第35話 三人の女の子

「じゃあまた学校でね、御坂くん」


 笑顔で手を振って、瀬戸は改札をくぐった。瀬戸の背中が完全に見えなくなった瞬間、ゆっくりと息を吐く。


 今日はどっと疲れた。楽しかったはずなのに、かなりのエネルギーを消耗してしまったのだ。


「……結局、瀬戸がなんで俺を誘ってくれたのかは分からなかったな」


 なんとなくスマホを開く。すると、神楽坂から大量のメッセージが届いていた。


『ちょっと先輩! 瀬戸先輩から写真が送られてきたんですけど、どういうことですか!?』

『デレデレし過ぎじゃないですか?』

『……今日、帰らないとかないですよね?』


 どうやら瀬戸は、いつの間にか本当に俺とのツーショット写真を神楽坂へ送っていたらしい。というか、いつの間に連絡先を交換していたんだ、この二人は。


 神楽坂のふくれっ面が頭に浮かんで、なんだか安心した。どう返信しようか、と悩んでいると、夏菜からのメッセージがくる。


『距離近すぎるでしょ!?』

『耀太、どういうつもりなの? 本当に今日デートだったの?』

『沙友里に変なことしてないよね? されてないよね?』


 明日学校に行ったら絶対、二人からいろいろ聞かれるんだろうな。

 少し気が重いが、それでも今日より疲れることはない気がした。





「昨日の話、たっぷり聞かせてもらうから」

「私も、ちゃんと聞きたいです」


 教室に入ると、夏菜と神楽坂の二人が俺を待ち受けていた。左右から俺を挟み込み、鋭く睨まれる。


 こうなることは分かっていた。分かっていたが……まさか、朝からこうなるとは。


「……えっと、瀬戸と遊びに行った」

「デートですよね? 瀬戸先輩、そう言いましたもん」


 神楽坂がぎろっと俺を睨みつけた。助けを求めようとして横を見ても、夏菜が同じ目で俺を睨んでいる。


「瀬戸先輩となに話したんですか? デートは楽しかったですか? 瀬戸先輩、可愛かったですか?」


 神楽坂とは昨日、メッセージのやりとりもした。しかそれだけでは足りなかったらしい。

 だんだん神楽坂の目が潤んでいっている気がして、どうしたらいいか分からなくなってしまう。


 どうするのが正解なんだ? どうすれば、神楽坂は笑顔になってくれる?


「……その、いろいろ話して……楽しかった」


 さすがに、楽しくなかった、なんてマイナスなことを言うわけにはいかない。気まずくて、つい神楽坂から目を逸らす。


「へえ。沙友里とのデート、やっぱり楽しかったんだ?」


 両腕を組んだ夏菜は笑っているが、目は全く笑っていない。


「……夏菜は、瀬戸からいろいろ聞いてるんじゃないのか?」

「私は今、耀太に聞いてるんだけど!」


 どうやらまずいことを言ってしまったらしい。


「先輩!」

「耀太!」


 同時に大声で叫ばれ、頭が痛くなってしまう。しかも、周りからの視線が痛い。

 まるで浮気を咎められている男みたいだ。


「そのだな、えっと……」


 何を言っても怒られそうで何も言えない。

 そんな状態がしばらく続いた後、軽音部の朝練を終えた瀬戸が教室に入ってきた。

 目が合うと、にこっ、と瀬戸が笑う。


「おはよう、御坂くん。朝からモテモテだね」


 そう言って、瀬戸は俺の肩を軽く叩いた。その瞬間、勢いよく足を踏まれた。犯人は神楽坂である。


「あ、ごめんなさい。足が滑っちゃって……」

「い、いや、全然気にしなくていい。別にわざとじゃないだろうしさ」

「はい。全然、ちっとも、これっぽっちもわざとじゃないです」


 たぶんわざとだろうけど、それを指摘するわけにはいかない。

 そんなことをすれば、余計に神楽坂を刺激するだけだろうから。


 神楽坂は威嚇するように瀬戸へ視線を向けた。しかし、瀬戸は相変わらずの飄々とした態度である。


「私と御坂くんとのデート、そんなに気になるんだ? 楽しかったよね、御坂くん」

「あ、ああ」

「昨日はいろいろ御坂くんに見せられて、ちょっとは距離が縮まったんじゃないかな」

「い、いろいろってなんです!?」


 神楽坂が身を乗り出す。


「格好いいところとか……可愛いところとか、ね?」


 俺に目配せし、瀬戸はいきなり俺の右腕を抱き締めた。なにやら柔らかいものがあたって、つい鼓動が速くなってしまう。


「な、なにやってるんですか……!?」


 神楽坂がむきになって、俺から瀬戸を引きはがす。絶対分かっているくせに、なにが? なんて言いながら瀬戸は首を傾げた。


「も、もう、御坂先輩は、本当に……!」


 両手の拳をぎゅっと握り締め、震わせながら神楽坂が俺を睨む。


「先輩の馬鹿―!」


 叫んで、神楽坂が教室を出ていく。慌てて追いかけようとしたが、タイミングが悪いことにチャイムが鳴ってしまった。

 そして同時に、俺は気づいた。

 瀬戸がきてから、夏菜が一言も声を発していないことに。


 ゆっくりと振り向いて、夏菜を見る。鋭い眼光は消え、傷ついたような目をしていた。

 夏菜のこんな顔、初めて見た。


「夏菜、えっと……」

「……沙友里、可愛いもんね」


 震える声でそれだけ言って、夏菜は自分の席へ戻っていった。


「お、おい、瀬戸……」

「あーあ。御坂くんのせいで、三人も女の子が傷ついちゃった」

「……三人? もしかして、瀬戸も入ってるのか?」

「当たり前でしょ」


 どういうことなんだ? 本当にもう、なにがなんだか分からない。

 瀬戸はなんで二人を挑発するようなことをしたんだ? なんで夏菜は、何も言わずにあんな顔をしたんだ?


「御坂くん」


 瀬戸がじっと俺を見つめる。心の内を見透かすような瞳にぞわっとした。


「ちゃんと、優先順位をつけなよ」

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