第40話(夏菜視点)本当は

「お姉ちゃん、ありがとー!」

「本当にありがとうございました……!」


 満面の笑みで手を振ってくれる女の子と、その母親。

 迷子の子供を心配した母親はすぐに迷子センターへきたみたいで、ほとんど待つこともなく女の子を母親と合流させることができた。


「いえ。無事に会えてよかったです」


 頭を下げ、その場から離れる。少し歩いて振り返ると、女の子はまだ手を振っていたし、母親はまだ頭を下げていた。

 いいことをした、と思う。間違ったことは全くしていない。

 それでも。


「……結構、時間経っちゃったな」


 ぐぅ、とお腹が鳴った。そういえば、また昼ご飯も食べていない。

 予定ではもっとたくさんアトラクションに乗って、園内を歩きながら美味しいフードを食べるはずだったのに。


「あーあ」


 初めてのデートなのに、全く上手くいっていない。耀太があんなに絶叫系が苦手だとも思わなかったし。


「とりあえず、急いで戻らないと」


 駆け足で耀太のいるベンチへ向かう。道中、やたらとカップルが目に入ってしまった。

 遊園地にふさわしく着飾った可愛い女の子たち。そしてそんな彼女を優しそうな目で見ている男の人たち。


 もっとデートらしい服装をしてくればよかった、とは思わない。考えなかったわけじゃないけれど、でも、初めてのデートだからこそ、ちゃんとお気に入りの服を着たかった。

 耀太に好きになってもらうための作った自分じゃなくて、私が好きな私をちゃんと見てほしかったから。





「……あ」


 ベンチに座って、耀太はスマホを触っていた。別に悪いことじゃない。

 なにもせずにただ座っていろ、とは思わないし。


 でも、やっぱり気になる。

 指の動かし方的に、なにかを入力しているように見えた。


 もしかして、誰かとメッセージのやりとりでもしてるの?

 それって、神楽坂ちゃんだったりする?


 頭を激しく振って、マイナスな考えを吹き飛ばす。せっかくのデート中なのに、そんなことを考えたって意味ない。

 他人のことを考えるより今は、耀太と私の関係に集中しなくちゃ。


「耀太!」


 私が名前を呼ぶと、耀太はすぐにスマホをポケットにしまって立ち上がった。


「夏菜!」


 手招きされ、走って耀太のところへ行く。

 近づいて初めて、ベンチに紙袋が二つ置かれていることに気づいた。


「これは?」

「ホットドッグ。実はさっき、近くの屋台で買ってきたんだよ。そういえば俺たち、昼食べてなかったなって」

「気分、もういいの?」

「ああ。なにか食べたくなるくらいにはよくなった」

「よかった」


 ほら、と紙袋を渡される。紙袋はまだ温かくて、中を確認するとかなりのボリュームのホットドッグが入っていた。


「レストランとかで食べてもいいかと思ってたけど、どこも混んでたし。夏菜のことだから、そういうのよりアトラクション周りたいだろうなって」

「……よく分かってるじゃん」

「まあ、結構付き合い長いし」

「じゃ、お化け屋敷行こ」


 少し悩んだけれど、思いきって耀太の手首を握った。そのまま強く引っ張って駆け出す。


「早くしないと、閉園時間になっちゃうから!」


 手のひらをぎゅっと掴んでゆっくりと歩けたら、もっと私たちの距離は縮まるのかもしれない。

 だけどそれは全然、私らしくない。


 私らしいままで、ちゃんと耀太にアピールする。

 たぶんそれが、一番後悔しない選択だ。





「結構いろいろ乗れたね、今日」

「ああ。マジで疲れた」


 耀太はかなりぐったりしている。元々ジェットコースターで酔っていたし、そもそも耀太はあまり体力がないのだ。

 それなのに、私のペースに合わせて一緒に遊園地を楽しんでくれた。


「デート、楽しかった?」


 私の言葉で、一瞬だけ耀太が固まる。

 デート、という言葉を出すまで、今日がデートだってことを忘れていたんじゃないだろうか。


「……ああ、楽しかった」


 耀太はなにかを言おうとしたみたいだけど、結局すぐに口を閉ざしてしまった。

 私も、なかなか次の言葉が決まらない。


 デートの終わりって、なにを話すべきなの?


「……耀太」


 もし今、好きだって……付き合おうって言ったら、耀太はどんな顔をするだろう。

 申し訳なさそうな顔? 困ったような顔?


 頷いてくれたり、しないかな。


 じっと耀太を見つめる。耀太は真っ直ぐに私を見つめ返さず、わずかに目を逸らした。


「写真撮らない? 今日の記念に!」


 結局私の口から出たのはそんな言葉だった。

 そのままスマホを構えて、内カメで写真を撮る。自撮りなんて慣れていないから、あんまり上手く撮ることもできなかった。


「じゃあ、帰ろっか」

「だな」


 またデートしてくれる? とは、なんとなく聞けなかった。耀太はどうせ、うん、と言ってくれるだろうから。


 耀太から言ってほしい……なんていうのは、我儘なんだろう。


「夏菜」

「なに?」

「今日、誘ってくれてありがとな」


 耀太が私を見て、優しく笑った。耀太はやっぱり、すごく穏やかに笑う。ほっとするような笑顔だ。


「どういたしまして」


 本当はお礼じゃなくて、もっと特別な言葉が欲しかったけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る