第33話 分からないことだらけ

「まずは腹ごしらえ。ここ、予約しておいたの」


 瀬戸に連れられてやってきたのは、駅から少し離れたところにあるパンケーキ屋だ。

 店内はかなり混雑していて並んでいる人も多いが、予約していたおかげですぐに店員が席へ案内してくれた。


「御坂くん、どれにする?」


 瀬戸がメニューを開く。カウンター席に案内されたせいで、俺と瀬戸の距離はかなり近い。


 カウンター席に案内されたのは、さすがに偶然だよな?


「えーっと……悪い、悩んで。こういうところあんまりこないから」

「へえ。朱莉ちゃんとも?」

「さすがにこういうとこは、朱莉も母さんと行くことが多いからな」


 店内はカップルもいるが、ほとんどが若い女性の二人組だ。場違いな気がして落ち着かない。


「実は私もこういうとこ、滅多にこないんだよね」

「瀬戸も?」

「うん。意外だった?」

「……めちゃくちゃ意外」


 ふわふわのパンケーキも、パステルピンクの内装も、瀬戸にはよく似合っているのに。


 まあ、意外なんて思うほど瀬戸のことは知らないか。

 見た目だけで判断できるものでもないし。


「甘い物、本当はそんなに得意じゃないの」

「……じゃあ、なんでここに?」


 メニューを確認してみるが、全部甘そうだ。とても甘い物が苦手な奴が選ぶ店には思えない。


「だって、デートっぽいでしょ。それに、御坂くんが行ったことがない店にしたかったの」

「なんで?」

「この店のことを思い出す時、絶対私のことも思い出すだろうから」





「わ、美味しそう。ね、御坂くん」


 注文したパンケーキが届くと、瀬戸ははしゃいだ声を出した。甘い物は好きじゃないと言っていたわりに楽しそうだ。

 瀬戸が選んだのは、人気ナンバーワンという苺と生クリームのパンケーキ。俺は抹茶パンケーキを選んだ。


 ふわふわのパンケーキは店じゃなきゃ作れないクオリティーで、俺もテンションが上がってしまう。

 意味もなくスプーンでパンケーキをつついていると、ちょっと、と瀬戸に咎められた。


「こういう時は、まず写真でしょ。一緒に撮ろ?」


 瀬戸は素早くスマホを操作し、自撮りアプリを起動した。瀬戸は可愛く映っているが、やたらと加工されて俺の顔は変になっている気がする。


「もうちょっと寄って。あと少し上。ちゃんとカメラ見て」

「分かった」


 自撮りなんて慣れていないからよく分からない。とりあえず瀬戸の指示を忠実に聞いて、なんとか瀬戸の納得がいく一枚を撮ることに成功した。


「どう? 結構盛れてない?」

「瀬戸はいつも通りだろ。ていうか、俺がなんか変じゃないか? 輪郭がおかしいような」

「へえ。この写真の私が、御坂くんからしたらいつも通りなんだ?」


 ふうん、と呟いて、瀬戸はじっとスマホの画面を見つめた。

 確かに写真用に表情を作っているが、ほとんど普段と変わらない。


「ね、御坂くん。この写真、人に見せてもいい?」

「誰に?」

「夏菜と神楽坂ちゃん」


 予想もしていなかった神楽坂の名前まで出てきて、思いっきりむせてしまった。そんな俺を見て、はい、と水の入ったコップを瀬戸が渡してくれる。


「そんなに驚くこと?」

「……驚くだろ。っていうか、なんでわざわざ俺の写真なんか……パンケーキ単体の写真ならまだしも」

「デートするってことは、そういうことじゃない?」


 軽やかに笑い、瀬戸はフォークでパンケーキを突き刺した。


「私は神楽坂ちゃんの前で御坂くんをデートに誘って、夏菜の前でデートの話をした」

「……みんなの前で誘ったら、俺がどんな反応するかが見たかった、って言ってたよな?」

「うん。分かってたけど、御坂くんは断らなかった」


 どういうことだ?

 デートを断られるはずがない……って思ってたってことなのか?

 瀬戸が誘って、デートを断る男子なんていないだろうに。


「断られたらどうしようって、私不安だったんだよ」

「瀬戸が?」

「うん。御坂くんが断れない人でよかった」


 瀬戸の言い方が少し引っかかる。断られなくてよかった、じゃなくて、俺が断れない人でよかった?


 やっぱり、瀬戸は分かりにくい。夏菜や神楽坂とは全く違うタイプだ。


「御坂くん。この後、カラオケに行かない?」

「カラオケ?」

「そう。御坂くんの好きな歌、歌ってあげる」


 カラオケって、密室だよな。そんなところに二人きりで行っていいのか? 瀬戸は本当にどういうつもりなんだ?

 俺のことを知りたいって、どういうことなんだ?


 考えても分からない。俺はひとまず考えることを放棄し、ふわふわのパンケーキを食べることにした。

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