第41話(神楽坂視点)背伸びした私で
「どっ、どうしよう、明日、どれ着ていけばいい……!?」
部屋中に散らばった服を眺めながら両手で頭を抱える。床にしゃがみ込んでしまいたいけれど、そのスペースも残されていない。
明日、御坂先輩とデートすることになった。
私が誘ったのだ。
待っているだけじゃだめだって、希来里ちゃんに教わったから。
希来里ちゃんも明日、田代先輩とデートをすると言っていた。真正面からぶつかるから、と笑った希来里ちゃんはすごく眩しかった。
「……私も、頑張らなきゃ」
部屋中にある服は系統がばらばらだ。モノトーンの落ち着いた物もあれば、リボンやフリルのついた可愛らしい物もある。
普段からよく着る服だってあるし、恥ずかしくて、買ったけれど一度も外で着ていない服だってある。
「どれが一番、先輩の好みなのかな」
せっかくのデートだから、心の底から可愛いって思ってほしい。
瀬戸先輩とのデートより楽しいって思ってほしい。
写真で見たデート時の瀬戸先輩は、すごくモテそうな服装だった。女の子らしいけれど甘すぎないファッションは間違いなく万人受けする。なにより、瀬戸先輩に似合っていた。
「私に似合う服ってなんだろう。やっぱり落ち着いた感じの? でも先輩は、可愛い服も似合うって言ってくれたよね」
先輩はやっぱり、可愛い感じの服が好きなのかな。
髪型は? 下ろした方がいい? それとも結ぶ? ストレート? 巻き髪?
決まらないことばかりだ。
「はあ……」
デートの誘いに応じてくれたけれど、だからといって脈がある……なんて自惚れることはできない。
先輩は瀬戸先輩ともデートをしていたし、たぶん、誘われたら断れない性格をしているのだと思う。
優しい先輩らしいとは思うけれど、他の女の子とデートされるのは嫌だ。
拗ねちゃったりして、うざいって思われてないかな。
彼女でもないのにあんな態度とるなんて、だめだった?
不安がどんどん広がっていく。
ぴこっ、とスマホの通知音が鳴って、慌ててスマホを確認した。
『希美ちゃんなら、絶対大丈夫!』
『明日、楽しんでね!』
希来里ちゃんからのメッセージだ。希来里ちゃんだってデート前で緊張しているだろうに、私のことを気遣ってくれるなんて優しい。
もし私が御坂先輩と付き合えたら、また希来里ちゃんたちとダブルデートできたりするのかな。
今度はお互い、カップル同士で。
幸せな未来を想像すると頬が緩んでしまう。妄想をする前に、明日の服を決めなきゃいけないのに。
「他の子より私がいいって、先輩に思ってもらわないと……!」
◆
待ち合わせ場所に行くと、まだ先輩はきていなかった。約束の時間まで30分もあるのだから当たり前だ。
「……先輩が、褒めてくれますように」
結局選んだのは、落ち着いているけれど甘めの服装だ。
茶色いワンピースは膝丈で、胸元には白いリボンがついている。髪の毛は緩く巻いて低い位置で二つ結びにし、白いニット帽を頭にかぶった。
そして、耳にはリボンの形をした揺れるイヤリングをつけてみた。
男の人は揺れるアクセサリーが好き……なんて、胡散臭いネットの記事で見かけただけだけれど、試さないよりはマシだろう。
そして、待つこと約10分。
先輩が、駆け足でやってきてくれた。
「悪い、神楽坂! 待ったか?」
先輩の服装はシンプルだ。だけどシャツはしっかりとアイロンがかけられていて、気合を入れてくれたのかな、なんて嬉しい想像をしてしまう。
「いえ、私も今きたところです」
「ならよかった」
「それより先輩、今日の私の格好、どうですか? ……先輩に可愛いと思ってほしくて、選んだんですけど」
言うと決めていた言葉なのに、口にすると全身が熱くなった。
でも、頑張らなきゃ。今日はちゃんとアプローチして、女の子として意識してもらうって目標があるんだから。
「可愛いよ」
「本当ですか?」
「ああ。髪型も新鮮だし、それに、その……」
先輩はわずかに頬を赤くして、じっと私を見つめた。
「俺のために可愛くしてきてくれて、ありがとう」
「……はい」
照れながらも、先輩はちゃんと私のための言葉をくれる。こういうところがやっぱり好きだなぁ、なんて思いながら、私は先輩の手をぎゅっと握った。
「今日はデートなので、手を繋ぎたいです。だめですか?」
上目遣いで先輩を見つめる。その方が可愛いかと思って、今日はぺったんこの靴を履いてきた。
頭の先から爪先まで、今日の私は全部先輩のためだけに作られている。
「……だめなわけないだろ」
ぎゅ、と先輩が手を握り返してくれた。
瀬戸先輩とも同じことをしたのかな、なんて考えると泣きたくなるけれど、今は考えずにおこう。
「ありがとうございます。それで今日、どこに行きます? その、いろいろ考えてはみたんですけど……やっぱり、先輩と一緒に決めたくて」
先輩と行きたいところはたくさんある。
でもそれより、先輩が私と一緒に行きたいって思ってくれるところに行きたい。
「じゃあ、カフェで温かい物でも飲みながら決める?」
「はい!」
先輩はさりげなく車道側を歩いてくれた。
そういう些細な優しさにぐっときてしまう。
みんなに優しくて、みんなに好かれる先輩。
そして私にとっては、素の自分を見せられる特別な存在。
そんな先輩の特別になりたい。だから今日だけは、ありのままの私じゃなくて、背伸びした私で頑張ろう。
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