第29話(樹視点)ギャルが好きだ
「変じゃない……よな?」
駅のトイレの鏡で、じっと自分の顔を確認する。よかれと思ってコンタクトを入れてきたのだが、かえって眼つきの鋭さが強調されているような気がしなくもない。
耀太に付き合わせて選んだ服は、無難だが悪くないだろう。百貨店でしっかりとした店を選んだつもりだし、流行に後れないために新作を買った。
すう、と大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
今日はギャルとの……加賀との初デートだ。耀太や神楽坂もいたダブルデートとは全く違う。
テスト後、得意げな顔で答案用紙を見せてきた加賀が、デートしよ、と笑顔で誘ってきたのだ。
加賀にとってはよくあることなのかもしれないが、俺にとっては初めての経験である。
「……よし」
気合を入れるために両頬を叩き、トイレから出た。待ち合わせ時間まではまだ20分近くある。加賀もまだきていないだろう。
……と、思っていたのだが。
加賀はもう、待ち合わせ場所にきていた。ピンク色の髪は目立つから、離れたところにいてもすぐに分かってしまう。
でもあれ、加賀か?
ゆっくりと近づきながら、ピンク髪の少女をじっと観察する。髪型も身長や体格も加賀にしか見えないが、服装が前に見た私服とは全然違う。
ベージュのワンピースに、クリーム色のカーディガン。ギャルゲーなら、お菓子作りが趣味です、なんておとなしいキャラが着ているような服装だ。
「加賀?」
声をかけると、ピンク髪の少女が顔を上げた。やはり加賀だ。
今日は真っ直ぐの髪の毛が揺れて、甘い香りがする。
「つっきー!?」
声と表情はいつも通りの加賀だ。いや、いつもより少しだけ緊張しているようにも見える。
……なんて、俺の都合のいい妄想か?
「悪い。加賀がもうきているとは思わなくて」
「ううん、全然待ち合わせまで時間あるし。てか、コンタクトにしたの!?」
「……元々持ってはいたんだ。ただ、コンタクトは苦手でな」
目に異物を入れることには慣れないし、入れるとずっと目の中がごろごろしてしまう。そのため基本的には使わないが、今日は特別だ。
「じゃあ、デートのためにコンタクトを入れてくれたの?」
その通りなのだが、ストレートに聞かれると答えにくい。それでも期待に満ちた加賀の眼差しを裏切ることはできず、首を縦に振った。
「……やばい。超嬉しい」
加賀の呟きは小声だったが、はっきり聞こえた。加賀は知らないだろうが、俺はかなり聴力がいい。
「加賀も、いつもとは雰囲気が違うな」
「あ、やっぱ分かる!?」
指摘したことで、加賀の頬が少し赤くなった。じっと顔を観察すると、いつもとメイクも少し違う気がする。
どこがどう違うかまでは分からないが、服と同じで清楚な感じだ。
要するに今の加賀は、あまりギャルっぽくない。
まあ、ピンク髪の時点で、完全な清楚系には見えないんだが。
「つっきーが、こういう系統の方が好きなのかなって思って。その、髪色はさすがにまだ染められてないんだけど」
まだ、という言い方が引っかかった。まるで俺が黒髪が好きだと言えば、染めてくれそうな言い方だ。
とはいえ俺は、黒髪よりもピンク髪、金髪なんかの派手髪が好きだ。
「どう、かな?」
おそらく加賀は、俺のギャル好きに気づいていない。だから世間一般の男の好みを基準にして考え、俺も清楚系の子が好きだと予想したんだろう。
俺はギャルの方が好きだ。今日の服より前に見た私服の方が好きだし、いつものメイクや巻き髪の方が好きだ。
……なのに。
加賀は今日、俺のためにいつもと違う服を用意してくれた。
俺のために朝から時間をかけて、慣れないメイクや髪型をしてくれた。
その事実を想像すると胸が苦しいほど締めつけられる。
「……可愛い」
「えっ」
「似合ってるし、可愛い。でも俺は、いつもの加賀も可愛いと思ってるから」
ギャルゲーじゃなく現実で、自分がこんな甘い言葉を口にするとは思わなかった。正直、かなり照れくさい。
だけど何も言わないのは、頑張ってお洒落をしてくれた加賀に失礼だろう。
「本当?」
「ああ」
「……つっきーって、ギャルっぽい子は苦手とかない? 正直に言っていいから。後から言われるの、マジで傷つくし」
元カレに後からギャルが嫌いだと言われたことがあるのだろうか。そんな過去を想像するだけでもやもやした。
「正直に言うと、俺はギャルが好きだ」
「えっ!?」
「理想のタイプを聞かれたら、間違いなくギャルだと答える」
加賀相手にこんなことを言うのは恥ずかしいが、どうしても言いたくなったのだ。俺は、加賀が今まで付き合ってきた男たちとは違うのだと。
たぶん俺が一番真面目な男で、そして、一番ギャルが好きな男だ。
「つっきー、マジで言ってる?」
「ああ。マジだ」
「もー、なにそれ、本当つっきーって……!」
加賀が大声で笑う。いつもと少しだけ違う色の瞳には涙がにじんでいて、恥をかいてよかったと心の底から思えた。
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