を下りて、小鈴は感嘆の声をもらした。目の前に広がる城壁は、どこまでも続いているのではないかと思うほど大きい。
王城へくるのは初めてではないが、七年ぶりだ。人として生活してきたからこそ、王城の大きさが分かる。
門番に紹介状を渡せば分かってくれる、って言ってたよね。
胸に手を当て、大きく深呼吸する。
大丈夫だ。小鈴はもう、昔の小鈴ではない。変化の術を長い時間使っていても、術が解けることはないはず。
背筋をピンと伸ばして歩き、門番の前で立ち止まる。両手を合わせて一礼した後、紹介状を渡した。
「
翠蘭、というのが、第一皇子である佩芳の婚約者の名だ。
いずれ佩芳が即位すれば、彼女が後宮の主になる。
「待っていろ」
厳かな声で一人の門番が言うと、もう一人が城内へ歩いていった。
門番の人が案内してくれるわけじゃないんだ。
待っているだけの時間は落ち着かない。
とはいえ、案内してくれる人がくるまではかなりの時間がかかるだろう。
だって城内って、とっても広いんだもん。
城壁で囲まれた土地は全て朱王朝所有の土地だ。中にはいくつもの建物がある。確か、飛龍をはじめとする皇族の男子は中央にある建物に住んでいたはず。
そして最奥にあるのが後宮だ。本来後宮には皇子の妻は暮らさないが、翠蘭は例外的に後宮に居住している。
そして、現皇帝の妃たちは、徐々に後宮から出ていっているそうだ。もちろん、中には後宮にとどまり、第一皇子が即位した際も妃として生活する者もいる。
なんて全部、聞きかじっただけの知識だけど。
城内には入れたら、飛龍様がどこに住んでいるかを確かめなきゃ。
待っててね、飛龍様!
◆
かなり待たされた後、ようやく係の者がやってきた。
紺色の袍を着た大柄な男と、薄桃色の袍を着た背の高い女だ。
「貴女が小鈴?」
背の高い女が、小鈴をじっと見つめる。観察するような眼差しに、一瞬、身体が固まってしまった。
私、変なところなんてないよね? 半妖だなんて、バレないよね?
「は、はい。小鈴と申します」
「そう。私は
美雨は、冬の空気を思い出させるような雰囲気を纏っていた。理知的な美人で少し怖いものの、嫌な感じはしない。
「そして、こちらが
上司相手につれてきただけ、とはかなりの言い様である。しかし、暁東は気を悪くした様子はない。
背が高く、しっかりとした身体つきをしているが、温厚そうな男だ。
「私は後宮じゃなくて、城で働いてるの。後宮で働く女たちは基本的に外へ出られないから、いろんな指示を伝えたり、とりまとめるのが私の仕事」
「そ、そうなんですね」
つまり、この美雨さんが私にとっては直属の上司にあたる……ってことなのかな?
実際にお仕えするのは翠蘭様だけど。
「ええ。困ったことがあったら、私に言って」
「ありがとうございます」
「とりあえず今日は、城内を簡単に案内するわ。翠蘭様へは、明日の朝一番にご挨拶することになっているから」
「分かりました」
小鈴が頷くと、美雨は暁東に視線を向けた。
「というわけですので、暁東様はご自分のお仕事に戻ってください」
「え? いや、俺も一緒に案内をと思ったんだが」
「そんなこと言って、仕事が大量にたまっているんでしょう」
「……それは、その」
「まったく、貴方はいつもそうです。関係のないことにも首を突っ込んで、そのせいでご自分の仕事が終わらず……」
「分かった分かった。俺はもう戻るから! 小鈴、美雨の言うことをよく聞くように!」
叫ぶように言い残し、暁東は去っていった。遠ざかる背中を見ながら、美雨が溜息を吐く。
上司と部下、って言ってたけど、かなり仲がいいんだろうな。
「ごめんね、小鈴。うるさいけど、いい人よ」
「はい」
「じゃあ、ついておいで」
歩きながら、美雨は城内の施設を簡単に説明してくれた。
そしてかなり歩いたところで、敷地内中央にある建物に到着した。
「ここは豊穣宮。陛下や殿下たちの住居よ。基本的には、貴方がくることはないでしょうけど」
立ち止まり、美しい建物を見上げる。薄い緑色の屋根はきっと、豊穣、という名前にちなんでいるのだろう。
昔と変わっていない。相変わらず、立派なところだ。
「あ、あの、美雨さん」
「なにかしら?」
「飛龍様も……ここで暮らしていらっしゃるんですか?」
「飛龍様? 貴女の仕事には関係のないことよ」
ぴしゃりと言われてしまい、小鈴は肩を落とした。
美雨の言う通り、小鈴の業務内容は飛龍と一切関係がない。にも関わらず、飛龍のことを聞くなんて常識外れの振る舞いだったのだろうか。
「申し訳ありません」
とっさに頭を下げる。恐る恐る美雨の顔を見つめたが、どうやら怒っているわけではなさそうだ。
「仕事には関係ないと分かった上で、飛龍様のことが気になるのね?」
「……はい」
出過ぎたことを、と叱責されるのを覚悟で頷く。
「分かるわよ」
「……え?」
予想外の反応に、つい間抜けな声で反応してしまう。
「気になるものは気になるわよね。必要なことしか気にならない人生なんて、つまらないわよ」
美雨の瞳が燦然と輝いている。知的で冷静な印象はどこかに消えて、代わりに、好奇心旺盛な子供のような顔つきになった。
「貴女のこと、気に入ったわ!」
よく分からないが、どうやら気に入ってもらえたらしい。
「あ、ありがとうございます」
「ここにくる子たちはみんな、好奇心なんてものはどこかに捨ててきてしまったような、つまらない子ばかりなのよ」
まったく、と溜息を吐いた後、美雨は急に声を潜めた。
「飛龍様のこと、教えてあげる。といっても、私が知っていることだけ、だけれど」
ごくり、と小鈴は唾を飲み込んだ。一言も聞き逃すまい、と全神経を耳に集中させ、美雨の話を待つ。
「飛龍様はね……」
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