第40話(夏菜視点)本当は
「お姉ちゃん、ありがとー!」
「本当にありがとうございました……!」
満面の笑みで手を振ってくれる女の子と、その母親。
迷子の子供を心配した母親はすぐに迷子センターへきたみたいで、ほとんど待つこともなく女の子を母親と合流させることができた。
「いえ。無事に会えてよかったです」
頭を下げ、その場から離れる。少し歩いて振り返ると、女の子はまだ手を振っていたし、母親はまだ頭を下げていた。
いいことをした、と思う。間違ったことは全くしていない。
それでも。
「……結構、時間経っちゃったな」
ぐぅ、とお腹が鳴った。そういえば、また昼ご飯も食べていない。
予定ではもっとたくさんアトラクションに乗って、園内を歩きながら美味しいフードを食べるはずだったのに。
「あーあ」
初めてのデートなのに、全く上手くいっていない。耀太があんなに絶叫系が苦手だとも思わなかったし。
「とりあえず、急いで戻らないと」
駆け足で耀太のいるベンチへ向かう。道中、やたらとカップルが目に入ってしまった。
遊園地にふさわしく着飾った可愛い女の子たち。そしてそんな彼女を優しそうな目で見ている男の人たち。
もっとデートらしい服装をしてくればよかった、とは思わない。考えなかったわけじゃないけれど、でも、初めてのデートだからこそ、ちゃんとお気に入りの服を着たかった。
耀太に好きになってもらうための作った自分じゃなくて、私が好きな私をちゃんと見てほしかったから。
◆
「……あ」
ベンチに座って、耀太はスマホを触っていた。別に悪いことじゃない。
なにもせずにただ座っていろ、とは思わないし。
でも、やっぱり気になる。
指の動かし方的に、なにかを入力しているように見えた。
もしかして、誰かとメッセージのやりとりでもしてるの?
それって、神楽坂ちゃんだったりする?
頭を激しく振って、マイナスな考えを吹き飛ばす。せっかくのデート中なのに、そんなことを考えたって意味ない。
他人のことを考えるより今は、耀太と私の関係に集中しなくちゃ。
「耀太!」
私が名前を呼ぶと、耀太はすぐにスマホをポケットにしまって立ち上がった。
「夏菜!」
手招きされ、走って耀太のところへ行く。
近づいて初めて、ベンチに紙袋が二つ置かれていることに気づいた。
「これは?」
「ホットドッグ。実はさっき、近くの屋台で買ってきたんだよ。そういえば俺たち、昼食べてなかったなって」
「気分、もういいの?」
「ああ。なにか食べたくなるくらいにはよくなった」
「よかった」
ほら、と紙袋を渡される。紙袋はまだ温かくて、中を確認するとかなりのボリュームのホットドッグが入っていた。
「レストランとかで食べてもいいかと思ってたけど、どこも混んでたし。夏菜のことだから、そういうのよりアトラクション周りたいだろうなって」
「……よく分かってるじゃん」
「まあ、結構付き合い長いし」
「じゃ、お化け屋敷行こ」
少し悩んだけれど、思いきって耀太の手首を握った。そのまま強く引っ張って駆け出す。
「早くしないと、閉園時間になっちゃうから!」
手のひらをぎゅっと掴んでゆっくりと歩けたら、もっと私たちの距離は縮まるのかもしれない。
だけどそれは全然、私らしくない。
私らしいままで、ちゃんと耀太にアピールする。
たぶんそれが、一番後悔しない選択だ。
◆
「結構いろいろ乗れたね、今日」
「ああ。マジで疲れた」
耀太はかなりぐったりしている。元々ジェットコースターで酔っていたし、そもそも耀太はあまり体力がないのだ。
それなのに、私のペースに合わせて一緒に遊園地を楽しんでくれた。
「デート、楽しかった?」
私の言葉で、一瞬だけ耀太が固まる。
デート、という言葉を出すまで、今日がデートだってことを忘れていたんじゃないだろうか。
「……ああ、楽しかった」
耀太はなにかを言おうとしたみたいだけど、結局すぐに口を閉ざしてしまった。
私も、なかなか次の言葉が決まらない。
デートの終わりって、なにを話すべきなの?
「……耀太」
もし今、好きだって……付き合おうって言ったら、耀太はどんな顔をするだろう。
申し訳なさそうな顔? 困ったような顔?
頷いてくれたり、しないかな。
じっと耀太を見つめる。耀太は真っ直ぐに私を見つめ返さず、わずかに目を逸らした。
「写真撮らない? 今日の記念に!」
結局私の口から出たのはそんな言葉だった。
そのままスマホを構えて、内カメで写真を撮る。自撮りなんて慣れていないから、あんまり上手く撮ることもできなかった。
「じゃあ、帰ろっか」
「だな」
またデートしてくれる? とは、なんとなく聞けなかった。耀太はどうせ、うん、と言ってくれるだろうから。
耀太から言ってほしい……なんていうのは、我儘なんだろう。
「夏菜」
「なに?」
「今日、誘ってくれてありがとな」
耀太が私を見て、優しく笑った。耀太はやっぱり、すごく穏やかに笑う。ほっとするような笑顔だ。
「どういたしまして」
本当はお礼じゃなくて、もっと特別な言葉が欲しかったけど。
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