第22話(神楽坂視点)やっぱり私
「じゃあ、そろそろ帰りますね」
私がソファーから立ち上がると、朱莉ちゃんが寂しそうな顔で私の手をぎゅっと掴んだ。少し膨らんだ頬も、尖った唇も可愛い。
「もう帰っちゃうの?」
「ごめんね。でも、またくるから。……いいですよね、先輩?」
朱莉ちゃんと一緒に先輩を見つめる。先輩は少しだけ悩んだような顔をしたけれど、頷いてくれた。
先輩と二人でピザパをして、その後三人でゲームをしたりアニメを見たりして。
あっという間に時間が過ぎてしまうくらい、楽しい一日だった。
「じゃあ、行くか」
「……え?」
当たり前のような顔で先輩も立ち上がった。
驚いた私を見て、不思議そうに首を傾げる。
「いや、さすがに駅までは送るよ。危ないし」
「危ない、って……」
今日は昼前に学校が終わったから、まだ午後6時過ぎだ。高校生が家に帰る時間としては、それほど遅くない。
それなのに、危ない?
「危ないでしょ。最寄り駅から家までは近い? なんだったら、家まで送るけど」
「え!? だ、大丈夫ですよ! 駅からすぐ近くですから」
慌ててそう言った後、送ってもらえばよかったかも……とちょっと思ってしまった。だけどさすがに、それは申し訳なさすぎる。
わざわざ時間も電車賃もかけて送ってもらうことになっちゃうし。
でも先輩は、それでも私を送ってくれようとした……ってことなんだよね?
「よかった。じゃあ、駅まで行こうか」
私の目を見て、先輩がにこっと笑ってくれる。意識してるわけじゃないと思うけれど、先輩はいつもこうやって丁寧に目を合わせてくれるのだ。
ちゃんと私を見てくれているって感じがして、いつも嬉しくなる。
「はい。朱莉ちゃん、またね」
「うん、またね!」
朱莉ちゃんが大きく手を振る。ちゃんと鍵を閉めるんだぞ、と言った先輩はいかにもお兄ちゃんって感じがして、なんだか羨ましくなった。
◆
「今日はありがとな。朱莉も喜んでた」
「いえ。私の方こそ、朱莉ちゃんとも遊べて楽しかったです」
でも本当はもうちょっと二人きりの時間も欲しかった……なんて言ったら、先輩はどんな顔をするんだろう。
きっと、照れたような、困ったような顔で笑うんだろうな。
先輩の家から駅までは歩いて10分くらいだ。わざと歩幅を小さくして歩いているのに、先輩はちゃんと私の歩幅に合わせてくれる。
これって、女の子扱いなのかな。
それとも、妹扱いなのかな。
「……先輩、あの」
「なんだ?」
「明日からはまた、昼休みもよろしくお願いしますね。先輩と一緒にご飯食べられるの、楽しみにしてますから」
「ああ、俺も楽しみにしてる」
「希来里ちゃんも、田代先輩にテストの結果を早く報告したい! ってはしゃいでました」
まだ結果は出ていないけれど、かなりよかった気がする、と希来里ちゃんは言っていた。テスト期間中はかなり勉強を頑張っていたし、きっとその努力が実を結んだんだろう。
いい点がとれたらつっきーがご褒美をくれるから、って言ってたな。
ご褒美がなんなのかは聞けてないけど、希来里ちゃん、本当に嬉しそうに教えてくれた。
田代先輩のことはよく知らないけれど、御坂先輩の親友だからいい人に決まっている。希来里ちゃんだって、すごく懐いているし。
「よかった。あいつら、上手くいくといいな」
「……はい」
希来里ちゃんはすごい。いつも田代先輩にぐいぐいアピールしているし、どんどん二人の距離は縮まっている。
それに比べて私は、全然駄目だ。
他愛ない話をしているうちに、駅に到着してしまった。あと数分もすれば電車がきてしまう。
「先輩、あの、今日は本当にありがとうございました。すごく楽しかったです」
「俺も楽しかったよ。しつこいかもしれないけど、気をつけて帰ってね」
「はい。でも大丈夫ですよ。本当に家、駅から近いので」
「それでも。神楽坂は女の子なんだから」
いつも優しい先輩の眼つきが少しだけ鋭くなる。どきっ、とちょっとだけ心臓が騒がしくなってしまった。
クールで無口で、強い女の子。
ずっとそう扱われてきたのに、先輩は私をただの女の子として見てくれる。先輩の前だと私は、素の私でいられる。
先輩が穏やかで、人を否定したり、見た目で決めつけたりしないからだ。
先輩は春の日差しみたいにぽかぽかしていて、先輩と一緒にいると心が温かくなる。
こんな人は初めてだ。
「先輩、また明日」
「ああ。家に帰ったら、連絡してくれ」
「心配してくれてるんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます。絶対、連絡しますね」
手を振って、改札をくぐる。何度振り返っても、先輩はじっと私を見てくれていた。
明日になればまた先輩に会えるのに、なんだか無性に寂しい。
「……やっぱり私、先輩が好きなんだろうな」
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