第44話 三人からのメッセージ
猫を触り、餌をあげ、ゆっくりと過ごして。
いつの間にか、もう外はずいぶんと暗くなってしまっていた。
「そろそろ帰らないとな」
俺が言うと、神楽坂も頷く。名残惜しいが、これ以上ここにいては帰りが遅くなってしまう。
外へ出ると、駅周辺はイルミネーションで華やかに彩られていた。クリスマスまではまだかなりあると思うのだが、この駅は気が早いらしい。
「先輩。今日はありがとうございました」
「こっちこそ、誘ってくれてありがとうな」
「いえ。先輩、その、えっと……先輩のこと、またデートに誘いますね」
真っ赤な顔で見つめられ、反射的に頷く。そんな俺を見て、神楽坂が安心したように笑う。
その様子にまた、俺は苦しくなってしまった。
◆
「……はあ」
軽い気持ちでついた溜息は、浴室内でやたらと反響してしまった。
いつもはシャワーで済ませる俺が浴槽につかっているのは、普段通りに振る舞える自信がないからだ。
夏菜とデートをして、神楽坂とデートをして。
瀬戸の言う通り俺は、全く優先順位をつけられていない。客観的に俺の状況を見れば、俺だって不誠実だと思う。
「このままでいいのか?」
考えてもすぐに結論は出ない。分かっているけれど考えてしまう。
俺のせいで結局、神楽坂のことも夏菜のことも傷つけることになるんじゃないか?
「……瀬戸は?」
瀬戸は、俺のせいで三人の女の子が傷ついたと言っていた。その中には瀬戸もいると。
二人のことは分かる。でも瀬戸はなんでだ? そもそも瀬戸は、なんで俺をデートに誘ったんだ?
「……違う」
そうじゃない。
今考えるべきは、俺自身のことだ。瀬戸の意図についてじゃない。
俺がどうしたいのか。俺にとって特別で大事で、一番傷つけたくないのは誰なのか。
要するに、優先順位をつけるべき時なのだ。
◆
風呂場から出て、リビングへは行かず直接自室へ向かった。今、朱莉の相手ができる余裕がなかったのだ。
スマホを起動すると、神楽坂からも、夏菜からもメッセージが届いていた。
『先輩、文化祭一緒に回れる時間ありませんか? これ、クラスのシフトです』
『耀太。今年の文化祭、二日目の午後一緒に回れない? クラスも部活もシフトに入ってないから』
慌ててクラスのグループチャットを確認すると、文化祭実行委員がシフトのスケジュールを発表してくれていた。
俺がチュロスを販売するのは一日目の午後らしい。
「……神楽坂が空いてるのが一日目午後と、二日目午前か」
一日目の午後は無理だが、二日目の午前なら予定を合わせられる。そして、二日目の午後なら夏菜とも一緒に回れる。
つまり俺は、どちらの誘いも断る必要はない。
よかった……そう言っていいことなのか、これは?
去年の文化祭は全部樹と回った。去年も俺たちはクラスが一緒で、シフトも一緒だったのだ。
夏菜から誘われることはなかった。
俺と夏菜は友達だ。夏菜だってそう言ってくれていた。
だけど去年と今じゃ、俺への態度が違う。夏菜から自分に向けられている感情が友情だけだ、なんてもう言えない。
「本当に、どうすれば……」
俺が頭を抱えた瞬間、もう一通メッセージが届いた。
おそるおそる確認すると、瀬戸からのメッセージである。
『文化祭二日目の最後、ステージ発表見にきてよ。誰ときてもいいから』
軽音部は文化祭でステージ発表を行う。一日目と二日目があると聞いていたが、どうやら瀬戸の出番は二日目の最後に決まったらしい。
「……誰ときてもいい、か」
瀬戸はきっと俺の状況を見抜いているのだろう。その上でこのメッセージを送ってきているのだ。
『御坂くんに私がステージで歌うところ、見てほしいの』
絵文字もスタンプもないシンプルなメッセージだ。
とりあえず瀬戸に、分かった、とだけ返信する。たぶん誰といたとしても、瀬戸のステージは見にいくだろうから。
瀬戸はなんで、俺に見てほしいんだろう。
既読をつけられないまま、神楽坂と夏菜のメッセージを何度も見比べる。
断ればきっと、二人とも少しは傷つくだろう。でも、両方に同じ返事をしていると知っても、傷つくのではないだろうか?
二人を傷つけたくない。なんてたぶん、ただの言い訳だ。
俺に、誰かを傷つける覚悟がないだけ。
二人への返信だって、すぐには思い浮かばない。
そっとスマホをテーブルの上におこうとした、その時。
着信音が室内に響き渡った。電話の主は樹だ。
ほっとしつつ、急いで電話に出る。
「もしもし?」
『もしもし? 耀太だよな。聞いてくれ!』
声を聞いただけで、樹が浮かれているのが分かった。
『加賀と付き合うことになったんだ!』
こんなに幸せそうな樹の声を聞くのは初めてかもしれない。それくらい、樹は浮かれている。
そうか。今日のデートで樹は、加賀と付き合うことになったのか。
「おめでとう、樹」
『ありがとう。お前には、すぐ報告しようと思ってな』
「……どっちから告白したんだ?」
『俺からだ』
誇らしげな樹の声を聞くと心が痛い。
樹と俺の状況は違う。だがきっと俺と同じ状況でも、樹はちゃんと一人を選んでいただろう。あいつはそういう男だ。俺とは違う。
『耀太。今時間あるか? 今日の話がしたいんだが』
「……ああ。時間ならいくらでもあるから、全部教えてくれ」
分かっている。思考の放棄だ。でも今、これ以上自分のことを考える気がしないし、はしゃいでいる樹の話を聞いてやりたい。
『分かった。じゃあ、順を追って説明していく』
そう言って樹は、今日一日のできごとを語り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます