第35話 三人の女の子
「じゃあまた学校でね、御坂くん」
笑顔で手を振って、瀬戸は改札をくぐった。瀬戸の背中が完全に見えなくなった瞬間、ゆっくりと息を吐く。
今日はどっと疲れた。楽しかったはずなのに、かなりのエネルギーを消耗してしまったのだ。
「……結局、瀬戸がなんで俺を誘ってくれたのかは分からなかったな」
なんとなくスマホを開く。すると、神楽坂から大量のメッセージが届いていた。
『ちょっと先輩! 瀬戸先輩から写真が送られてきたんですけど、どういうことですか!?』
『デレデレし過ぎじゃないですか?』
『……今日、帰らないとかないですよね?』
どうやら瀬戸は、いつの間にか本当に俺とのツーショット写真を神楽坂へ送っていたらしい。というか、いつの間に連絡先を交換していたんだ、この二人は。
神楽坂のふくれっ面が頭に浮かんで、なんだか安心した。どう返信しようか、と悩んでいると、夏菜からのメッセージがくる。
『距離近すぎるでしょ!?』
『耀太、どういうつもりなの? 本当に今日デートだったの?』
『沙友里に変なことしてないよね? されてないよね?』
明日学校に行ったら絶対、二人からいろいろ聞かれるんだろうな。
少し気が重いが、それでも今日より疲れることはない気がした。
◆
「昨日の話、たっぷり聞かせてもらうから」
「私も、ちゃんと聞きたいです」
教室に入ると、夏菜と神楽坂の二人が俺を待ち受けていた。左右から俺を挟み込み、鋭く睨まれる。
こうなることは分かっていた。分かっていたが……まさか、朝からこうなるとは。
「……えっと、瀬戸と遊びに行った」
「デートですよね? 瀬戸先輩、そう言いましたもん」
神楽坂がぎろっと俺を睨みつけた。助けを求めようとして横を見ても、夏菜が同じ目で俺を睨んでいる。
「瀬戸先輩となに話したんですか? デートは楽しかったですか? 瀬戸先輩、可愛かったですか?」
神楽坂とは昨日、メッセージのやりとりもした。しかそれだけでは足りなかったらしい。
だんだん神楽坂の目が潤んでいっている気がして、どうしたらいいか分からなくなってしまう。
どうするのが正解なんだ? どうすれば、神楽坂は笑顔になってくれる?
「……その、いろいろ話して……楽しかった」
さすがに、楽しくなかった、なんてマイナスなことを言うわけにはいかない。気まずくて、つい神楽坂から目を逸らす。
「へえ。沙友里とのデート、やっぱり楽しかったんだ?」
両腕を組んだ夏菜は笑っているが、目は全く笑っていない。
「……夏菜は、瀬戸からいろいろ聞いてるんじゃないのか?」
「私は今、耀太に聞いてるんだけど!」
どうやらまずいことを言ってしまったらしい。
「先輩!」
「耀太!」
同時に大声で叫ばれ、頭が痛くなってしまう。しかも、周りからの視線が痛い。
まるで浮気を咎められている男みたいだ。
「そのだな、えっと……」
何を言っても怒られそうで何も言えない。
そんな状態がしばらく続いた後、軽音部の朝練を終えた瀬戸が教室に入ってきた。
目が合うと、にこっ、と瀬戸が笑う。
「おはよう、御坂くん。朝からモテモテだね」
そう言って、瀬戸は俺の肩を軽く叩いた。その瞬間、勢いよく足を踏まれた。犯人は神楽坂である。
「あ、ごめんなさい。足が滑っちゃって……」
「い、いや、全然気にしなくていい。別にわざとじゃないだろうしさ」
「はい。全然、ちっとも、これっぽっちもわざとじゃないです」
たぶんわざとだろうけど、それを指摘するわけにはいかない。
そんなことをすれば、余計に神楽坂を刺激するだけだろうから。
神楽坂は威嚇するように瀬戸へ視線を向けた。しかし、瀬戸は相変わらずの飄々とした態度である。
「私と御坂くんとのデート、そんなに気になるんだ? 楽しかったよね、御坂くん」
「あ、ああ」
「昨日はいろいろ御坂くんに見せられて、ちょっとは距離が縮まったんじゃないかな」
「い、いろいろってなんです!?」
神楽坂が身を乗り出す。
「格好いいところとか……可愛いところとか、ね?」
俺に目配せし、瀬戸はいきなり俺の右腕を抱き締めた。なにやら柔らかいものがあたって、つい鼓動が速くなってしまう。
「な、なにやってるんですか……!?」
神楽坂がむきになって、俺から瀬戸を引きはがす。絶対分かっているくせに、なにが? なんて言いながら瀬戸は首を傾げた。
「も、もう、御坂先輩は、本当に……!」
両手の拳をぎゅっと握り締め、震わせながら神楽坂が俺を睨む。
「先輩の馬鹿―!」
叫んで、神楽坂が教室を出ていく。慌てて追いかけようとしたが、タイミングが悪いことにチャイムが鳴ってしまった。
そして同時に、俺は気づいた。
瀬戸がきてから、夏菜が一言も声を発していないことに。
ゆっくりと振り向いて、夏菜を見る。鋭い眼光は消え、傷ついたような目をしていた。
夏菜のこんな顔、初めて見た。
「夏菜、えっと……」
「……沙友里、可愛いもんね」
震える声でそれだけ言って、夏菜は自分の席へ戻っていった。
「お、おい、瀬戸……」
「あーあ。御坂くんのせいで、三人も女の子が傷ついちゃった」
「……三人? もしかして、瀬戸も入ってるのか?」
「当たり前でしょ」
どういうことなんだ? 本当にもう、なにがなんだか分からない。
瀬戸はなんで二人を挑発するようなことをしたんだ? なんで夏菜は、何も言わずにあんな顔をしたんだ?
「御坂くん」
瀬戸がじっと俺を見つめる。心の内を見透かすような瞳にぞわっとした。
「ちゃんと、優先順位をつけなよ」
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