第45話(樹視点)久しぶりの場所

 待ち合わせの一時間前に、俺は待ち合わせ場所に到着した。

 やたらと早い時間になったのは、どうしても加賀より先にきたかったからだ。


 加賀はああ見えて待ち合わせ場所にくるのが早い。

 だから今日は、約束の時間より1時間以上前にきた。


「……さすがにまだきてないな」


 安心し、駅前のベンチに腰を下ろす。

 今日の集合場所は、家や学校からかなり離れたところにある駅だ。デートプランを練るにあたって、いつもは行かないような場所にしたかったから。


 加賀の元カレに遭遇したくないし、加賀が元カレと行ったことのない場所がいい。

 そういう、子供っぽい俺の我儘だ。





「つっきー! ごめん、待った!?」


 30分後、加賀が走ってやってきた。ピンク色の髪は綺麗に巻いていて、今日は下ろしている。

 オフショルダーのブラウスは胸元も大きく開いていて、丈も短い。寒いのにへそが出ている。スカートも短いが、素足ではなくタイツを着用していた。


「……いや、俺も今きたところだ」

「絶対嘘でしょ! あと、つっきーは胸見過ぎ! どこ見てるかって、結構分かるんだからね?」


 笑いながら、加賀は俺の腕に抱き着いてきた。ぎゅ、と押しつけられた膨らみはどうせわざとだろう。

 上目遣いに俺を見つめて、加賀はにっこりと可愛い笑顔を浮かべる。


「で、つっきー、今日はどこに連れて行ってくれんの?」


「今日はここだ」


 財布から二枚のチケットを取り出し、そのうち一枚を加賀へ渡す。チケットをじっと見つめた後、加賀は驚いたような声を出した。


「水族館……!?」

「ああ。寒いし、室内で楽しめる施設がいいと思ってな」

「アタシ水族館って、小学校の社会見学以来かも!」

「嫌いじゃなかったらいいんだが」

「ぜんっぜん! 久しぶりに行くって思ったら、超わくわくしてきたし!」


 室内で楽しめるのがいい、と思ったのも事実だ。でもそれ以上に、今まで加賀がデートで行ったことがなさそうな場所を選びたかった。

 心が狭いとは自覚しているものの、こればかりはどうしようもない。


「それに、つっきーと行けるなら、たぶんどこでも楽しいし。アタシ、富士山とかでも楽しめる自信ある」

「富士登山はさすがに俺が無理だな」

「えー、そう? つっきー、結構体力ありそうなのに」


 あはは、と加賀が明るく笑う。いつも通りの笑顔だ。でもちょっとだけ緊張していることが分かるくらいには、加賀のことを見てきた。

 加賀と二人で出かけるのは2回目だが、耀太たちと出かけた日も含めれば今日は3回目のデートになる。

 告白は3回目のデート、なんていうのはよく聞く話だ。


 ……加賀は俺のこと、どう思ってるんだ?


 たぶん俺は、今まで加賀が付き合ってきた男たちとは全くタイプが違う。

 そんな俺を加賀が好きになってくれるのだろうか。


 加賀はよく俺に話しかけてくれるし、デートにも誘ってくれる。だが、それが俺を好きになりたいからなのか、好きだからなのかは分からない。

 好きになりたい、好きになったら幸せだろう……なんて思う相手と、実際に好きになる相手は残念ながら別だったりするものだろう。


「つっきー? 難しい顔してどうしたの?」

「いや……どう見てまわるのが一番、効率的かと思ってな」

「なにそれ! 遊園地じゃないのに」


 はは、と加賀が笑った。そして再度、俺の腕に抱き着く。


「そんなに見てまわりたいなら、とりあえず急がなきゃ!」





 休日の水族館はそれなりに賑わっている。家族連れが一番多いのかと想像していたが、思っていたよりもカップルが多い。

 館内は混んではいるものの、普通に見てまわる分には支障がない程度だ。


「ね、つっきー、あの魚顔やばくない? しかもめっちゃでかい」


 加賀が正面にある大きな水槽の中にいる、一匹の魚を指差した。他の魚に比べるとほとんど動いておらず、どっしりとしていて、まるで深海魚みたいだ。


「ああいう魚ってさあ、食べたらどんな味するんだろうね?」

「……さあ。さすがに分からないな」


 俺は正直、魚には全く詳しくない。というか加賀と同じく、水族館にくるのは小学生の時以来だ。

 もっと下調べをしてくるべきだったか……なんて考えていると、加賀が楽しそうに笑った。


「つっきーにも分かんないことあるんだ」

「なんで嬉しそうなんだ?」

「えー? なんでだろ。なんとなく?」


 よく分からないが、加賀の笑顔は可愛い。


「つっきーは特に見たいやつある?」

「せっかくだから、イルカショーとかどうだ?」

「うわ、絶対見たい。あ、あとペンギンも見たくない!? 可愛いし!」


 入り口でもらったパンフレットを広げながら、加賀がどんどん見たい生き物を口にしていく。その様子があまりにも可愛くて、ついにやけてしまった。


「ちょっとつっきー、聞いてんの?」

「聞いてる。加賀が見たいやつ、全部見れたらいいな」


 俺はただ、思ったことを言っただけだ。それなのに加賀は急に固まって、うん、と頷くと下を向いてしまった。

 ひょっとして今の言葉に照れたのだろうか?


 よく分からない。よく分からないが、俺の言葉や態度がもっと加賀に響けばいい。今までの男のことなんて、どうでもよくなってしまうくらいに。


「加賀。行くぞ」


 ぎゅ、と加賀の手を握る。加賀の手のひらは汗でほんの少し湿っていた。

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