第44話 三人からのメッセージ

 猫を触り、餌をあげ、ゆっくりと過ごして。

 いつの間にか、もう外はずいぶんと暗くなってしまっていた。


「そろそろ帰らないとな」


 俺が言うと、神楽坂も頷く。名残惜しいが、これ以上ここにいては帰りが遅くなってしまう。

 外へ出ると、駅周辺はイルミネーションで華やかに彩られていた。クリスマスまではまだかなりあると思うのだが、この駅は気が早いらしい。


「先輩。今日はありがとうございました」

「こっちこそ、誘ってくれてありがとうな」

「いえ。先輩、その、えっと……先輩のこと、またデートに誘いますね」


 真っ赤な顔で見つめられ、反射的に頷く。そんな俺を見て、神楽坂が安心したように笑う。

 その様子にまた、俺は苦しくなってしまった。





「……はあ」


 軽い気持ちでついた溜息は、浴室内でやたらと反響してしまった。

 いつもはシャワーで済ませる俺が浴槽につかっているのは、普段通りに振る舞える自信がないからだ。


 夏菜とデートをして、神楽坂とデートをして。

 瀬戸の言う通り俺は、全く優先順位をつけられていない。客観的に俺の状況を見れば、俺だって不誠実だと思う。


「このままでいいのか?」


 考えてもすぐに結論は出ない。分かっているけれど考えてしまう。

 俺のせいで結局、神楽坂のことも夏菜のことも傷つけることになるんじゃないか?


「……瀬戸は?」


 瀬戸は、俺のせいで三人の女の子が傷ついたと言っていた。その中には瀬戸もいると。

 二人のことは分かる。でも瀬戸はなんでだ? そもそも瀬戸は、なんで俺をデートに誘ったんだ?


「……違う」


 そうじゃない。

 今考えるべきは、俺自身のことだ。瀬戸の意図についてじゃない。

 俺がどうしたいのか。俺にとって特別で大事で、一番傷つけたくないのは誰なのか。

 要するに、優先順位をつけるべき時なのだ。





 風呂場から出て、リビングへは行かず直接自室へ向かった。今、朱莉の相手ができる余裕がなかったのだ。

 スマホを起動すると、神楽坂からも、夏菜からもメッセージが届いていた。


『先輩、文化祭一緒に回れる時間ありませんか? これ、クラスのシフトです』

『耀太。今年の文化祭、二日目の午後一緒に回れない? クラスも部活もシフトに入ってないから』


 慌ててクラスのグループチャットを確認すると、文化祭実行委員がシフトのスケジュールを発表してくれていた。

 俺がチュロスを販売するのは一日目の午後らしい。


「……神楽坂が空いてるのが一日目午後と、二日目午前か」


 一日目の午後は無理だが、二日目の午前なら予定を合わせられる。そして、二日目の午後なら夏菜とも一緒に回れる。

 つまり俺は、どちらの誘いも断る必要はない。


 よかった……そう言っていいことなのか、これは?


 去年の文化祭は全部樹と回った。去年も俺たちはクラスが一緒で、シフトも一緒だったのだ。

 夏菜から誘われることはなかった。


 俺と夏菜は友達だ。夏菜だってそう言ってくれていた。

 だけど去年と今じゃ、俺への態度が違う。夏菜から自分に向けられている感情が友情だけだ、なんてもう言えない。


「本当に、どうすれば……」


 俺が頭を抱えた瞬間、もう一通メッセージが届いた。

 おそるおそる確認すると、瀬戸からのメッセージである。


『文化祭二日目の最後、ステージ発表見にきてよ。誰ときてもいいから』


 軽音部は文化祭でステージ発表を行う。一日目と二日目があると聞いていたが、どうやら瀬戸の出番は二日目の最後に決まったらしい。


「……誰ときてもいい、か」


 瀬戸はきっと俺の状況を見抜いているのだろう。その上でこのメッセージを送ってきているのだ。


『御坂くんに私がステージで歌うところ、見てほしいの』


 絵文字もスタンプもないシンプルなメッセージだ。

 とりあえず瀬戸に、分かった、とだけ返信する。たぶん誰といたとしても、瀬戸のステージは見にいくだろうから。


 瀬戸はなんで、俺に見てほしいんだろう。


 既読をつけられないまま、神楽坂と夏菜のメッセージを何度も見比べる。

 断ればきっと、二人とも少しは傷つくだろう。でも、両方に同じ返事をしていると知っても、傷つくのではないだろうか?


 二人を傷つけたくない。なんてたぶん、ただの言い訳だ。

 俺に、誰かを傷つける覚悟がないだけ。 


 二人への返信だって、すぐには思い浮かばない。

 そっとスマホをテーブルの上におこうとした、その時。


 着信音が室内に響き渡った。電話の主は樹だ。

 ほっとしつつ、急いで電話に出る。


「もしもし?」

『もしもし? 耀太だよな。聞いてくれ!』


 声を聞いただけで、樹が浮かれているのが分かった。


『加賀と付き合うことになったんだ!』


 こんなに幸せそうな樹の声を聞くのは初めてかもしれない。それくらい、樹は浮かれている。


 そうか。今日のデートで樹は、加賀と付き合うことになったのか。


「おめでとう、樹」

『ありがとう。お前には、すぐ報告しようと思ってな』

「……どっちから告白したんだ?」

『俺からだ』


 誇らしげな樹の声を聞くと心が痛い。

 樹と俺の状況は違う。だがきっと俺と同じ状況でも、樹はちゃんと一人を選んでいただろう。あいつはそういう男だ。俺とは違う。


『耀太。今時間あるか? 今日の話がしたいんだが』

「……ああ。時間ならいくらでもあるから、全部教えてくれ」


 分かっている。思考の放棄だ。でも今、これ以上自分のことを考える気がしないし、はしゃいでいる樹の話を聞いてやりたい。


『分かった。じゃあ、順を追って説明していく』


 そう言って樹は、今日一日のできごとを語り始めた。

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