第27話 私がもらっちゃうね?

「先輩、デートってどういうことですか。瀬戸先輩とどういう関係なんですか!?」


 両手で肩を掴まれ、前後左右に激しく揺さぶられる。


「神楽坂、一回落ち着いて……」

「私は落ち着いてますけど!?」


 落ち着いている人間は他人を揺さぶったりしないだろう。

 なんて言う余裕が俺にあるわけもなく、結局、神楽坂が満足するまで揺さぶられ続けた。


「それで先輩。なんで瀬戸先輩が、先輩のことをデートに誘いにきたんです?」

「俺が聞きたいくらいだって、それは」

「今は私が聞いてるんです!」


 立ち上がり、神楽坂が大声で叫んだ。いつもの神楽坂からは想像もつかない態度に一瞬ぎょっとする。

 俺が瀬戸からデートに誘われたからって、こんなに怒ってるのか?


「いやあ、御坂先輩、モテモテじゃん」


 にやにやと笑いながら加賀が話に入ってきたが、その目は全く笑っていなかった。


「…い、樹」


 頼みの綱の樹に視線を向けても、なにも助けてくれない。それどころか樹まで興味津々な様子で、いつからそんな仲に? なんて聞いてくる始末だ。


「……と、とにかく、俺もびっくりしてるんだって。それにほら、どうせあれだろ。デートなんて言って、普通に遊びに誘われただけだって。しかもそれもたぶん、ほら、夏菜関連とか……」


 全部ただの想像だ。でも、瀬戸が俺をデートに誘う理由なんて全く思いつかない。

 夏菜へのプレゼントを一緒に選んでほしいとか、そういう話だろ、たぶん。


「……へえ」


 結局昼休みが終わるまでの間、神楽坂はずっと不機嫌そうにしていた。





「なあ、瀬戸。さっきのことだけどさ」


 教室に戻ってすぐ、俺は瀬戸の席へ向かった。いつも通り夏菜と一緒にいる。


「ああ。私が御坂くんをデートに誘ったこと?」

「……えっ、あ、そうだけど……」


 わざわざ俺がさっきのこと、なんてぼかして言ったのに、瀬戸がデートという単語を口にしたせいで周りの空気が殺気立ったのが分かった。


「……デート? 沙友里と、耀太が?」


 夏菜が目を丸くし、信じられないものを見るような目で俺と瀬戸を交互に見る。俺だって今の状況が信じられない。


「そう。さっき誘って、オッケーもらったの。ねえ、御坂くん?」


 こんな言い方をすればみんなが勘違いするだろう。しかし瀬戸は間違ったことは言っていない。


「……あ、ああ。でもほら、あれだろ。その、普通に遊びに行くだけっていうか」

「沙友里と耀太が、二人っきりで?」


 夏菜が目を細める。確かに、デートじゃないにしても俺と瀬戸が二人で出かけるというのは不自然だろう。


「酷いな御坂くん。私はデートって誘ったのに」


 傷つくなあ、なんて言いながら瀬戸は楽しそうに笑った。


「御坂くんは、女の子とデートしたことある?」

「えっ……えっと」


 神楽坂に誘われて、ダブルデートをしたことはある。でもあれはあくまでも、樹たちのためにしたダブルデートだ。

 この間神楽坂が家にきたが、それだってデートというわけではないだろう。

 夏菜と二人で遊んだこともあるが、それだって友達として遊んだだけだ。


 そもそも、デートの定義ってなんだ?


「もしかして、ない?」


 ふふ、と瀬戸は心底楽しそうに言った。そして立ち上がり、俺の目の前にやってくる。


「御坂くんの初めて、私がもらっちゃうね?」


 唇の端だけを上げて、瀬戸が色っぽく笑った。

 可愛らしい見た目とは不釣り合いなほど妖艶な表情に心臓が飛び跳ねる。


 瀬戸ってやっぱり、伊達にモテてるわけじゃないんだな……。





「さっきはごめんね、みんなの前でデートの話して」


 5限目終わりの休憩時間、トイレに行った帰りに瀬戸から呼び止められた。

 申し訳なさそうな顔をされると、責めることはできない。そもそも瀬戸は別に悪いことをしたわけではない。


 まあ、自分が男子をデートに誘ったら、かなりの騒ぎになることは分かってただろうけどな。


「みんなの前で誘ったら、御坂くんがどんな反応をするかが見たかったの」


 よく分からない理由を言って、瀬戸は俺の隣に並んだ。


「……なあ、なんで俺をデートになんか誘ったんだ?」

「私が御坂君を好きだから。……とは考えないんだ?」

「あいにく、そこまで自惚れてはない」


 学校一モテる女子に好かれるような男じゃないことは百も承知だ。瀬戸の好みは知らないが、俺みたいな男じゃないことは確かだろう。


「私が、御坂くんをもっと知りたいからだよ」

「俺を?」

「そう。御坂くんを」

「……なんで?」


 その問いには答えず、瀬戸はさっさと歩き出してしまった。軽やかな足どりが小柄な身体にはよく似合う。


 瀬戸とデート、か。


 瀬戸がなにを考えているのかは分からない。俺のことをからかっているだけのような気もするし、他になにかを企んでいる気がしなくもない。

 でもまあ、俺のことを知りたいと言ってくれるのは悪い気がしない。


「瀬戸」

「なに?」

「誘ってくれてありがとう」


 立ち止まると、瀬戸は驚いたように目を丸くした。


「御坂くんって、いい人だね」

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