第30話(加賀視点)正反対なのに

「じゃあ、こっちとこっちなら、どっちが可愛いと思う?」

「どっちも捨てがたいが……これだな」

「それ、胸がめっちゃ開いてる方じゃん。つっきーって意外とえっちなんだ?」


 笑いながら顔を覗き込むと、つっきーは眼鏡のブリッジを触ろうとして失敗した。

 当たり前だ。今日のつっきーはコンタクトなんだから。


 待ち合わせにコンタクト姿でやってきた時、本当にびっくりした。

 つっきーは周りに流されなさそうなタイプだし、アタシのためにお洒落をしてきてくれるなんて想像していなかったから。


 つっきーも、アタシとのデートが楽しみだったってことでいいんだよね。


 楽しく話せている自信はあったけれど、女の子として意識してくれているかどうかは、正直分からなかった。

 誰が見たってたぶん、アタシとつっきーが恋人だとは思わないだろうし。

 それくらい、アタシとつっきーは真逆だ。


「つっきーが言うならこれ、買っちゃおうかな」

「……俺が買おうか?」

「え?」

「テストがよかったから、なにか言うことを聞くと言っただろう。他の物がよければ、他の物でもいいが」

「ちょっとつっきー! アタシ、別になにかを買ってもらおうなんて思ってないから!」


 慌ててアタシが言うと、つっきーは目を丸くした。どうやら、アタシがなにか物品をねだるとでも思っていたらしい。


「ていうかそういうの、やめなよ。つっきーが稼いだお金でもないんだしさ」

「……悪かった」


 本気で反省したのか、つっきーがしゅんとした顔をする。そんな顔をされると、まるでアタシが悪いことをしてしまったみたいだ。

 ていうかつっきーって、アタシの話ちゃんと聞いてくれるよね。


「それにアタシ、つっきーにはお金じゃできないことしてもらうつもりだから!」

「……なんだそれは?」

「さあ? 今から考えるの!」


 眼鏡がないからか、つっきーが動揺しているのが分かりやすい。

 コンタクトもありかも。でも、みんながつっきーのこんな顔を見るのは嫌かも。


 つっきーは、そんなにモテるタイプではないらしい。上級生の知り合いにも聞いたから間違いない。

 でもたぶん、年をとるにつれてモテるタイプだろう。

 一見とっつきにくいけど話せば面白いし、流行りの顔ってわけじゃないけど格好いいし、頭もいいし。


 誰かにとられちゃう前に、もっとちゃんと攻めるべきだ。

 分かっているのに、いつもみたいに上手くアピールできない。


「つっきー、次はどこ行く?」

「加賀はどこに行きたいんだ?」

「アタシはつっきーの意見を聞いてるんだけど。でもまあ、喉渇いたし、なんか飲まない?」

「……タピオカとかか?」


 ギャルはタピオカが好き……なんて偏見でもあるんだろうか。別にそうとは限らないし、その情報はちょっと古い気がする。

 まあアタシ、普通にタピオカ好きだからいいけど。


「うん。タピオカでも飲みに行かない?」

「服はもういいのか?」

「飲みながら買うか考えるの!」


 話しながら、つっきーの腕を強引に掴む。一瞬驚いた顔をしたけれど、つっきーはすぐに嬉しそうな表情になった。





 タピオカを買って、アタシたちはショッピングモール前のベンチに座った。少しだけ肌寒いけれど、風は気持ちいい。


「加賀はタピオカ、よく飲むのか?」

「んー、そこまでじゃないかな。友達といる時は飲んだりするけど。つっきーは?」

「流行り始めた時期に、耀太と飲んで以来だな」


 よかった。

 つっきーが、他のギャルとタピオカ飲んでなくて。


「美味しい?」

「ああ。水分補給には適さないかもしれないが」

「たぶん、水分補給として飲む子なんて滅多にいないよ」


 そうか、とつっきーは真面目な顔で頷いた。なんだかこういう反応も新鮮で、見ていて楽しい。

 今までの人とは本当に、全然違うタイプだ。


 正反対なのに、不思議と一緒にいると心地いい。これって相性がいいからなのかも……なんてにやけそうになった時、希来里? と急に名前を呼ばれた。

 慌てて顔を上げ、周囲を見回す。


「あ! やっぱ希来里じゃん!」


 少し傷んだ金色の髪、日に焼けた肌。ぱっちり二重のくりっとした瞳に、ちょっとだけ大きい口。


「俺だって、俺。分かるだろ? ていうか、お前さあ……」


 馴れ馴れしい笑みを浮かべながら近づいてくるのは、アタシの元カレ。中学三年生の夏休み後に付き合って、中学を卒業する頃に別れた。

 原因はこいつの……和真かずまの浮気だ。私の受験勉強が忙しくて会えない間に、和真は他校の子と浮気してた。


「雰囲気変わった? つーか今、こいつと付き合ってんの? 全然俺と違うじゃん」


 笑いながら、和真がつっきーの正面に立った。つっきーは無表情で和真を見つめ返している。


「アンタみたいな子とこいつ、絶対合わないって。俺と付き合ってた時ですら、元カレ6人もいたような奴だぞ」


 なにがおかしいのか、和真はずっと笑っている。なあ、とアタシを見つめて、和真は下品な笑みを浮かべた。


 恥ずかしい。

 こんな男と付き合っていたなんて、つっきーに知られたくない。


「おい、無視すんなよ。お前、俺のことブロックしただろ」


 当たり前だ。浮気されて別れた男の連絡先なんて、いつまでも残しておくわけがない。

 でも、アタシがブロックしたせいで、こいつは怒ってるの?


 何か言わなきゃ。そう思うのに、言葉が口から出てきてくれない。つっきーの視線が怖くて顔を上げられない。


 せっかく、いい雰囲気だったのに。

 今日のデート、ずっと楽しみにしてたのに。


「希来里? 返事くらいしろよ」


 和真の手が伸びてくる気配がする。それでも動けずにいると、いきなり身体を抱き寄せられた。


 気づけばアタシは、つっきーの腕の中にいた。


「どうやら俺の希来里は、お前なんかとはもう話したくないようだな」


 怒りに満ちたつっきーの声が聞こえた瞬間、いろんな感情が混ざり合って、アタシは泣いてしまった。

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