第25話(神楽坂視点)あれ?
「ふふ、見てこれ。赤点全回避!」
返却されたテストの答案を全て机の上に並べ、希来里ちゃんは得意げな笑みを浮かべた。
そのどや顔があまりにも可愛くて、つい頬が緩んでしまう。
希来里ちゃんって、表情豊かで可愛いんだよね。
私は上手に気持ちを顔に出せないから羨ましい。
「おめでとう」
「まあ赤点回避しただけだけど、アタシからすれば上出来じゃない?」
頷きにくい質問に黙っていると、希来里ちゃんは答案用紙をファイルにしまって話を続けた。
「これでもう、つっきーからのご褒美確定したってわけ」
えへへ、と笑う希来里ちゃんはやっぱり可愛い。確信はないけれど、きっと希来里ちゃんは恋をしているんだと思う。
まあ、希来里ちゃんは元から結構惚れっぽいし、恋愛体質だから、田代先輩を好きになってもおかしくない。
「ご褒美ってなんなの?」
「それがさあ、まだ決まってないんだよね。なんでも一つ、アタシのお願い聞くって言ってくれたんだけど」
うーん、と希来里ちゃんが首を傾けた。なんでも、なんてすごいご褒美だ。もし私が御坂先輩に同じことを言われたら、なにをお願いするだろう。
「昨日も何にしようか考えたんだけど、決まらな過ぎて寝落ちしちゃってた!」
あはは、と希来里ちゃんが豪快に笑う。
最近の希来里ちゃんは本当に楽しそうで、幸せそうなオーラに包まれている。一緒にいるだけで、なんだか私まで嬉しい気持ちになれるのだ。
「それより文化祭、何になるかな」
ちら、と希来里ちゃんが黒板に視線を向ける。次の授業は文化祭の出し物を決めるホームルームで、既に学級委員と書記が板書の準備をしているところだ。
一年生と二年生は全てのクラスが出し物を行う。体育館のステージ発表を行うクラスもあるけれど、ほとんどが教室での出し物だ。
私たちのクラスもそう。出し物が決まったら、準備でしばらくは忙しくなってしまうだろう。
昼休みや放課後も準備があるし、御坂先輩と会いにくくなっちゃうのかな。
こういう時、年下は損だと思ってしまう。もし同級生だったら、同じクラスで一緒に文化祭準備ができたかもしれないのに。
でも、先輩とこんなに仲良くなれたのも、たぶん先輩が年上だからだろうからなぁ。
「アタシは飲食店系がいいかな。お化け屋敷系とか、準備だるいって聞くし」
「だよね。飲食系だと、ネットで食品頼めばあんまりやることないもん」
文化祭では飲食系の出店も許可されているが、調理は認められていない。そのため、大量購入した食品を販売することになる。
文化祭前に集める費用はかさむが、小道具の作成が必須なお化け屋敷系に比べれば準備は楽だ。
御坂先輩のクラスも、まだ決まってないって言ってたよね。
なにするんだろう。ていうか当日は、先輩は誰と文化祭まわるのかな。
「希美ちゃん、今御坂先輩のこと考えてたでしょ?」
「えっ!?」
「バレバレ。可愛い」
はは、と希来里ちゃんに笑われたところで、ホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。慌てて自分の席へ戻る希来里ちゃんの背中を見つめながら、両手で頬を包む。
……私、そんなに御坂先輩のことばっかり考えてるのかな?
◆
「じゃあ、うちのクラスの出し物はメイド喫茶ってことで!」
学級委員長の言葉に、クラスのみんなが一斉に拍手する。中でも一番大きな拍手をしているのは希来里ちゃんだ。
せっかくなら、可愛い格好したくない!?
そう言い出したのは希来里ちゃんだ。そして、希来里ちゃんの案は採用された。
メニューはオムライスや炒飯等のご飯系とジュースだ。そこにメイドという付加価値を加えれば他クラスよりも高く売れる……というわけである。
「じゃあ次は、スタッフとメイドを決めていこうと思うんですけど……メイドやりたい人、手を上げてください」
メイド服を買う予算にも限りがあるし、メイド服をして接客をしたくない子もいるだろう。それを踏まえて、メイドをやるのは挙手制になった。
真っ先に希来里ちゃんが手を上げて、何人かの女子が周りの様子を窺いつつ手を上げたり、上げなかったりする。
どくん、どくん、と心臓がうるさい。
「他にいませんか?」
どうしよう。やりたいなら、今ここで、みんなの前で手を上げるしかない。
接客には自信がないけれど、メイド服は着てみたい。メイドになって、希来里ちゃんと一緒に文化祭を楽しんでみたい。
でもそういうの、私らしくないよね?
クールキャラの私が自分からメイドをやりたい、なんて言えばみんなはどう思うんだろう。
似合わない、なんて思われるのかな。
ぎゅ、と目を閉じた瞬間、頭の中に御坂先輩の顔が浮かんだ。御坂先輩は絶対、似合わないなんて言わない。似合うって、可愛いって言ってくれるはず。
それに……。
先輩が他のメイドに接客されるの、嫌だもん。
深呼吸をして、そっと手を上げた。一瞬、教室中が静かになる。誰も私が手を上げるなんて思っていなかったんだろう。
「神楽坂さん、本当!?」
学級委員長が驚いた声を上げる。でもその声に、マイナスの感情は含まれていなかった。
「やったー! 手上げてくれてありがとう、神楽坂さん!」
……あれ? 思っていた反応と違う。
でも、こう言ってくれたのは学級委員長だけじゃない。周りの子たちもみんな、いいね、とか、ありがとう、と好意的な言葉をくれる。
戸惑いながら教室を見回すと、希来里ちゃんと目が合った。
希来里ちゃんが親指を立てて、にかっと笑う。太陽みたいに明るい笑顔だった。
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