第28話(神楽坂視点)嫌に決まってる

「大丈夫? 希美ちゃん。ね? 息してる?」


 希来里ちゃんが私の顔を覗き込んで、おーい、と優しく声をかけてくれる。ちゃんと答えなきゃって分かっているのに、重たい口がなかなか動いてくれない。

 放課後になっても元気がない私を引っ張って、希来里ちゃんが私をファミレスに連れてきてくれたのだ。


 今日、御坂先輩が瀬戸先輩からデートに誘われていた。

 小柄で可愛くて、学校一モテるあの瀬戸先輩から。


「……希来里ちゃん」


 目が合った瞬間、ぶわっと涙があふれそうになる。泣いたって、希来里ちゃんを困らせるだけだと分かっているのに。


 でも、でも!


「目の前でデートに誘うなんて酷くない!? いや、裏でこそこそやるよりは度胸があって格好いい気もするけど、でも……!」


 わざわざ私の前で御坂先輩を誘うなんて、宣戦布告のつもりなのだろうか。

 いつの間にか二人が仲良くなってしまうよりは対策ができてマシかもしれないけれど、精神的なダメージは大きい。


「……瀬戸先輩、可愛かったな」


 小柄で華奢で、守ってあげたくなる女の子だと思う。同級生にも瀬戸先輩のファンはいるけれど、女の私ですらその気持ちが分かってしまう。

 だからこそ辛い。瀬戸先輩に迫られたら、御坂先輩だってきっとドキドキするだろう。


「大丈夫だって! 希美ちゃんだって可愛いから」

「……でも」

「……まあ、瀬戸先輩って、ロリかわ清楚系巨乳っていう、男の理想具現化したみたいなタイプだもんね」


 希来里ちゃんが溜息を吐いて、コーラの入ったコップをぎゅっと握った。なんとなくだけど、同じようなタイプの女の子に苦しめられた経験があるんじゃないかな、という気がする。


 コーラを一気飲みすると、希来里ちゃんはバンッ! と勢いよくテーブルにコップを叩きつけた。


「そもそも、御坂先輩も御坂先輩じゃん。希美ちゃんの前なんだから、断るべきでしょ、普通」

「……そうしてほしかったけど、でも私たち別に、付き合ってるわけじゃないから」


 私と御坂先輩が恋人同士なら、他の人とデートなんてしないで! とちゃんと言えた。でもそうじゃない。

 私と御坂先輩はただの先輩後輩なのだ。

 私には、二人のデートを邪魔する権利なんてない。


 だけど。


「嫌に決まってるのに!」


 御坂先輩はあっさり瀬戸先輩の誘いを受けていた。私のために断ってくれると思っていたわけではないけれど、やっぱり傷ついてしまう。


 先輩、瀬戸先輩とどこに行くんだろう。休日の瀬戸先輩ってどんな感じなんだろう。

 瀬戸先輩ならきっと、可愛い服だって似合うし、可愛いメイクだって似合うんだろうな。


 もし御坂先輩が瀬戸先輩のような女の子が好きなら、私にはきっと勝ち目がない。砂糖菓子を擬人化したみたいにふわふわで可愛い子なんだもん。


「……ごめん、私の話ばっかりして」

「ううん。てか、希美ちゃんの話聞くために連れてきたわけだし」


 気にしないでよ、と希来里ちゃんが明るく笑う。いつものことだけれど、この笑顔には励まされる。


「確かに御坂先輩はデート断らなかったけど、別に御坂先輩から誘ったわけじゃないじゃん?」

「……それはそう、だけど」

「だから全然、希美ちゃんにも勝ち目はあるし! 御坂先輩のこと、デートしませんかって誘ってみたら?」


 二人で遊びに行きたい。

 そう言えば絶対に御坂先輩は断らないだろう。でも、デートって言い方をしたら、先輩はどんなリアクションをするのかな。


 断られたらと思うと怖い。だけど瀬戸先輩はきっと、勇気を出してデートだってちゃんと言っていた。もたもたしていたら、あっという間に差をつけられてしまう。


「私、頑張る! 先輩のこと、デートに誘ってみるね」

「その意気だよ、希美ちゃん」


 ふふ、と希来里ちゃんが優しく笑った。本当に心配してくれているんだと思うと、温かい気持ちになる。


「ありがとう。希来里ちゃんの方こそ、田代先輩とどうなの?」

「実は今週の土曜、デートなの!」


 きらきらと瞳を輝かせながら、希来里ちゃんが言った。すごく楽しそうで、私まで嬉しくなってくる。


「それでさ、希美ちゃんに相談したいことがあって。服、どっちがいいと思う!?」


 希来里ちゃんがスマホで見せてくれた服の画像は、どちらも希来里ちゃんのイメージとはかけ離れたものだった。

 清楚で落ち着いたデザインの服は、どう見たって希来里ちゃんの好みじゃない。


「……無言やめてよ。アタシだって恥ずいんだから」


 希来里ちゃんの頬が赤く染まっていく。その様があまりにも可愛くて、つい身を乗り出してしまった。


「田代先輩も喜んでくれるよ! 希来里ちゃん、こういう服も絶対似合うし!」


 希来里ちゃんは田代先輩のために、自分が好きな服ではなく、田代先輩が好きそうな服を選ぼうとしている。

 もちろん好きな人の趣味に合わせる必要なんてないんだけど、でも、そういう努力をする希来里ちゃんは可愛い。


「ありがとう。次のデートは清楚な感じでいこうって思ってんの。ほら、つっきーって頭いいし真面目だし、彼女にするならそういう子なのかな? って」


 田代先輩のことを思い出したのか、希来里ちゃんは口元を両手で覆って幸せそうに笑った。


 いいな。

 私も、御坂先輩とデートしたい。

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