第33話 分からないことだらけ
「まずは腹ごしらえ。ここ、予約しておいたの」
瀬戸に連れられてやってきたのは、駅から少し離れたところにあるパンケーキ屋だ。
店内はかなり混雑していて並んでいる人も多いが、予約していたおかげですぐに店員が席へ案内してくれた。
「御坂くん、どれにする?」
瀬戸がメニューを開く。カウンター席に案内されたせいで、俺と瀬戸の距離はかなり近い。
カウンター席に案内されたのは、さすがに偶然だよな?
「えーっと……悪い、悩んで。こういうところあんまりこないから」
「へえ。朱莉ちゃんとも?」
「さすがにこういうとこは、朱莉も母さんと行くことが多いからな」
店内はカップルもいるが、ほとんどが若い女性の二人組だ。場違いな気がして落ち着かない。
「実は私もこういうとこ、滅多にこないんだよね」
「瀬戸も?」
「うん。意外だった?」
「……めちゃくちゃ意外」
ふわふわのパンケーキも、パステルピンクの内装も、瀬戸にはよく似合っているのに。
まあ、意外なんて思うほど瀬戸のことは知らないか。
見た目だけで判断できるものでもないし。
「甘い物、本当はそんなに得意じゃないの」
「……じゃあ、なんでここに?」
メニューを確認してみるが、全部甘そうだ。とても甘い物が苦手な奴が選ぶ店には思えない。
「だって、デートっぽいでしょ。それに、御坂くんが行ったことがない店にしたかったの」
「なんで?」
「この店のことを思い出す時、絶対私のことも思い出すだろうから」
◆
「わ、美味しそう。ね、御坂くん」
注文したパンケーキが届くと、瀬戸ははしゃいだ声を出した。甘い物は好きじゃないと言っていたわりに楽しそうだ。
瀬戸が選んだのは、人気ナンバーワンという苺と生クリームのパンケーキ。俺は抹茶パンケーキを選んだ。
ふわふわのパンケーキは店じゃなきゃ作れないクオリティーで、俺もテンションが上がってしまう。
意味もなくスプーンでパンケーキをつついていると、ちょっと、と瀬戸に咎められた。
「こういう時は、まず写真でしょ。一緒に撮ろ?」
瀬戸は素早くスマホを操作し、自撮りアプリを起動した。瀬戸は可愛く映っているが、やたらと加工されて俺の顔は変になっている気がする。
「もうちょっと寄って。あと少し上。ちゃんとカメラ見て」
「分かった」
自撮りなんて慣れていないからよく分からない。とりあえず瀬戸の指示を忠実に聞いて、なんとか瀬戸の納得がいく一枚を撮ることに成功した。
「どう? 結構盛れてない?」
「瀬戸はいつも通りだろ。ていうか、俺がなんか変じゃないか? 輪郭がおかしいような」
「へえ。この写真の私が、御坂くんからしたらいつも通りなんだ?」
ふうん、と呟いて、瀬戸はじっとスマホの画面を見つめた。
確かに写真用に表情を作っているが、ほとんど普段と変わらない。
「ね、御坂くん。この写真、人に見せてもいい?」
「誰に?」
「夏菜と神楽坂ちゃん」
予想もしていなかった神楽坂の名前まで出てきて、思いっきりむせてしまった。そんな俺を見て、はい、と水の入ったコップを瀬戸が渡してくれる。
「そんなに驚くこと?」
「……驚くだろ。っていうか、なんでわざわざ俺の写真なんか……パンケーキ単体の写真ならまだしも」
「デートするってことは、そういうことじゃない?」
軽やかに笑い、瀬戸はフォークでパンケーキを突き刺した。
「私は神楽坂ちゃんの前で御坂くんをデートに誘って、夏菜の前でデートの話をした」
「……みんなの前で誘ったら、俺がどんな反応するかが見たかった、って言ってたよな?」
「うん。分かってたけど、御坂くんは断らなかった」
どういうことだ?
デートを断られるはずがない……って思ってたってことなのか?
瀬戸が誘って、デートを断る男子なんていないだろうに。
「断られたらどうしようって、私不安だったんだよ」
「瀬戸が?」
「うん。御坂くんが断れない人でよかった」
瀬戸の言い方が少し引っかかる。断られなくてよかった、じゃなくて、俺が断れない人でよかった?
やっぱり、瀬戸は分かりにくい。夏菜や神楽坂とは全く違うタイプだ。
「御坂くん。この後、カラオケに行かない?」
「カラオケ?」
「そう。御坂くんの好きな歌、歌ってあげる」
カラオケって、密室だよな。そんなところに二人きりで行っていいのか? 瀬戸は本当にどういうつもりなんだ?
俺のことを知りたいって、どういうことなんだ?
考えても分からない。俺はひとまず考えることを放棄し、ふわふわのパンケーキを食べることにした。
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