第43話 類は友を呼ぶ

 1時間ちょっと並んで、俺たちはレストランに入ることができた。

 店内は賑わってはいるものの、落ち着いた雰囲気のある店だ。


「先輩、知ってます? 今日、希来里ちゃんと田代先輩もデートしてるんですよ」

「ああ。樹から聞いてる」


 今日のデートプランを考えることになったから相談にのってくれ、と樹に言われた。

 なんやかんや真面目な性格のあいつは、デートということ、加賀の好み、いろんなことを考えて計画を練っていた。


 今頃、二人は楽しくやってるんだろうな。


「今まで付き合ってきた人たちと田代先輩は全然違うって、希来里ちゃんはいつも言ってるんです」

「それはよかった」

「私も話を聞いてて思うんです。すごく誠実な人で、きっと希来里ちゃんのことも大切にしてくれるだろうなって」


 神楽坂がそう言ったタイミングで、ちょうど頼んでいた料理が運ばれてきた。

 それぞれパスタを一皿と、二人で食べるためのシーフードピザ。少し量が多いかもしれないと神楽坂は言っていたが、俺としてはこれでも少ないくらいだ。


「類は友を呼ぶ、って言葉あるじゃないですか」

「ああ、あるな」


 いただきます、と食事を始めつつ、会話を続ける。


「御坂先輩の親友だから、やっぱり田代先輩もいい人なんだなって思うんです。それに、希来里ちゃんや先輩を見てると……私もその、そんなに悪くないのかなって、思えたりして」


 えへへ、と神楽坂は恥ずかしそうに笑った。

 その笑顔に胸が高鳴る反面、素直に喜べない自分もいる。


「だって、御坂先輩や希来里ちゃんたちと同類なら、私もいい人ってことになりません?」

「神楽坂はいい人だよ」

「先輩には全然、敵いませんよ」


 ふふ、と神楽坂は口元に手を当てて笑った。こうして褒めてくれるのは嬉しい。でも、過大評価されているようで落ち着かない。

 俺は、本当に平凡な男なのだ。


「……先輩は本当にすごく、みんなに優しいじゃないですか」


 緊張したような目で神楽坂が俺を見つめた。


「だから、気になるんです。特別な人には、どんな風にそれを伝えるんだろうって」

「神楽坂……」

「……私はわりと、顔とか、態度に出ちゃうタイプかなって思ってます。その、伝わってるかどうかは、分からないですけど」


 早口で言うと、神楽坂はコップに入っていた水を一気飲みした。

 気まずさを誤魔化すように、フォークを動かす手を速める。


 どくん、どくんと心臓がうるさい。動揺していることを悟られたくないのに、いつも通りに振る舞えない。


 神楽坂が俺を特別扱いしてくれていることは、十分伝わっている。

 そもそも特別扱いしてもいない男をデートに誘うようなタイプではないだろう。


 それに比べて、俺はどうだ? 樹のように誠実な人間だと胸を張って言えるのだろうか。

 昨日夏菜とデートしたことを神楽坂に隠し、夏菜とのデート中に神楽坂とのデートを約束するような俺が。


「先輩。冷めないうちに、ピザも食べちゃいましょう!」


 神楽坂が明るく笑った。きっと、俺に気を遣ってくれたんだ。

 それを情けないとは思うのに、それでも俺は、ただ頷くことしかできなかった。





「わ、可愛い……!」


 猫カフェに足を踏み入れた瞬間、神楽坂がはしゃいだ声を上げた。その反応も無理はない。店内はいろんな種類の可愛い猫であふれているのだから。

 真っ白でふわふわの猫、しゅっとしたスタイリッシュな黒猫、ちょっと太り気味のどっしりとした三毛猫。

 同じ猫でも、一匹一匹全く違う特徴がある。


 店内の猫は自由に触ることができるが、もちろん猫が嫌がるようなことは禁止だ。

 店内中央におもちゃが入ったボックスがあり、自由に使うこともできるらしい。客と楽しそうに遊んでいる猫もいれば、キャットタワーで気ままに過ごしている猫もいる。


「先輩、私あの子触りたいです、あの真っ白な子……!」


 神楽坂が手で示したのは、長毛のふわふわとした白猫だった。部屋の隅で丸まっている。


「近寄ってみるか」

「はい!」


 猫カフェにくるのは初めてだし、猫に触ったこともほとんどない。上手く触れることができるのかは不安だが、同時に楽しみでもある。


 俺たちが近づいても、白猫は動かなかった。神楽坂がそっと背中を撫でても、これといった反応は見せない。


「よかった……。嫌がられてないですよね、私」


 小声で神楽坂が喜ぶ。俺もそっと白猫の背中を撫でると、気持ちよさそうに目を細めてくれた。


 可愛い。


 ふわふわで温かくて、可愛い。ただそこに存在しているだけで人を癒してしまう生き物だ。


「……朱莉も今度、連れてきてやろうかな」


 猫をひたすら撫でていると気が抜けて、ついそんな呟きが漏れてしまった。

 神楽坂に見つめられて、慌てて失言に気づく。


 デート中に妹の話をするなんて最悪なんじゃないか?


 シスコン、と馬鹿にされた中学時代の嫌な思い出が頭に浮かんだ。


「それ、私も一緒に行きたいです」

「……え?」

「朱莉ちゃんと猫なんて、可愛いと可愛いのコラボですよ? 写真いっぱい撮りたいし、なにより朱莉ちゃんともお出かけしたくて」


 朱莉ちゃんはどの子が好きでしょうかね、なんて言って神楽坂は店内を見回した。

 その様子にほっとする。

 よかった。朱莉の話をしても、神楽坂は嫌がらなかった。


「きっと朱莉ちゃんも、今先輩が朱莉ちゃんのことを考えてくれたことを知ったら、嬉しいと思いますよ」


 慎重に猫を抱きかかえながら、神楽坂が穏やかに微笑んだ。


「いない時にその人のことを考えるって、すごく特別ですもん」

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