第39話 正解を
「じゃあ、まずはあれね」
遊園地に入ってすぐ夏菜が指差したのはジェットコースターだった。かなりの高さがあり、しかも何回転もするものだ。
乗客の悲鳴がひっきりなしに聞こえるし、正直怖い。
「もしかして怖い?」
「……まあ、わりと」
「へえ?」
からかうように笑うと、夏菜は俺の顔を覗き込んできた。
「耀太がどうしても怖いって言うなら仕方ないな。あっちにする?」
次に夏菜が指差したのはメリーゴーランドだった。しかも明らかに子供向けの、ゆっくりと回っているもの。
実際、乗っているのはほとんど小さな子供ばかりだ。
馬鹿にされてるな? これ。
デート、なんて言っていたわりに、いつも通りの夏菜だ。
「いや、あれに乗ろう」
覚悟を決め、ジェットコースターを指差す。夏菜は驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑顔で頷いた。
◆
「……ごめん、もうしばらく休憩しててもいい?」
「いいけど。耀太、本当に大丈夫?」
「大丈夫じゃないかもしれない……」
頭が痛いし、視界がまだぐらぐらしている。おまけに気持ち悪い。空腹じゃなければ今すぐこの場で嘔吐していただろう。
ジェットコースターがこんなに酔うなんて知らなかった。
「……てか、マジでごめん」
ジェットコースターを下りた直後にしゃがみ込んでしまい、夏菜の肩を借りてなんとか近くのベンチまで移動してきた。
さすがに情けなさすぎる。
「いいよ。むしろ、無理して付き合ってくれてありがと」
「夏菜……」
「なんか飲む? 水とかいるなら買ってくるけど」
「……申し訳ないんだけど、水買ってきてもらえると助かる」
「了解」
立ち上がると、夏菜はしっかりとした足どりで走っていった。同じジェットコースターに乗ったはずなのに、夏菜は平然としている。
「うっ……」
吐きそうになって、とっさに口元を手でおさえる。なんとか吐き気をやり過ごし、なんとなくポケットからスマホを取り出した。
「……あ」
アプリを開かないと内容までは確認できないが、神楽坂からメッセージがきていた。
今日のこと、神楽坂に言ってないんだよな。
別に嘘をついているわけじゃない。ただ、あえて言っていないだけだ。
なんて心の中で言い訳をしても、罪悪感が募ってしまう。
「はあ」
スマホを再びポケットにしまって俯く。ゆっくりと息を吐いた時、不意に膝を叩かれた。
「夏菜?」
顔を上げると、そこにいたのは見知らぬ幼女だった。
「……えっ!?」
たぶん、小学一年生くらいの子だろう。可愛らしいワンピースを着て、ポップコーンのケースを首からぶら下げている。
「もしかして、迷子?」
「あたし、ママとはぐれちゃったの!」
幼女は大声で叫んだ。やめてくれ。今の俺に大声はまずい。
「ママ、さっきまでいたのに! ママがね、あっちにいって、ママ、すぐって言ったのに、でもあたし、トイレ行きたくて、それでね、あのね……えーん!」
彼女なりに説明してくれようとしたみたいだが、全く頭に入ってこない。
いつもならもっと話を聞いてあげられるのだろうけれど、今の俺にはそんな余裕もない。
「耀太!」
夏菜の声が聞こえた瞬間、助かった……と心の底から思った。
ペットボトルを片手に持った夏菜が、真っ直ぐに俺のところへ走ってくる。
「この子、迷子!?」
そう尋ねる夏菜は既に俺を見ていない。でも、ちゃんと俺にペットボトルを渡してくれた。
「……たぶん。母親とはぐれたって言ってた」
それだけ答えて、ペットボトルの蓋を開けた。半分くらいの水を一気飲みし、深呼吸をする。
しばらく座っていたこともあって、ちょっと回復してきた。
「大丈夫? ママとどのあたりではぐれちゃったか、分かる?」
しゃがみ込んで幼女に目線を合わせ、夏菜が優しく問いかける。それでも幼女の返答ははっきりしなかったが、夏菜は根気強く話を聞いていた。
やっぱり面倒見いいよな、夏菜って。
「そっか。トイレに行こうとして、ママとはぐれちゃったんだね?」
「うん、そうなの……あたし、ママに会いたい」
「大丈夫。すぐ会えるからね」
幼女の手をぎゅっと握り、夏菜は立ち上がった。
「私、ちょっと迷子センターにでも行ってくるから待ってて」
「あ、じゃあ俺も」
立ち上がろうとした瞬間、ふらついて俺はまたベンチに座ってしまった。そんな俺を見て、しょうがないなぁ、と夏菜が笑う。
「一人で大丈夫だから、待ってて」
「……分かった」
「その代わり、戻ってきたら次はお化け屋敷だからね」
俺の返事を聞かず、夏菜は幼女を連れていってしまった。
「……なんか俺、めちゃくちゃダサいな」
デートだなんて夏菜は言ってくれたけど、周りから見たらたぶんそうは見えない。俺は、あまりにも夏菜と釣り合っていなさすぎる。
夏菜は美人だ。でもたぶん夏菜の魅力を順番に語る時、見た目の話が出てくるのはかなり後だろう。
優しくてしっかりしていて、しかも努力家。
夏菜は俺から見たら、正解を集めたみたいな人間だ。
「……そういえば神楽坂、なんか用事でもあったのか?」
スマホを取り出し、先程のメッセージを確認する。
『先輩、明日って空いてますか?』
『私、先輩とデートがしたいんです』
絵文字もスタンプも一つもない。それは、真剣なデートの誘いだった。
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