第36話 だって
「優先順位をつけなよ」
瀬戸の言葉が頭から離れてくれない。全てを見透かすような瀬戸の瞳が、今も俺を見ているような気がする。
顔を上げて視線を黒板へ向けるけれど、授業の内容は全く頭に入ってこない。ただ機械的に手を動かしてノートをとっているだけだ。
優先順位、か。
優先順位って、なんだよ。
はあ、と溜息を吐く。瀬戸に腹を立てるのは筋違いだ。瀬戸はなにも間違ったことは言っていない。
俺なんか……という謙遜も、たぶんただの逃げだ。
◆
「今日の神楽坂、ずっと機嫌悪かったな」
昼食を食べて教室へ戻る途中、樹がからかうようにそう言った。神楽坂は朝の不機嫌さを引きずっていて、食事中はほとんど喋らなかったのだ。
「お前が瀬戸とデートしたから拗ねてるんだろう。お前、いつからギャルゲーの主人公になったんだ?」
「そんなんじゃないって」
「なくはないだろ、実際」
立ち止まった樹が真顔で俺を見つめる。否定することもできず、額に手を当てた。
「……なあ。俺、どうするべきなんだ?」
自分がこんな状況におかれる日がくるなんて、たぶん俺は想像すらしていなかった。
俺は、なにかを選ぶことに慣れていない。お菓子やケーキですら、いつも朱莉や母さんが選んだ後に選ぶ。
だって、俺はそれでいいんだ。自分が好きな物を選ぶことより、ありがとうと笑顔を向けられることの方がずっと嬉しかったから。
「お前はどうしたいんだ?」
「……俺は」
「まずは、そこを決めることからだろう。……なんて俺も、偉そうなことは言えないけどな」
はは、と樹も自嘲気味に笑った。樹も樹で、いろいろとまだ悩んでいるらしい。
そりゃあそうだよな。樹も俺も、今まで彼女がいたことがない恋愛初心者なんだから。
「俺はお前が誰を選んでも、選ばなくても応援するつもりだ」
「樹……」
「まあ、俺を選ばれると非常に困るんだが」
「誰が選ぶか」
目が合って、俺も樹も声を出して笑う。笑うと、もやもやとしていた頭の中が少しだけすっきりした。
◆
「ねえっ、ちょっといい!?」
いきなり腕を引っ張られ、人気のない教室に連れ込まれた。慌てて顔を上げると、今日もばっちりメイクを決めた加賀と目が合う。
「……加賀?」
放課後俺は、珍しく学校に残っていた。先生に頼まれて、委員会の仕事をするためだ。
そしてそれも終わり、一人で帰ろうとしていたのだが。
なんで加賀が?
っていうか、加賀が俺に用なのか? 樹じゃなくて?
加賀とは毎日顔を合わせているが、二人で話したことはほとんどない。この状況に慣れなくて、なんだか緊張してしまう。
「御坂先輩と、どうしても二人で話したくて。いい? てか、拒否権ないから普通に」
「え、あ、ああ……」
俺、普通に拒否権ないのか。
「ちょっとそこ座って」
加賀に指示され、近くの椅子に座る。どうやらこのまま、ここで話をするらしい。
「御坂先輩に聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「あ、ああ。俺でよければ」
「大前提として一つ言っておかなきゃいけないんだけど」
加賀は俺をじっと見つめ、深く息を吸い込んだ。
加賀が教室の電気をつけた瞬間、明かりを浴びて加賀の瞳が煌めく。
「アタシ、つっきーのことめっちゃ好きなんだよね」
眩しい。
単純に、ただただそう思った。それほど加賀の瞳は澄んでいて、眼差しは真っ直ぐで、俺にはあまりにも眩しい。
「御坂先輩はアタシとつっきーのこと、どう思う?」
「どう思うって?」
「釣り合わないのは分かってるけど……もし、もしアタシとつっきーが付き合ったりしたら、先輩は応援してくれる?」
加賀の瞳が少しずつ涙で潤んでいく。泣き出してしまうのかと思ったけれど、加賀は泣かなかった。
唇をきゅっと噛んで、また俺を真っ直ぐに見つめてくる。
自分と樹が釣り合わない、か。
加賀には樹が、どんな風に見えてるんだろうな。
「……もちろん俺は、二人が付き合ったら応援するよ」
樹だって加賀に対して好意を抱いている。
俺が加賀に手を貸すまでもないだろうが、俺にできることがあるならしてやりたい。
「マジ!? よかった! じゃ、話はこれだけだから」
「えっ!?」
「御坂先輩、なに驚いてんの?」
加賀が目を丸くする。本気で俺の反応に驚いているようだった。
「いや、普通この流れ、協力してほしいとか、樹が加賀をどう思ってるか知りたいとか……その、そういう流れだと思ったんだけど」
俺はまだ応援するかどうかを聞かれただけだ。
加賀は、そんなことだけをわざわざ聞きにきたのか?
「御坂先輩、アタシのこと手伝ってくれるつもりだったわけ?」
「……まあ」
「ありがと! でもいいや。つっきーには真正面からぶつかるって、アタシ、決めたから」
じゃあね、と手を振って加賀が教室から出ていこうとする。
どうしても気になって、俺は加賀を呼び止めた。
「じゃあなんで……俺に応援するかどうかなんて聞いたんだ?」
あー、と呟きながら、加賀は少しだけ照れくさそうな顔をした。
「だってつっきーに、親友から応援されないような恋、してほしくないじゃん」
恥ずかしくなったのか、加賀は振り向かずに教室を出ていってしまう。遠ざかる背中を見ながら、俺は呆然と立ち尽くした。
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