第39話 正解を

「じゃあ、まずはあれね」


 遊園地に入ってすぐ夏菜が指差したのはジェットコースターだった。かなりの高さがあり、しかも何回転もするものだ。

 乗客の悲鳴がひっきりなしに聞こえるし、正直怖い。


「もしかして怖い?」

「……まあ、わりと」

「へえ?」


 からかうように笑うと、夏菜は俺の顔を覗き込んできた。


「耀太がどうしても怖いって言うなら仕方ないな。あっちにする?」


 次に夏菜が指差したのはメリーゴーランドだった。しかも明らかに子供向けの、ゆっくりと回っているもの。

 実際、乗っているのはほとんど小さな子供ばかりだ。


 馬鹿にされてるな? これ。


 デート、なんて言っていたわりに、いつも通りの夏菜だ。


「いや、あれに乗ろう」


 覚悟を決め、ジェットコースターを指差す。夏菜は驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑顔で頷いた。





「……ごめん、もうしばらく休憩しててもいい?」

「いいけど。耀太、本当に大丈夫?」

「大丈夫じゃないかもしれない……」


 頭が痛いし、視界がまだぐらぐらしている。おまけに気持ち悪い。空腹じゃなければ今すぐこの場で嘔吐していただろう。

 ジェットコースターがこんなに酔うなんて知らなかった。


「……てか、マジでごめん」


 ジェットコースターを下りた直後にしゃがみ込んでしまい、夏菜の肩を借りてなんとか近くのベンチまで移動してきた。

 さすがに情けなさすぎる。


「いいよ。むしろ、無理して付き合ってくれてありがと」

「夏菜……」

「なんか飲む? 水とかいるなら買ってくるけど」

「……申し訳ないんだけど、水買ってきてもらえると助かる」

「了解」


 立ち上がると、夏菜はしっかりとした足どりで走っていった。同じジェットコースターに乗ったはずなのに、夏菜は平然としている。


「うっ……」


 吐きそうになって、とっさに口元を手でおさえる。なんとか吐き気をやり過ごし、なんとなくポケットからスマホを取り出した。


「……あ」


 アプリを開かないと内容までは確認できないが、神楽坂からメッセージがきていた。


 今日のこと、神楽坂に言ってないんだよな。


 別に嘘をついているわけじゃない。ただ、あえて言っていないだけだ。

 なんて心の中で言い訳をしても、罪悪感が募ってしまう。


「はあ」


 スマホを再びポケットにしまって俯く。ゆっくりと息を吐いた時、不意に膝を叩かれた。


「夏菜?」


 顔を上げると、そこにいたのは見知らぬ幼女だった。


「……えっ!?」


 たぶん、小学一年生くらいの子だろう。可愛らしいワンピースを着て、ポップコーンのケースを首からぶら下げている。


「もしかして、迷子?」

「あたし、ママとはぐれちゃったの!」


 幼女は大声で叫んだ。やめてくれ。今の俺に大声はまずい。


「ママ、さっきまでいたのに! ママがね、あっちにいって、ママ、すぐって言ったのに、でもあたし、トイレ行きたくて、それでね、あのね……えーん!」


 彼女なりに説明してくれようとしたみたいだが、全く頭に入ってこない。

 いつもならもっと話を聞いてあげられるのだろうけれど、今の俺にはそんな余裕もない。


「耀太!」


 夏菜の声が聞こえた瞬間、助かった……と心の底から思った。

 ペットボトルを片手に持った夏菜が、真っ直ぐに俺のところへ走ってくる。


「この子、迷子!?」


 そう尋ねる夏菜は既に俺を見ていない。でも、ちゃんと俺にペットボトルを渡してくれた。


「……たぶん。母親とはぐれたって言ってた」


 それだけ答えて、ペットボトルの蓋を開けた。半分くらいの水を一気飲みし、深呼吸をする。

 しばらく座っていたこともあって、ちょっと回復してきた。


「大丈夫? ママとどのあたりではぐれちゃったか、分かる?」


 しゃがみ込んで幼女に目線を合わせ、夏菜が優しく問いかける。それでも幼女の返答ははっきりしなかったが、夏菜は根気強く話を聞いていた。


 やっぱり面倒見いいよな、夏菜って。


「そっか。トイレに行こうとして、ママとはぐれちゃったんだね?」

「うん、そうなの……あたし、ママに会いたい」

「大丈夫。すぐ会えるからね」


 幼女の手をぎゅっと握り、夏菜は立ち上がった。


「私、ちょっと迷子センターにでも行ってくるから待ってて」

「あ、じゃあ俺も」


 立ち上がろうとした瞬間、ふらついて俺はまたベンチに座ってしまった。そんな俺を見て、しょうがないなぁ、と夏菜が笑う。


「一人で大丈夫だから、待ってて」

「……分かった」

「その代わり、戻ってきたら次はお化け屋敷だからね」


 俺の返事を聞かず、夏菜は幼女を連れていってしまった。


「……なんか俺、めちゃくちゃダサいな」


 デートだなんて夏菜は言ってくれたけど、周りから見たらたぶんそうは見えない。俺は、あまりにも夏菜と釣り合っていなさすぎる。


 夏菜は美人だ。でもたぶん夏菜の魅力を順番に語る時、見た目の話が出てくるのはかなり後だろう。

 優しくてしっかりしていて、しかも努力家。

 夏菜は俺から見たら、正解を集めたみたいな人間だ。


「……そういえば神楽坂、なんか用事でもあったのか?」


 スマホを取り出し、先程のメッセージを確認する。


『先輩、明日って空いてますか?』

『私、先輩とデートがしたいんです』


 絵文字もスタンプも一つもない。それは、真剣なデートの誘いだった。

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