第37話(夏菜視点)後悔
「沙友里、どういうつもりなの?」
「どういうって?」
私の目を見て、沙友里はくすっと笑った。絶対、私の言いたいことは分かっているはずなのに。
空はもうすっかり暗いけれど、今日は月の光が眩しい。ギターケースを背負った沙友里は、どこか神秘的にさえ見えた。
「……耀太のこと」
「ああ、そのことね」
頷いて、沙友里が私の隣に並ぶ。
家が近い私たちは、こうして互いの部活後に一緒に帰ることが多い。
「なんで、デートに誘ったりなんかしたの?」
「またその質問? 言ったでしょ、御坂くんのことが知りたいからって」
声のトーンも、歩く速さも、いつもと全く同じだ。
私の心はこんなに乱れてるっていうのに。
何度聞いても、沙友里は同じ答えしかくれない。そのくせ距離の近い写真を見せつけるように送りつけてきたりした。
沙友里がどういうつもりなのか、全く分からない。
「耀太のこと、好きになったの?」
立ち止まって、沙友里はじっと私の目を見つめた。
「それならちゃんとそうって言ってよ。もしそうなら……」
「御坂くんのこと、諦める?」
「……」
沙友里の質問にちゃんと答えられない。頷いてしまったら、大切なものが壊れてしまいそうで。
他の恋とは違う。心の中でゆっくりゆっくり、少しずつ大きくなった気持ち。
私がずっと、大事にしまっているもの。
「ねえ、夏菜。どうなの? 御坂くんのこと、諦めるの?」
「質問してるのはこっちでしょ。先に私の質問に答えて。耀太のこと、好きになったの?」
沙友里は恐ろしいほどモテる。だけど今まで沙友里は誰とも付き合ったことがないはずだし、沙友里から好きな人の話をされたことがない。
というか、もし沙友里に好きな人がいたら、きっとすぐに付き合うはずだ。沙友里ほど片思いの似合わない人間もいないのだから。
耀太だってきっとそう。
沙友里が本気で耀太を好きになったら、勝ち目なんて絶対ない。
デートで、二人はいったいどんな話をしたんだろう。私服の沙友里を見て、やっぱり可愛いって思ったんだろうな。
「どっちだと思う?」
沙友里が急に近づいてきて、私の顔を覗き込んだ。
「私が御坂くんのこと、好きなように見える?」
「……見えない。からかってるようにしか思えないし」
不安にはなるけれど、本気で沙友里が耀太を好きになったとは思わない。でもそれは、沙友里の話だ。
耀太は沙友里のこと、あっさり好きになっちゃうかもしれない。
だって沙友里、可愛いもん。
今までだってずっと、私が好きになった相手は沙友里を好きになったんだ。
また同じことが起こるのかもしれないと思うと、怖くてたまらない。
「うん。夏菜の言う通りだよ。私は別に、御坂くんのことは好きじゃない」
「……だったらなんで、デートに誘ったの? 知りたいだけなら、デートなんて言い方しなくてもいいでしょ」
「御坂くんの初デートが欲しかったから、かな」
なにそれ。沙友里の言ってること、全然分かんないんだけど。
私と沙友里は幼馴染だ。沙友里のことは他の誰よりも知っている自信がある。だけどそんな私ですら、分からないことは多い。
「夏菜は、このままでいいの?」
鋭い眼差しに射抜かれて、一瞬、上手く息ができなくなる。
「このまま、御坂くんが他の人の物になっても後悔しない?」
頭の中に、神楽坂ちゃんの顔が浮かんだ。
耀太が沙友里とデートしたことにすごく腹を立てていた。私なんかより、ずっと可愛く拗ねていた。
分かっている。神楽坂ちゃんも耀太が好きなことも、耀太が神楽坂ちゃんを特別に思っていることも。
「気づかれないままで……いや、気づかないふりをされたままで、いいの?」
ぽん、と沙友里に背中を押された。
目が合うと、私の全部を見透かしたような顔で笑う。
「私はただ、夏菜に後悔してほしくないだけ」
◆
スマホの画面を見つめ、何度も深呼吸を繰り返す。もう覚悟を決めたはずなのに、緊張で上手く指が動かない。
「……よし」
震える指でスマホを操作し、耀太に電話をかける。2コール後、耀太は電話に出た。
『もしもし? いきなりどうした?』
聞き慣れた声も、電話越しに聞くと不思議な感じだ。
耀太と電話したことなんて数えるほどしかないから。
「ちょっと、耀太に言いたいことがあって」
『言いたいこと?』
耀太はたぶん、私のことを友達としか思っていない。悔しいけど分かってる。私だって今まで、ずっとそんな態度で接してきた。
遅いなんてこと、自分が一番分かってる。
だけどそれでも、これ以上後悔を重ねたくない。
「耀太。私と、デートしてくれない?」
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