第22話(神楽坂視点)やっぱり私

「じゃあ、そろそろ帰りますね」


 私がソファーから立ち上がると、朱莉ちゃんが寂しそうな顔で私の手をぎゅっと掴んだ。少し膨らんだ頬も、尖った唇も可愛い。


「もう帰っちゃうの?」

「ごめんね。でも、またくるから。……いいですよね、先輩?」


 朱莉ちゃんと一緒に先輩を見つめる。先輩は少しだけ悩んだような顔をしたけれど、頷いてくれた。


 先輩と二人でピザパをして、その後三人でゲームをしたりアニメを見たりして。

 あっという間に時間が過ぎてしまうくらい、楽しい一日だった。


「じゃあ、行くか」

「……え?」


 当たり前のような顔で先輩も立ち上がった。

 驚いた私を見て、不思議そうに首を傾げる。


「いや、さすがに駅までは送るよ。危ないし」

「危ない、って……」


 今日は昼前に学校が終わったから、まだ午後6時過ぎだ。高校生が家に帰る時間としては、それほど遅くない。

 それなのに、危ない?


「危ないでしょ。最寄り駅から家までは近い? なんだったら、家まで送るけど」

「え!? だ、大丈夫ですよ! 駅からすぐ近くですから」


 慌ててそう言った後、送ってもらえばよかったかも……とちょっと思ってしまった。だけどさすがに、それは申し訳なさすぎる。

 わざわざ時間も電車賃もかけて送ってもらうことになっちゃうし。


 でも先輩は、それでも私を送ってくれようとした……ってことなんだよね?


「よかった。じゃあ、駅まで行こうか」


 私の目を見て、先輩がにこっと笑ってくれる。意識してるわけじゃないと思うけれど、先輩はいつもこうやって丁寧に目を合わせてくれるのだ。

 ちゃんと私を見てくれているって感じがして、いつも嬉しくなる。


「はい。朱莉ちゃん、またね」

「うん、またね!」


 朱莉ちゃんが大きく手を振る。ちゃんと鍵を閉めるんだぞ、と言った先輩はいかにもお兄ちゃんって感じがして、なんだか羨ましくなった。





「今日はありがとな。朱莉も喜んでた」

「いえ。私の方こそ、朱莉ちゃんとも遊べて楽しかったです」


 でも本当はもうちょっと二人きりの時間も欲しかった……なんて言ったら、先輩はどんな顔をするんだろう。

 きっと、照れたような、困ったような顔で笑うんだろうな。


 先輩の家から駅までは歩いて10分くらいだ。わざと歩幅を小さくして歩いているのに、先輩はちゃんと私の歩幅に合わせてくれる。


 これって、女の子扱いなのかな。

 それとも、妹扱いなのかな。


「……先輩、あの」

「なんだ?」

「明日からはまた、昼休みもよろしくお願いしますね。先輩と一緒にご飯食べられるの、楽しみにしてますから」

「ああ、俺も楽しみにしてる」

「希来里ちゃんも、田代先輩にテストの結果を早く報告したい! ってはしゃいでました」



 まだ結果は出ていないけれど、かなりよかった気がする、と希来里ちゃんは言っていた。テスト期間中はかなり勉強を頑張っていたし、きっとその努力が実を結んだんだろう。


 いい点がとれたらつっきーがご褒美をくれるから、って言ってたな。

 ご褒美がなんなのかは聞けてないけど、希来里ちゃん、本当に嬉しそうに教えてくれた。


 田代先輩のことはよく知らないけれど、御坂先輩の親友だからいい人に決まっている。希来里ちゃんだって、すごく懐いているし。


「よかった。あいつら、上手くいくといいな」

「……はい」


 希来里ちゃんはすごい。いつも田代先輩にぐいぐいアピールしているし、どんどん二人の距離は縮まっている。

 それに比べて私は、全然駄目だ。


 他愛ない話をしているうちに、駅に到着してしまった。あと数分もすれば電車がきてしまう。


「先輩、あの、今日は本当にありがとうございました。すごく楽しかったです」

「俺も楽しかったよ。しつこいかもしれないけど、気をつけて帰ってね」

「はい。でも大丈夫ですよ。本当に家、駅から近いので」

「それでも。神楽坂は女の子なんだから」


 いつも優しい先輩の眼つきが少しだけ鋭くなる。どきっ、とちょっとだけ心臓が騒がしくなってしまった。


 クールで無口で、強い女の子。

 ずっとそう扱われてきたのに、先輩は私をただの女の子として見てくれる。先輩の前だと私は、素の私でいられる。


 先輩が穏やかで、人を否定したり、見た目で決めつけたりしないからだ。

 先輩は春の日差しみたいにぽかぽかしていて、先輩と一緒にいると心が温かくなる。

 こんな人は初めてだ。


「先輩、また明日」

「ああ。家に帰ったら、連絡してくれ」

「心配してくれてるんですか?」

「ああ」

「ありがとうございます。絶対、連絡しますね」


 手を振って、改札をくぐる。何度振り返っても、先輩はじっと私を見てくれていた。

 明日になればまた先輩に会えるのに、なんだか無性に寂しい。


「……やっぱり私、先輩が好きなんだろうな」

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